シンディの結婚
「レ、レイク・ギルバート?」
アーサーは激しく混乱していた。
40年間愛して止まなかったハードロックバンド「ロートレック」のギタリストがそこに立っていた。いや、落ち着けアーサー。そんなはずはない。レイク・ギルバートはキミより年上だぞ。じゃあなんでここにいる? タイムスリップしたのか、レイク・ギルバート。
「レイク・ギルバートは僕の父ですが……」
となりで妻がついに吹き出した。シンディも可笑しくてたまらないという感じで笑いながら白状した。
「イーサンはパパの大好きなロートレックのレイク・ギルバートの息子よ」
「WOW!!」
アーサーの驚愕と狂喜の叫びが玄関ポーチに響いた。
『手のひらを返す』という言葉はその日のアーサーのためにあるような、彼の豹変っぷりはそれはそれは見事なものだった。
「いやあイーサン君、僕は非常に感激しているよ。僕はわかっていたんだよ、シンディが連れてくるボーイフレンドはすばらしい青年に違いないと」
シンディと妻は顔を見合わせて肩をすくめて笑った。
「ところでイーサン君、キミのご両親、いやすまない。お父さんはシンディに会ったことはあるのかな?」
レイクの妻の悲劇は当時、マスコミによって大きく報道された。すでに一般人となっていたレイクだったのに低俗なニュース番組ではロートレック時代の動画まで放映された。
「父はシンディのことを大変気に入ってます」
とイーサンが言うと
「レイクと私はすっかり仲良しよ」
とシンディがつけ加えた。
「シンディ、おまえレイクって…… お父様とお呼びしなさい」
とたしなめるアーサーに娘は
「だってレイクがレイクって呼んでって言うんだもん。彼もシンディって呼ぶわよ」
と笑った。
崇拝するロックバンドのギタリストとすでに面識がある娘にちょっとジェラシーを覚えたアーサーだった。そしてすでにファーストネームで呼び合う仲だとは。
しかもふたりがつきあっていることを知らなかったのは自分だけだったという疎外感。
「だって彼がレイクの息子だってわかったらパパは相手がたとえ犬でも無条件に結婚を許しちゃうでしょ?」
「僕は犬レベルかい? ひどいな」
と肩をすくめたイーサンは新しい家族の笑顔に迎え入れられた。
ともあれシンディとイーサンの恋は家族に、特にシンディの父親に熱烈に歓迎、応援されて結婚へと進んだのだった。
ほどなくシンディの胎内に小さな命が宿った、それもふたつ。アーサーの喜びようと言ったらそれは大変なものだった。あのレイク・ギルバートと自分たちの血を受け継ぐ共通の孫が誕生するのだ。
病院で元気な男の子と女の子の孫に対面したアーサーは男泣きした。それは娘が無事に母親になった喜びと、それ以上にギルバート家とつながれたという感動の涙だった。
涙するアーサーと妻の隣で、同じく初めての孫をぎこちなく抱くレイクの目も潤んでいた。孫と対面することなく非業の死をとげたルイーズにも抱かせてやりたかった。
「ありがとうアーサー。キミの娘は最高のプレゼントを贈ってくれた」
「僕たちはいつまでもかっこいいじいさんでいよう、レイク」
ついに憧れのレイク・ギルバートとファーストネームで呼び合えるようになった。
孫を加えたギルバート家はいちだんとにぎやかになった。
ルイーズ亡き後、大学を卒業した二男のエヴァンも家を出ていた。父と息子、男ふたりの味気ない生活を送っていたレイクとイーサンだった。
そこにひまわりのような明るいシンディがやってきて生活は一変した。
カーテンやソファーカバーの色が明るくなり、テーブルに花が飾られた。キッチンやリビングでは音楽が流れて、時折シンディの機嫌のいい歌声も聞こえた。
「レイク、グレッグにミルク飲ませてくれない」
双子の育児はとにかく大変で、イーサンが仕事で不在の時などレイクは半ば強制的に参加させられた。自分のふたりの息子たちの時より育児にかかわる時間は確実に多くなった。
それでもふたごの孫の成長を身近で感じられる喜びは格別だった。




