煩悩紳士HIT
やべぇ。
やっべぇ。
「過激すぎだろ、コレ…!」
ページをめくる手が知らずに震える。
早く先を見たいが、なんだか躊躇われる。
今のオレの気持ちは、まさにそれだった。
勇気を持って次のページへ。
「いやいやいや」
なにもかかってねーッ。
丸見えだ。
そして、もろ見えだ。
「それに何だ」
この岩清水って。
「どうやったらこれ出来るんだ…?」
「英知! 玉谷英知! 聞いてんのっ! って、何これ?」
急に、目の前で広げていたエロ本が取り上げられる。
「って、なんであんたは朝からこんなモン学校でおっ広げて読んでられるわけーッ!?」
「おい返せ上塚珠美。そいつは、オレのエロ本だッ。それも、まだ袋とじを開けていないヤツだぞッ!」
「あんた大声で何言っちゃってんのッ!? おかしいでしょ!? 中学一年のアンタが何朝っぱらから、机にふんぞり返りながら堂々とエロ本広げて読んでるわけっ!?」
「オレにとって、エロとは空気のようなもの。その空気を取り上げるなんて、お前、ちょっと、いや、かなり頭イカレてるんじゃあないのか?」
「イカレてんのはあんたの方でしょ!? コレ何度目よ!? っていうかコレ、没収して、先生に言いつけるからッ!」
「あくまでオレから空気を奪おうってわけか。いいぜ、ならその空気、オレが何としてでも取り返すッ!」
「へん、やってみれるもんならやってみなさいよ!」
席から立ち上がり、珠美を見つめる。
「な、なによ…」
「じっとしてろ」
両手で珠美の肩を正面から掴み、揉みしだくッ!
「あ、ん、やめっ…」
珠美から、熱い吐息がこぼれる。
だが。
「まだまだこんなもんじゃあないぜッ!」
もみもみもみもみもみ…。
「やっ、そこは、んんんッ…!」
よし。
十分だろう。
頃合いだ。
「これで、フィニッシュだッ!」
珠美がもっとも感じる肩の場所。その場所を、両手で強く刺激するッ!
「あああッ…!」
珠美がその場にへたり込む。
「ふっ、エロ本は返してもらうぜ」
珠美の手からエロ本を取り上げる。
「ちょっと」
「ん?」
振り向くと、女の集団。七人はいる。
「あんた、珠美ちゃんに何してんの?」
「肩を揉んでやっただけだぜ」
「しらばっくれんじゃあねェー! このエロ本野郎がァー!!」
こういう時は、逃げるに限るぜ。
「おおっと、逃がさないからねェー!」
回り込まれたぜ。
「さあ、覚悟は出来てんだろうなあァー!?」
ポキポキと指を鳴らす女達。
ふっ。
オレは女にセクハラはしても、手は上げないのをモットーとしている。
だから、女の暴力だって、愛の一つだと思って、受け入れるぜ。
「オラァ、やっちまえー!!」
「いつつ…」
頬を撫でる。湿布が張ってあった。
結局、女達からボコボコにされ、あのエロ本も没収され、先公に説教まで受けてしまった。
まあ、その後、保健室で美人の保険医と楽しい午後のティータイムが出来たから、よしとしよう。
「しかし、エロ本が没収されるとはな」
今夜の楽しみが無い。
「仕方ねえな。また買うとするぜ」
コンビニに入る。よく来るコンビニで、エロ本の調達も専らここだ。
「『女性のお仕事特集』か」
よし、こいつにしよう。
「ん?」
背中に、何かがぶつかる。
見ると、飲み物をたくさん抱えたばあさんが、買い物かごを持ってよろよろと歩いていた。
「全く、危なっかしいぜ。おい、ばあさん」
「はい。何かの?」
「危なっかしくて見ていられないぜ。オレが持ってやる」
そう言うと、ばあさんから買い物かごをひったくり、レジの台に載せた。
「ばあさん、歩いて来たのか?」
「いや、車じゃ」
「それなら、車まで運んでやるぜ」
会計の済んだビニール袋を両手で持ち、ばあさんの車に乗せる。
「ありがとうのう。若いのに、よく出来た子じゃあなあ」
「いいってことだ。オレは、女には優しくしろと母親に言われている。それを果たしたまでだぜ」
「ほっほっほ。嬉しいねえ。はい、これお駄賃」
ばあさんからスポーツドリンクの缶を差し出される。
「女がくれるものは、ありがたくもらうぜ」
缶の蓋を開けて、飲みながら歩く。右手にはエロ本の入ったビニール袋。悪くない、優雅な下校だ。
信号機のある十字路。信号待ちで立ち止まる。
「ん?」
すぐ目の前を歩いている女。オレの学校の制服を着ている。イヤホンで音楽を聴いているのか。ゆっくりと歩道を横断している。信号機から流れてくる音楽からすると、もうすぐ歩道の信号が赤に変わるだろう。
歩道の信号が点滅する。音楽に集中しているのか、目の前の女はそれに気づかない。
そこに、クラクションをがなり鳴らしながら、大型のトラックが猛スピードで女の方を突っ込んでくる。女はそれに気づいていない。
「ヤバいッ!」
駆ける。女が目の前で事故に遭うとこを見るなんて、耐えられないぜ。
女は、元気に笑ってるもんなんだ。
「間に合えッ…!」
駆ける勢いそのままに、女を両手で突き飛ばす。
「!? きゃあああ!?」
女が吹っ飛んだ。突き飛ばした時、一瞬、胸を触っちまったが、なかなかどうして、立派なもんを持ってやがるぜ。
そんなことを考えていると、目の前に来るトラック。
ふん。
短い人生だったが、最後が女の胸の感想だったなんて、オレはついてたぜ。
白い。
目の前が、真っ白だった。白くないものは、自分の体だけで、何故か裸だった。白い空間に、体が宙に浮かんでいる。
「これがいわゆる、死後の世界ってヤツか」
そんなことをしみじみ思っていると。
「そなたが、玉谷英知か?」
声のした方。見ると、三歳児ぐらいの女が、偉そうな態度で話しかけてきていた。
「そうだが、あんたは?」
「わしはアヘルノ=ヘルデリ。いわゆる一つの神じゃ。ヘルちゃんとでも呼んでおくれ」
「ヘブンかと思ったら、ヘルか。まあいい。で、ヘル。オレに何の用だ?」
「そなたは、先ほど死んだ。トラックに轢かれてな」
「そうか。買ったエロ本の中身を見れなかったのが、残念だぜ」
「わしがこうして、死んだお前の目の前に現れたのは、お前のそのエロい煩悩を買ってのことじゃ」
「オレの煩悩だと?」
「そうじゃ。お前の生前の煩悩を見ておったが、お主、なかなかに見込みがある。そこでじゃ、お主を生き返らせてやろう」
「そいつはありがたいぜ。オレにはまだ、やり残したことが沢山あるからな。主に、エロいことだが」
「しかし、そう簡単に生き返らせてやるわけにもいかん。お主を特別扱いするということじゃからな。そういうのは、神としてはいかんのじゃ」
「わからなくもないぜ。同じエロ本ばかりでも、飽きてくるからな」
「そこで、お主に仮の肉体を与える。なあに、仮と言っても、これまでのお前の体と何ら変わらん。しかし、期限が過ぎると消滅してしまう」
「期限の中で、オレが何かすればいいってわけか」
「話が早くて助かる。お主は108日の間に、108の煩悩を集めなければならない。それが出来なければ、お主の仮の肉体は消滅し、お主は魂だけの存在となる。じゃが、108日以内に煩悩を集めきれば、お主には、仮ではない、本物の肉体を与えよう」
「それが、あんたの言う条件てわけか。いいぜ、やってやるぜ」
「ふふ、単純で助かるわい」
「? 何か言ったかヘル?」
「いいや、何も。では、期待しておるぞ、英知」
また、目の前が真っ白になった。
目覚めると、家のベットだった。窓からは朝の光が差し込み、小鳥がさわやかに鳴いている。部屋にあるデジタル時計の日付が、轢かれた日の次の日になっている。
朝食をし、着替えをして、家を出た。家族もテレビも新聞も、昨日の事故のことは何も無かったとオレに言う。
ヘルとのことは夢かと思っていたが、肩に近い右腕のところに108と書かれた痣。左の反対の部分にも、108と書かれた痣があった。恐らく、どちらかが残り日数で、どちらかが残りの煩悩の数だろう。ヘルの仕業かわからないが、どうやらオレが体験したことは夢ではなかったらしい。
学校に登校する。特に変わったことも無い。
「おい」
近くにいた珠美に話しかける。
「何よ」
「昨日、事故とか無かったか?」
「朝っぱらから、縁起でもないわよ」
「そうだな、悪かった」
言って、背中のツボを押す。
「あんッ♪ って、ゴラアアァーッ!!」
珠美の拳。あんまり痛くないが、甘んじて受けた。角度を変えて、肩たたきさせると、実に言い刺激だ。
「あ、あのう…」
教室の入り口に所在無げに立っている女。
見覚えがあった。
「あっ…!」
女がオレに気づき、ほっとしたような顔を浮かべる。オレに用事のようだったので、珠美の攻撃を無視し、女の方に行く。
「何かオレに用か?」
「は、はい」
やはり、昨日の女だった。靴の色を見ると、三年か。年の割に、偉ぶった様子もなく謙虚な印象を抱かせる。珠美より胸は無いが、それでも、あの感触は美乳の部類に入るだろう。
何か言いにくそうにしている女に言う。
「話しにくいことなら、場所を変えるぜ」
「あ、はい」
女の手を引き、屋上へ向かう。屋上に続くドアの鍵をいつも持っている針金で開け、屋上のドアを開けた。
「ここなら誰も来ない。遠慮なく話していいぜ」
「はい」
それでも、女は言いにくそうに体をもじもじさせていた。告白なら、即OK出来るように待ち構えてある。オレに、女性からの告白を断る気は無い。それが、どんな女だとしてもだ。
「あの、私、三年生で遠見蓬と言います。昨日は、助けてくれて、ありがとうございました」
「オレは、玉谷英知だ。…ん?」
礼を受けるのは素直に嬉しいが、何かがおかしい。妙な違和感がする。
「あんたは昨日、オレがトラックに轢かれたことを覚えているのか!?」
そうだ。
このことは、俺が生き返ってから、何故か無かったことにされていることだ。
どうして、目の前のこの女がそのことを知っているんだ?
「は、はい。だから、一度お礼をしたくて」
「だが、それは無かったことになっている。どうして、あんたはそいつを覚えているんだ?」
「それは…」
「蓬ッ!」
バンとドアを開けて、一人の男が息を切らしながら駆けこんでくる。
「市太君ッ!?」
見るからにガタイの良い男だった。何かの運動でもやっているのだろう。
「あんたは?」
「四村市太! 蓬の同級生だッ!」
「それが、何のようだ? オレは今、この女と話をしているんだぜ」
「い、市太君…」
蓬がオレの後ろに身を隠す。
「あいつは、あんたのコレなのかい?」
小指を立て、オレの後ろで縮こまっている蓬に聞く。
「ち、違いますッ! 私は違うけど、でも、市太君は…」
「蓬ッ! どうして俺の想いをわかってくれない! 俺は、こんなにもお前のことが好きだと言うのにッ! ここで、10回も告白したじゃあないかッ!」
10回か。
その心意気だけは、敬意を表してやるぜ。
だがな。
「おい止めろ。女が怖がってるじゃないか。オレの前で、女を泣かすことは許さないぜ」
「なんだとッ! そうか、そういうことかッ! 貴様がッ、下級生の分際でッ、俺の蓬に手を出したのかああああッ!!」
オレに向かって突撃してくる市太。
「やれやれ。ストーカー男は厄介だぜ。おいあんた、あんたは本当にあの男を何ともおもっちゃあいないんだよな?」
「は、はい。市太君から一方的に告白されているだけで、私にそんな気は…」
「そうか。なら、遠慮なくぶっ飛ばせるぜ」
突撃しながら、繰り出された拳を躱す。だが、フェイクだった。その場で一回転した市太の裏拳が俺の腹に野深く刺さる。
「ぐおッ!」
その場に座り込む。オレの頭を、背中を、市太の足蹴りが襲う。
「やめて、市太君ッ! 空手の有段者が、暴力なんて止めてッ!」
「理由のない暴力は許されないッ! だが、間男を裁く暴力ならば、許されるッ!」
蹴りは終わらない。頭を蹴られて、思考が混濁してくる。
「ほんとにもう、やめてッ!」
蓬が市太に縋り付くも、頬を殴られ、飛ばされる。飛ばされた蓬は動かない。倒れた時に打ちどころが悪かったのか、気絶したように見えた。
「おい」
ゆっくりと立ち上がる。
「てめえ、女に手を上げやがったな…」
「だからどうしたッ! 言うことの聞かない女を黙らせるには、仕方ないだろッ!」
「何があっても、女は傷つけちゃあいけねえんだ。女っていうのは、男の腕の中で優しく包まれながら微笑んでいるのが、一番美しいんだぜ」
「だから何だって言うんだッ!」
「てめえはその、一番美しいモンを傷つけた。傷つけられた女に代わって、オレが始末をつけるッ!」
(よく言いおったぞ、英知)
ヘルの声。
「ヘルか。どこにいる?」
(そなたの頭の中じゃ。苦戦しているようじゃから、教えてやろう。お主のこの仮の体は、お主の煩悩を消費して、一時的に急速成長するのじゃ!)
「なるほど。オレの煩悩をうまく使えと言うことだな?」
(そうじゃ。ついでに、目の前のそやつを倒して、そやつの煩悩を回収してしまえいッ!)
「言われなくともだぜ。よし、やってみるぜ」
煩悩全開。
オレはいつだって、エロい妄想をすることが出来る。
それを、力に変えるッ!
一瞬、体がまばゆく光った。
「くそッ! 眩しいッ! 迂闊に攻撃できねえッ!?」
光が収まると、何故か空が近くに感じた。
すぐ傍にある窓。そこに映った誰か。
「これが、わたくしなのか…」
燕尾服を着た紳士。手には白手袋をはめ、柔らかな笑顔が好印象だ。口調や物言いも、さっきまでのオレとは大違いである。
(これが、お主の成長した姿じゃ)
「よくわかりませんが、まあ、良いでしょう。四村市太様、よろしければ、わたくしがお相手致します」
構えを取る。
「な、なんだあッ、お前はッ!? お前も、俺の蓬を狙っているのかあああッ!」
市太が突撃してくる。また、あの裏拳を繰り出してくるだろう。
それでも、駆けた。さっきまでのオレより、この体は、ずっと速く駆ける。
市太。
すれ違った。
「ちぃ、外したかッ!」
「いいえ、外してはおりません」
「!? な、なんじゃあこりゃああああッ!?」
市太の方を振り向く。市太の股間から、何かが流れ出していた。
「申し訳ありませんが、すれ違いざま、高速で貴方様の御子息を刺激いたしました。それと同時に、体に存在する絶倫のツボを突いてあります。しばらく、貴方様の汚物は垂れ流しのままかと」
「うわあああああッ、い、嫌だッ、止めてくれええええッ!」
「我執こそ、煩悩の元。全てを吐き出し、悟りを得、解脱する事です」
「うおえええええッ!!」
地べたに寝そべり自分のモノを垂れ流しながら、市太が何度も痙攣する。
それに構わず、蓬に近づき、その体を軽く揺すった。
「大丈夫でございますか?」
「ん…?」
「眼を覚まされましたか。見たところ、頭を軽く打たれたようです」
「あれ、私…」
「倒れられて、気を失っておいでだったのですよ」
「そ、そうですっ、市太君はッ!?」
「市太様でしたら、あそこに」
指さすと、ビクビクと痙攣していた市太が立ち上がり、叫んだ。
「俺は間違っていたッ! 女なんて古いッ! 今は、男ッ! そうッ、男の娘の時代なんだッ!」
「え?」
「悟りを開いたようでございますね」
(よくやったぞ、英知! あの者の煩悩を回収したぞッ!)
ヘルの声が頭に響く。
「そ、そうだッ! 英知君、英知君はどこにッ! 確か、怪我をしていたはずですッ!」
そうか。
そういえば、今のオレは中学生のオレとは似ても似つかない姿。気づいていないのも仕方ないな。
「わたくしが…」
(英知。正体がバレても、お主は消えてしまうのじゃぞ)
ふむ。
なら、仕方ない。
「英知様は用事を思い出したとおっしゃられて帰られました。非常に心残りだったご様子でしたが。英知様に頼まれ、わたくしが蓬様の元に参上した次第です」
「そうだったんですか。英知君だけではなく、貴方にも助けられてしまいました」
何故か、蓬にじっと見つけられる。柔らかく笑い返すと、蓬の顔が赤くなった。
やれやれ。
よりにもよって、こっちの「オレ」が惚れられることになるとはな。
「目立った外傷はありませんでしたが、念のため、保健室で診察を受けた方がよろしいでしょう」
蓬を立たせる。一瞬ふらついて抱き着かれたが、優しく受け止めて、立たせた。
「それでは、わたくしはこれにて失礼させていただきます」
蓬に背を向け、出口のドアへと歩き出す。これ以上話していると、うっかりしたことで正体がばれてしまう可能性もある。
「あ、あのっ! 待って下さい!」
蓬の背中からの呼びかけに、足を止め、振り向く。
「助けていただきました。お礼がしたいんです。だから、お名前を…」
「HIT」
「え?」
「わたくしの名前は、HIT。煩悩紳士HIT」