林の中の拠点
不気味な程に何も無く、フランギルド拠点にたどり着いた。
真夜中にたどり着いたので、一瞬警戒されたものの、スノウが持っていたギルド発行の許可証(戦争に参加する冒険者が持たされる物)を見せた所、意外とすんなり入る事が出来た。
拠点で一泊し、朝を迎えた一行。
「寒いですね」
「言うなスノウ。余計に寒い」
「……シルク……言ってる」
「おおう……ついうっかり」
身を寄せ合う女性陣。
「三週間の道のりで、魔物に遭遇したのが二回っておかしいですよね」
「最初のハーピーと、寒そうなゴブリンだったな……」
「……冬眠?」
「魔物に冬眠って有るんですかね?」
「冬も元気に活動する魔物はいるぞ。ゴブリンは違う筈だが。ハーピーも本来なら南に移動する筈だが、遅れて移動する奴もいるからなぁ……」
「変ですね」
「……戦……の影響?」
結局首を傾げるだけで、何も解決はしなかった。
「おはよー! 寒いから入れて!」
「駄目だ」
男子用のテントから出て来たガルが女性陣の中に飛び込もうとするが、後ろから出て来たザックに首根っこを掴まれ、阻止された。
「お前は寒くないだろうが」
「そんな事無いよ!」
「薄着で出歩いている癖に、何を言うか馬鹿者」
「シルク、起きたままの格好だからだよ! 起きたばかりだし!」
「こんなに寒いのに、薄着で寝られるなら問題ありませんね」
「スノウまで!?」
「……諦めろ……馬鹿」
うなだれたガルは放っておいて、朝食を配っている場所に向かう。
焚き火を囲い、あったかい朝食に癒やされつつ、今までの事で疑問に思った事を話し合う。
「魔物が少ない事は、この拠点でも話題になっているな」
「喜ぶ奴が多いがな」
「……幸せな頭……お大事に」
「魔物が怯えるなんて、初めて聞きましたね……」
「ふむ。見てみたいな」
「シルク……」
「……シルクまで……大丈夫?」
「シルク、熱は無いですか?」
「失礼な!」
ザック、キル、スノウに心配されてしまったシルク。
天然なのか?
「俺を忘れるなー!」
「うるさい。黙ってろ」
「話し合いの邪魔になるから、適当に食って寝ていろ」
「……まだ……朝早い」
「迷惑ですよ」
「総攻撃!?」
しょんぼりとして、黙って朝食にかぶりついたガル。
「きな臭いな」
「うむ。こうも森が異常に静かだと落ち着かん」
「……嫌な感じ」
「胸がざわつきます」
「……」
ガルが無言だと気持ち悪い。
「戦場と連絡が途絶えたとか、ここの人が言ってましたね」
「ああ……」
「長い歴史の中、魔王領からの進軍を食い止め続けていたクロード王国が、魔王亡き今負けるとは思えんのだがな……」
クロード王国は魔物の住む魔の領域と、人々が住まう領域との間に位置し、長年魔物の進軍から領域を奪われるのを防いできた歴史がある。
危険区域と隣接している為、幾度も魔物とぶつかってきたが、王国に住まう者達の八割が軍人であり、王族も自ら戦に参戦する程に魔法に優れている為、国の総力でもって撃退してきた。
他国も、守ってもらう代わりに優先的に物資を送っている。
今回も、普段ならば『またか』で済んだのだが、隣国に援軍を求めた事で人々は危機感を感じた。
しかし、それでも負けるなど想像が出来ない程に、信頼が厚い。
だが、隣国にはそうは思えなくなってきている。
長引く事は良く有るが、援軍を送っても解決するどころか、遂にギルドが高ランカーを送る事態になってきた。
それでも尚、終わりが見えない。
クロード王国の正面に位置する魔物の国は、魔王が倒された時に壊滅した筈なのだが、新たな魔物が住み着いたらしいと、噂程度の話が聞こえ始めた時、突然その無き国から魔物が溢れてきたのだ。
その新たな国が、今抗戦しているバンパライアと言う国だと分かったのは、つい最近の事である。
バンパライアの名は、もっと魔物領の奥地にある国としてしか知られておらず、詳しい事は良く分からない。
しかし、少ない情報では、『弱きは罪』がお国柄で、魔物領に有りながら迷い込んだ人間も力さえ有れば受け入れると言われている。
なんとも、不思議な国である。
魔王に従わなかった、数少ない魔物の国でもあるらしい。
これ位しか情報は無く、どれだけの力が有るのかさえ分からない。
「未知の相手らしいですね」
「お前、以外と冷静だな」
「バンパライアに興味が無いもので」
「「「……」」」
そう言う問題?
スノウの言葉に沈黙して、思わず顔を見合わせるザック、シルク、キル。
「一途だな……」
「ま、まあ近付かなければ良いと思うぞ」
「……ある意味……凄い」
「え? はあ……? ふえ!?」
スノウに恋と言う自覚は無いらしい。
「……羨ましいや」
ぼそりと、ガルが呟いた。
「今日は昼の少し前に出発するからな」
「朝からではないのですか?」
「橋の上は風が強いらしい。寒い時に行けば凍死するか、吹き飛ばされるかもしれないからな」
「川の上空の気流が荒いおかげで、上空から魔物が押し寄せる事も無いらしいがな」
シルクの説明にザックが付け加える。
天然の防壁として機能しているらしい。
幅もかなり広いので泳いで渡るのも不可能である。もちろん、魔物だって住んでいる。
「風を防ぐ魔法が使える者が、ギルド側から一名着いて来るらしい」
「有り難いですね」
「まあ、物資が駄目になったら困るし、参戦する冒険者も居るからな」
じっとスノウを見詰めるシルク。
「? 準備しないといけませんね」
「ああ」
首を傾げながらも、次にすべき事を考えるスノウ。
出発に向けて、皆が動き出した。
想像以上に風が強く、荷馬車が横に揺れてしまう。
橋を渡りながら、左右から荷馬車を固定する一行。
合流したギルド側の魔法師が魔法で風を防いでいても、橋が揺れてしまうので荷馬車が揺れるのだ。
「凄い風だな!」
風の音に負けないように、シルクが声を荒げる。
「春の終わりと、夏はそこまで強くないのですがね! 普通なら、それ以外の季節は通行止めです!」
「そりゃまた、わざわざ酷い時に来たものだな! 私達は!」
「仕方ないですよ! 今必要なので!」
ギルドの職員だと言う男性が、わざわざ説明してくれた。
寒い時期は、理由が無い限り立ち入りさえ禁止されるらしい。
逆に夏は、様々な人々が行き交う場所になるようだ。
一部遊泳区域が指定され、子供達がはしゃぐ姿が見られるらしい。
川の中の魔物も、夏は移動してしまう為に安全なのだそうだ。
「馬は大丈夫ですかね?」
「今の所は」
馬を見ているザックは、恐怖心を和らげる為に何度も馬を撫でる。
ギルドから貸し出された馬なので、普通の馬よりは丈夫で、賢く強い馬なのだが、流石に足元が揺れるのは怖いようで、たまに立ち止まったり、後ろに下がろうとしてしまうので、必死で宥めているのだ。
「綱糸って役に立つんだな!」
「こんな使い方は初めてです!」
揺れる荷馬車から荷物が落ちないよう、綱糸で固定しているスノウ。
こんな所で役に立つとは思わなかった。
「……向こう岸……見えた!」
珍しく大声を出すキル。
見えたと聞いて、皆少し嬉しそうな顔をする。
橋を渡り終え、ギルドの職員と別れてひたすら進む。
スールまでは、橋を渡ってから三週間は旅をしなければならないのだ。
「スノウ」
「何ですかザックさん」
「考えたくねえが、もし撤退する事になったらサラディンには行くなよ」
「探し人がサラディンに居るので、行く事になると思いますが……何故です?」
「サラディンは僻地に有る。北には魔物の巣窟が、東と南には山だ。孤立してしまうんだ」
帝都サラディンは、クロード王国から溢れた人々が集まって出来た国である。
クロード王国では軍人として戦えない者達が、新たに作り出した国なのだ。
戦えない代わりに、武器の生産や、子供達の育成を請け負っている。
初代帝王は、クロード王国の元近衛騎士であり、引退後に子供達の育成を目的として土地を求めた際、クロード王国から土地と子供達を託されたのが始まりだ。
そこへ、クロード王国に居ながら戦えない商人達や、農民達が住み着いたので、国としていつの間にか成り立っていたのである。
クロード王国を支え、支えられながら在り続ける国である。
「空いてる土地がそこしか無かったらしくてな。結果的にはクロード王国を通さないと外と繋がれん。そんな所に逃げ込んだらどうなるか分かるだろう?」
「……はい」
分かりきった答えである。
直ぐに攻め込まれ、崩壊するだろう。
「フランに戻るのが無難だな。クロード王国が槍なら、フランは盾だからな。フランは近くの森にドラゴンが住み着いているからな」
「え?」
「英雄が騎乗していたドラゴンらしくて、人々を襲うような事もなく、静かに暮らしているらしいが、敵が来たら分からんからな。英雄は二十年程前に亡くなったが、どうして故郷に帰らないんだろうな」
ドラゴンは英雄と同じ所で育ったと、言い伝えられている。
最後まで英雄と共に戦い、英雄亡き後は何処かへ飛び去ったと言われる。
まさか、フランの近くに居たとは……驚きである。
「ラルスとアルトの間に、深い谷が有るだろう? あれを辿った先の森には、英雄とドラゴンが敵と戦った際に出来たクレーターが有るんだ。そこに居るらしい」
「思い出でも有るのでしょうか?」
「かもな」
ドラゴンは何を思ってそこに居るのだろうか……。
「そう言っても、行くんだろうな」
「はい」
スノウの意志は変わらない。
彼が居るなら、危険な場所にも飛び込んで行くつもりである。
ぶれないスノウの頑固さに、皆は少し苦笑した。
◇◇◇◇◇
「ロア、下がれって!」
「またか!」
ロアは、何度も繰り返される戦況に苛立ちを覚える。
戦っては下がり、戦っては下がる。
その繰り返しである。
このままでは負ける、そう分かっていても諦められない。
「くそっ!」
それでも、何も出来ない。
相手が悪すぎる。
死して尚、戦い続ける敵が相手なのだから。
生身の人間である自分達は、少しの傷でも体力と気力が削がれていくと言うのに、腹を刺しても平然と立ち上がられては、どうしようも無い。
既に、士気は下がりっぱなしである。
「ああもう! 何で燃やしても骨だけで立ち上がるんだよ!」
近くに居る誰かが叫んだ。
「有り得ねー」
フロンも同意する。
最近分かったのだが、骨だけにしても敵の不死軍団は止まらない。
信じられない光景である。
「スケルトンかよ! でも、スケルトンは下位の魔物だし、知能低い筈だよな?」
「はい。こんなに統率の取れた動きはしませんね。それに、クロード王国の眼前に有った国は壊滅しましたし」
この戦が始まる前、クロード王国の眼前にはリッチ率いるアンデットの魔物だけの国が有ったが、随分前にバンパライアに滅ぼされている。
リッチ達は抵抗したが為に殲滅され、指揮官を失ったアンデットの魔物達は散り散りになって逃走した。
もう、数年前の事であり、それ以来アンデット達は見掛けない。
「生き残り?」
「今更でしょうか?」
生き残りが居てもおかしくないが、何故今更、しかもバンパライアにではなくクロード王国に向かって牙を剥くのかが分からない。
それに、下位のアンデット達にはそこまでの知能が無い筈である。
「分からん」
「ですね」
今考えても分からないので、とりあえず目の前の事に集中する事に。
「下がれ! ここはもう駄目だ!」
その言葉に反応して、皆が一斉に走り出した。
後ろにある拠点を目指して。
そんな彼らを、無言で追い掛けて来る敵は、足止めの魔法を前にしても全く怯む事もなく、ただただ追い掛けるだけである。