荷馬車で出発です
荷馬車に積まれた荷物に、馬は嫌そうな顔をする。
当然だろう。
四頭の馬が引く荷馬車に、載せられるだけ詰め込んであるのだから。
隙間なく。
「……馬……頑張れ」
思わず励ましたキル。
皆は持てる荷物は自分で持つ事にする。
「じゃあ行こうか」
「はい」
朝から沢山食べて幸せそうなシルクと、そんなシルクに苦笑するスノウ。
ザックとガルが先頭、荷馬車の上でキルが見張り、後ろにシルクとスノウ。
街の門から出て、広々とした平原を進む一行。
ちらほら舞う雪で、うっすらと白くなった平原。
「所々に生えた木以外、身を隠せる所が無いですね」
「そうだな」
これなら、敵の接近には直ぐに対応出来るが、それはこちらの姿も丸見えだと言う事である。
油断は出来ない。
更に、こちらには荷馬車があり、置いて逃げる事が出来ない以上、行動がある程度制限されてしまう。
「出来るだけ、早く川の近くの林の中まで行きたいですね」
「ああ。小さいが、ギルドの拠点が有るらしいからな」
「橋の見張りも兼ねているらしいですね。おかげで壊される危険性が低くなりましたね」
「まあな。橋が無ければ、物資も増援も送れないからな」
中継地点として、フランのギルドから人を送り、小さな拠点が置かれた。
ラルスからスールまでの間に有る、大きな川を渡るには、これまた長い橋を渡る必要がある為、橋を壊されないようにギルドが見張っているのだ。
ラルスとスールからも、騎士達が見張りを任されている。
「でも、無理は出来ませんね」
「だよな~」
馬は歩くだけで精一杯である。
馬が歩けなくなっては身動きが取れないので、馬に合わせる必要がある。
積み荷が積み荷なので、余計に気を配る必要がある。
これが届くか届かないかで、戦局は大きく変わる可能性がある。
更に、敵にとっても狙う理由には十分すぎるものがあるので、もしかしたら敵襲があるかもしれないのだ。
勿論、物資は何回かに分けて、様々な冒険者が運んでいるので、この積み荷ひとつでどうこうなる訳ではないが。
「責任重大ですね」
「だな」
どれだけ急ごうと思っても、何も変わらない状況は精神的に辛い。
後ろを見れば、まだラルスの防壁が見えるのだから。
何も無いからこそ、目に映る光景に変化が無く、つまらない。
「まあ、平和で良いですが」
「プラス思考だな」
「じゃないとやっていけません」
「そうだな。食うか?」
「まだ食べるんだ……」
シルクの胃は無限大らしい。
肉と野菜のサンドイッチを差し出され、戸惑いながら受け取るスノウ。
気が紛れるのは良いかもしれない。
荷馬車の上で退屈にしていたキルもサンドイッチを頬張る。
「俺には?」
「前見て歩け」
「シルク酷い!」
「うるさい」
前を行くガルには与えないらしい。
「収入の半分が食費だな」
ぼそりとザックが呟いた。
「まさかの上から!」
「お前はうるさい!」
ガルとシルクが怒鳴り合う。
どちらもうるさいです。
「ハーピーか……」
「厄介ですね」
一行が出会った魔物はハーピー。
上空からの不意を突いた攻撃と、やたらとうるさい鳴き声が厄介だ。
キルが何度か魔法を放つが、素早い動きで避けられてしまう。
「跳びます」
そう言って、恐るべき脚力で高く跳んで一羽のハーピーをナイフで切り裂くスノウを見て、ザックは呆気に取られる。
「お前……人間か?」
「負けてられん! 肩貸せ!」
「お、おう」
ザックの肩を蹴り上げ、レイピアを振るうシルク。
器用に空中で体制を変え、くるくると回転しながら数羽のハーピーを切り落とす。
驚いて動きを止めたハーピーに、キルの魔法が襲い掛かる。
スノウが着地と同時にナイフを投げ、二羽のハーピーを的確に射抜く。
切り落とされ、もがくハーピーにガルが止めを刺す。
ザックは馬を宥めつつ、何かを取り出して上空に放る。
放られたそれは、ある程度の高さで爆発し、ハーピーを凪ぎ払った。
爆発から逃れたハーピーは、爆音で耳をやられ混乱状態となり、バラバラの方向に散って行く。
「投げるなら言え!」
「びっくりしました……」
「……耳が……痛い」
「頭がぐわんぐわんする」
「言う暇ないからな」
獣人であり耳が良いガルとキルには辛かったらしい。
耳を抑えてうずくまっている。
「とりあえず、剥ぎ取りしてから移動しましょう」
また集まって来たら適わない。
ハーピーの換金部位を剥ぎ取って、さっさと移動する一行。
ガルとキルはまだ辛いらしく、耳を抑えたままである。
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
「……多分」
涙目の二人。
次の街で耳栓を買う事を固く誓ったガルとキルであった。
「もう少ししたら休むか」
「そうですね」
「あの木の辺りが良さそうだ」
シルクとスノウが休憩する事を提案すると、ガルとキルが頷いた。
ザックも異論は無いらしい。
休めると聞くと、不思議と歩けるものである。
少しスピードが上がった一行。
さっさとたどり着いた休憩地点でシートを広げる。
下が雪で冷たいが、動いた事で暖まった体には気持ち良い。
「ほら水」
「ありがとうございます」
「そろそろ敬語は無くて良いのに」
「生まれつきですから」
「冒険者としては珍しいな」
「そうですかね?」
スノウは首を傾げる。
そんなスノウを微笑みながら見守るシルク。
スノウにくっ付いているキル。
ザックに首根っこを掴まれ、恨めしげにザックを見上げるガル。
華麗にスルーするザック。
とても、和やかな光景であった。
◇◇◇◇◇
戦地にて、ロア達はようやく拠点にて体を休める事が出来ていた。
大分前線から下がった地点の拠点は、なんとか無事であり、他の場所で戦っていた仲間達も集まっていた。
仲間達の顔には不安と絶望が浮かび、既に敗退したような雰囲気である。
「皆さん同じように逃げて来たようです」
「お疲れ様アクア。休んでて」
「ロア、やっぱり駄目だよ。何の情報も無いよ」
「そうか……シーナも休んで」
「おい! ギルド側からの情報は途絶えているらしい。敵に阻まれてやがる」
「フロン、声がデカい」
「おっと! だけど、ギルド側の冒険者は退いてないぜ」
「有り難いな」
この拠点とギルドの拠点とはかなりの距離があり、敵の妨害もあって上手く情報が集まらない。
他の戦士達も、敵の術だと思われる攻撃に手も足も出ず、ひたすら逃げて来たようで情報は無い。
最初はネクロマンサーによるものだと思っていたが、あの出鱈目な数を操るなど、何人のネクロマンサーが必要なのか分からないし、死んでいない者を操る術など知らない。
もし、そんな事が可能な術者だとしたら今勝ち目は無い。
術者がどこに居るのか分からないので、止める手立てが無いのだ。
「まさか、生きている奴まで操られているとはな」
その事が分かったのは、つい先日脱走兵を捕まえたからだ。
こちら側の術者が見た結果、完全に自我を失っているのではなく、ある程度の自我を保ったまま、“自ら”考えて裏切るように洗脳され、今解除する事は不可能であると分かった。
戦場で詳しく調べる事が出来ないので、この程度の事しか分からなかった。
国に連れて行くには抵抗があるし、そんな余裕も無いので、閉じ込めて放置されている。
「なんか、気味が悪いわ」
「そうね」
シーナとアクアが顔をしかめる。
「増援を待つしかないな」
「来るのかねぇ……」
周りに不安を撒き散らすかのようなフロンの言葉を聞いて、無言で腹を殴るロア。シーナは足をブーツで蹴り、アクアは杖で後頭部を叩く。
「うぐっ……いてぇ……お前ら容赦なさすぎだろ!」
「お前はもう少し空気を読め」
「無理だな。生まれつきこの性格だし」
「「「……」」」
開き直ったフロンに、ロアはため息を吐き出し、シーナは頭を抱え、アクアは哀れみの目で見詰める。
「考え過ぎは良くないぜ」
何だかんだ言って、フロンのおかげで重くなり過ぎないのが有り難いと、思わなくもないロアであった。
◇◇◇◇◇
どこかの部屋で、のんびり窓の外を眺める者が居た。
真っ白な雪よりも、随分と早くから降り注ぐ赤を眺めて。
季節外れの、赤い花畑を見詰めて。
「ご機嫌宜しく?」
その者の後ろに控える黒い影が、長い杖を片手に声を掛けた。
その杖は、鈍い光を杖先に灯している。
「まあね……」
「良い事です」
「あの子も良くやるよね……恨みって侮れないね」
「その恨みを利用する貴方も……良くやりますねぇ。怖い怖い」
「戦場を実験に使う君に言われたくないかな」
「ふふ……だからこそ良いのでしょう?」
「ああ……」
「良い事、良い事」
それだけ言って、静かに退室していく黒い影。
「……お前らと同じにするなよ」
影に向かって呟かれた言葉は、誰の耳にも入る事なく闇に散る。
(国を背負う者として、もう退く訳にはいかぬのだ……己の正義の為に)
赤い花畑を見る瞳は、濁り無き美しい金の輝きを放っていた……。