儚くも愛しい
スノウは夢を見ていた。
自分でも夢だと分かるが、どこか暖かく懐かしい。
少し前から、良く見るようになった。
毎回、真っ白な空間で、ひたすら漂うだけなのに、何かに包まれているみたいな感じがする。
「暖かい」
ただ一言呟いた。
〈そう〉
「え!?」
だが、今回はいつもと違った。
誰かが、返事を返してきた。
「誰ですか?」
そう尋ねると、目の前の空間が形を変えていく。
同時に、風景も真っ白な空間から、真っ青な空に変わる。
空間が歪んでそこに現れたのは、美しい金色の髪と瞳を持つ、神々しい女性。
「え!?」
しかし、スノウが一番最初に注目したのは、女性の背中に有る、とても大きな純白の翼だった。
スノウが持つ翼と同じである。
「誰ですか?」
〈まだ、言えません〉
「何故ですか?」
〈時が来ていないからです〉
どうしても教えて貰えそうにはない。
〈いずれ、分かるでしょう〉
「はあ……」
〈本来、今会う事は宜しくない〉
「……」
〈しかし、どうしても会いたかった〉
「……」
〈言われても、困るでしょうが〉
「……」
スノウは、どうしたら良いのか分からないので、無言を貫く。
何故、夢なのに、現実の様に感じるのか分からない。
自分の中で、これが現実だと何かが伝えてくる。
〈ごめんなさい。生きて欲しかったの〉
「……え?」
そう言って、静かに泣き始めた女性。
〈辛い思いをさせて、ごめんなさい〉
「あ、あの」
〈また、会いましょう〉
「待って」
〈夜明けが近い……また、会いに来ます〉
「夜明け?」
まだ、寝たばかりだと言おうとしたが、女性は消えようとしている。
とっさに手を伸ばすスノウ。
「待って!」
◇◇◇◇◇
「って!」
ベッドに横たわり、手を上に伸ばした体制で固まるスノウ。
「夢から覚めた? ……本当に、朝になっている」
窓から差し込む朝日。
いつもは有り難い筈の光が、今は少し恨めしい。
もう少し、ゆっくり夜が明けたらと、意味の無い愚痴をこぼす。
シルクとキルはまだ寝ていた。
ゆっくりと上がる太陽。
「あの女性は……」
思い出そうとしても、あまりはっきり覚えていないが、あの純白の翼と、あの言葉だけは良く覚えている。
〈辛い思いをさせて、ごめんなさい〉
あの声が、どこか懐かしい。
あの女性も、知っている気がする。
そんな思いを、一人抱えて布団に潜り込んだスノウ。
もやもやして、起き上がる気になれないのだ。
(泣いて欲しくないなぁ……)
そんな事を思い、痛む胸を抱える。
なんだか、とても懐かしく、とても暖かな雰囲気の女性が泣く事が、とてもとても悲しかった。
夢だと言い切るのは簡単だが、夢だと信じるのは難しく、また、そうは思えない自分が居る。
もぞもぞと寝返りを繰り返すスノウ。
皆が起きるまで、狸寝入りを決め込んだスノウであった。
「え? 同じ方向なんですか?」
起きてきたシルクが、今後の予定を話してくれた。
この街から、東に向かえば戦地から遠ざかり、西に向かえば戦地に近くなるので、てっきり東に向かうだろうと思っていたのだが、物質を送り届ける為、この街で物質を受け取り、川を超えた先にあるスールと言う街に送り届ける依頼を受けているのだそうだ。
ガルとキルが幼い為、まだ戦争に参加するのは早いが、見るだけなら勉強になるだろうと言う事らしい。
知らないなら知らないで良いのだが、今後も身近で起こらないと限らない為、遠目でも良いから現実を見させておく事にしたようだ。
冒険者ならば、何らかの事情で戦に関わる確率も高い。
その後は引き返しこの街に戻り、今度は東に向かうとの事。
「出来るだけ早めに引き返すつもりだ」
「そうですか」
「スノウ、無理するなよ?」
「はい」
「あまり、行かせたくないがなぁ……」
本当に心配してくれるシルクに、短く礼を言うスノウ。
心配そうにスノウの袖を握るキルを、反対側の手で優しく撫でる。
スノウに撫でられ、くすぐったそうに目を細めるキル。
「食堂に行こうか。ザックとガルが待っているからな」
「はい」
貴重品を金庫に入れ食堂に向かう三人。
「おはよー!」
「ガル、寝るか食べるか、どちらかにした方が良いぞ」
寝ぼけ眼で揺れながら朝食を頬張るガルに、呆れ顔で注意するシルク。
丸いテーブルで、ガルの隣に座るザックは知らん顔で、自らが頼んだ朝食を食す。
キルは、わざわざガルとは反対側の席に座り、メニューを眺める。
スノウは、ザックとキルに挟まれる形で席に座る。
ガルの面倒を見ながら、ガルとキルの間に座り、何やら大量に注文するシルク。
メニューから、適当に軽食を頼んだキルとスノウ。
「朝から多いな」
「食わねばやってられん」
シルクの前には、肉料理が並び始め、その量にザックが呆れる。
ザックもそれなりの量の朝食を食べてはいるが、意外とバランスの良い取り合わせで、あっさりとした料理がメインである。
対して、シルクの前に並ぶのは、鶏肉が挟まったサンドイッチ、豚肉の炒めもの、コロコロ肉のシチュー、骨付き肉の照り焼きチキン、牛肉の串焼きである。
見ているだけで胸焼けが……。
スノウは、パンと具だくさんのスープ、ベーコンエッグ。
キルは、ハムが挟まったパンと、コンソメスープである。
ガルは無難にサンドイッチ。
寝ぼけ眼で食べるので、具が落ちそうになっている。
「旨い!」
「肉なら、何でも良いのだろう?」
「良くないぞ! スタミナが付かなければ意味が無いのだ!」
「明らかに、食い過ぎだろうが」
「む? ちゃんと食べきれるぞ」
そういう意味ではない。
「そうだザック、スノウも行く方向は同じだぞ」
「ほう……物好きだな」
「戦争に参加するそうだ」
「っ! ゲホッ!」
「大丈夫かザック?」
思わず、口の中の物を吹き出しそうになり、慌てて呑み込んだ結果、食べ物が変な方に入り込み咳き込むザック。
シルクが差し出した水を飲み干し、荒い息を整える。
落ち着いてからゆっくりと口を開く。
「その年でか?」
「はい。探し人が居る可能性が高いので、探しに行こうかと」
「死ぬかもしれないぞ」
「覚悟の上です。冒険者になる時に、既に覚悟を決めています」
全くぶれないスノウに、ザックも説得を諦める。
「そうか。途中まで、共に行こう」
「良いのですか?」
「行く方向が同じなんだ。共に行かなくても、途中で出会うだろうさ」
「そうですね」
なんだかんだ言いながら、ザックもスノウの事を心配しているのだ。
旅の中、いつの間にか互いに認め合っていたようだ。
シルク、ガル、キルも、共に行く事に異論は無いらしい。三人共、どこか嬉しそうである。
「善は急げ。明日、出発しよう」
「シルク、随分と急だが、誰が準備するんだろうな」
「もちろん、ザックだ」
「ザックだ!」
「……ザック」
堂々と宣言するシルクに、元気いっぱいにザックを指差すガル、小さな声でこのやりとりに参加するキル。
ザックの今日の予定は決まった。
まあ、シルクに任せたら大変な事になりそうだが。
主に、肉で!
「ギルドで手続きをしてくる」
そう言って、食べ終わった皿を丁寧に重ね、席を立つザック。几帳面である。
スノウも買い足しに行く事にすると、テキパキと身支度を整え、宿を出る。
シルク、ガル、キルは、何もしないのが仕事らしい。
要は、宿でゴロゴロしている。
皆それぞれ明日に備える。
◇◇◇◇◇
戦場に、ギルドから届いた召還獣からの情報が届いた。
とは言え、大きな拠点にしか届けられないので、まだまだ全ての戦場には伝わっていない。
しかし、その情報だけで、少しずつ戦場の動きが変わり始めた。
接近戦を避け、魔法による遠距離攻撃に切り替え、出来る限りの時間を稼ぐ事で、敵の正体を見極める事に専念する。
接近戦では、何故だか復活する敵や見方に囲まれてしまうからだ。
魔法による広範囲破壊で、死体を残さず殲滅する方針に決め、接近戦を主にする者は、内部に潜む敵を探る事に。
怪我人を装い治癒師を襲う者を見極める為に、見ただけで致命傷だと分かる者は追い出し、軽傷の者には厳重な検査が行われるようになった。
検査に時間が掛かり、死者が増える事になってしまうが、治癒師を失う事を思えばやむを得ない。
治癒師が居なければ、掠り傷でさえ注意しなくてはならなくなる。
それだけ、治癒師の存在は大きい。
見方を下げた事で、今まで使うのが難しかった大砲も、遠慮なく打つ事が出来るようになった。
古めかしい投石器まで、今は頼もしい武器である。
召還術師が呼び出した、遠距離攻撃を得意とする召還獣や、錬金術師が生み出したゴーレムも、盛大に暴れている。
しかし、あちら側もただやられるだけではない。
あちら側からも、様々な魔法が大量に飛んでくる。
更に、ゾンビ化した人間が、道具のように投げ込まれ、投げ込まれた瞬間むちゃくちゃに暴れ始める。
戦場が苛烈になっている状況で、冷静に戦局を眺める者も居る。
ギルド側は一見拮抗している戦局に、しかし、大きな不安を抱えていた。
戦場で指揮する将と、将から連絡を受ける王族は、不利であると確信していた。
連合軍とギルド側は、出来る限りの戦力を惜しみなく送り込んでいる。
そうしなければならない状況なのだ。
だが、あちら側は、まだ最初とほとんど変わらない数で、将はおろか、指揮する騎士意外の正規軍は出て来ていない。
捨て駒だと言わんばかりにお粗末な装備の敵兵しか、確認出来ていないのだ。
まだ、連合軍にも切り札が有るとは言えども、流石にこれはまずい状況である。
切り札とは、一回限りだからこそ、切り札なのだから。
切ってはならない札であるのだから。
今はただ、援軍を頼るばかりであった。