護衛依頼完遂
この世界には、春夏秋冬と季節が存在し(地域差は有るが)、各季節は3ヶ月の節目で変わり、1ヶ月目を陽の月、2ヶ月目は星の月、3ヶ月目は月の月と言われ、ひと月は28日間、一週間は7日で、第何週目と呼んでいる。
秋の月の月の第三週1日目から出発し、冬の陽の月第一周5日目の夕方に、一行はようやく目的地ラルスに到着した。
「お疲れ様でした」
ギルドで依頼完遂の報告を終わらせ、報酬を受け取った後、道中で出会った獣人と人間の事を報告する。
ギルドの受付嬢は、皆に少し待つように告げ、誰かを呼びに行った。
奥から現れた上司らしき女性に招かれ、奥にある階段から二階に上がる。
広くはないが、品の良い家具で統一された、綺麗な部屋に通される。
ソファーに座る一同。
三人用のソファーがテーブルを挟んで2つあり、片方にスノウ、シルク、キルが座り、反対側のソファーにザックとガルが座る。
ギルド職員の女性は、所謂お誕生日席に座り、何枚かの書類をテーブルに置いた。
「はじめまして。私は、ここのギルドマスターです。好きなようにお呼び下さい」
この女性が、ここのギルドを纏める人だった。
栗色の髪と同色の瞳、どこか少し幼い顔立ちなので、そうは見えない。
ころころと笑う姿と、ちょこんと座っている所が、なんとも可愛らしい。
「流石に下で聞くわけにはいかなかったものですから、此度は二階にお呼び致しました。お疲れの所申し訳ありませんが、詳しい話を聞かせて下さい。もちろん、報酬を用意しております」
淡々と告げるギルドマスター。
「何で報酬?」
スノウが尋ねると、
「今、問題になっている事ですから、少しでも情報が欲しいのです」
渋い顔をしながら、ギルドマスターが答え、頭を下げる。
皆、その答えに納得し、出来るだけ詳しく見た事、聞いた事を説明する。
ギルドマスターは、手元の紙に細かくメモを取っていく。
皆が説明を終えると、ギルドマスターが一枚の紙をテーブルに置いた。
紙に写っているのは、あの獣人の女性である。
「この方ですか?」
皆、黙って頷いた。
「そうですか」
「……何故?」
キルが、短く尋ねる。
流石に短過ぎて、ギルドマスターは何を尋ねられたのか悩み、首を傾げる。
「……何故……分かったの?」
「ああ……、彼女は突然姿を消したのは、他の冒険者……脱走兵と同じですが、有り得ないと、ギルド側が判断しまして、捜索していましたから。彼女は、数少ない高ランカー冒険者で、ギルドからの特別依頼を数多く手掛ける、ギルドが信頼する冒険者の一人でしたから」
名高い冒険者だったみたいだ。
この辺を拠点とする冒険者ではなく、かなり離れた地域を拠点とする冒険者だった為、スノウ達は知らなかったのだ。
今回、戦争だと聞いて、遠くからはるばる駆け付けたらしい。
本人が目立つ事を嫌がるので、世間にあまり顔を知られてはいないらしい。
敵側も、まさかそんな冒険者だとは思いもしなかったので、口封じをしようとした結果、逆に知られる事になった。
「しかし、彼女が負けたとなれば、敵の強さが計り知れませんね……」
そして、高ランカーが負けた事実から、敵が思った以上の力を持っている事が分かった。
「情報、ありがとうございます。此方が報酬になります」
人数分に小分けされた報酬がテーブルに乗せられる。
皆、黙って受け取る。
受け取った一同を、下まで送るギルドマスター。
その際、ギルド側から紹介された宿に、一同はとりあえず向かう事になった。
「何故、同室なのでしょう?」
宿の一室で、スノウ、シルク、キルがくつろいでいた。
いつの間にか三人部屋をあてがわれ、手を引かれるまま部屋に入り、流れに任せて荷解きをして、ようやく我に帰ったスノウが小さく疑問を口にした。
パーティーを組んでいるならこれが普通なのだが、スノウはソロである。
普通、他人と同じ部屋にするなんて、防犯上宜しくないだろう。
何故だか当たり前のように、真ん中のベッドを進められたスノウは、一人首を傾げていた。
「スノウの性格は分かったからな。1ヶ月共に居たんだ。今更、警戒する必要もあるまい」
「……嘘……つけない性格……でしょ?」
「ええ、まあ……そういう問題かな?」
当たり前のように、シルクとキルが断言するので、否定出来なくなったスノウ。
まあ、1ヶ月共に旅して、何も無かったのだから、良いのかもしれない。
……のか?
「まあまあ。水浴びにでも行こう」
「……金庫……有るよ」
「ん。って、一緒に入れるんですか!?」
「一緒に行くし、問題あるまい」
「……入るから……大丈夫」
大きな金庫に、財布はもちろん、金目の物まで入った鞄を詰め込むシルクとキル。
突っ込みを諦めて、スノウも鞄を放り込んだ。
金庫の鍵をスノウに渡すシルク。
「これで、スノウは安心だし、何か有れば鍵を持っているスノウが怪しいよな」
「そうですね」
抜け目は無いシルクである。
隠す必要の無い鞄から、着替えとタオルの入った袋を持って、水浴び場に向かう女三人。
和気あいあいと体を洗い、濡れた髪を軽く拭いた三人は、談話室に向かう。
ザックとガルと待ち合わせているのだ。
談話室には、簡単な軽食と飲み物を用意していたザックと、ザックに襟首を持たれているガルが居た。
ザック曰わく、水浴びの後の女性に飛びかかるのを防止している、らしい。
思わずガルから距離を置くスノウ。
シルクとキルは、前に被害にあった事が有るようで、警戒してますよオーラ全開でガルを睨んでいる。
「誤解だって! 上目使いですり寄ったら向かうから撫でて来たんだよ!」
「それが問題だろうが」
「私は、急に抱きつかれたがな」
「……昔から……変わらない」
「押しが強いと、嫌われますよ」
スノウの言葉が止めを刺した。
がっくりうなだれ押し黙ったガルを投げ捨て、軽食の入った籠を差し出すザック。
意外と面倒見の良いザックである。
中身は様々な種類のサンドイッチが綺麗に並び、食後のフルーツまでちゃんと入っている。
因みに、ザックが宿の食堂で注文したものである。種類まで。
「流石だ。こうした事は、気が利くザックに任せて損は無いな!」
「どこかの無頓着なエルフには任せられんからな」
「む? ちゃんと選ぶだろう?」
「肉だけな。中身全て同じだがな」
「むむむ……」
シルクに任せると、油っこい食べ物で埋め尽くされるらしい。
「……スノウ、食べよ」
「良いんですか?」
てっきりパーティーの皆で食べるのだろうと思っていたスノウだが、スノウの分も入っていたらしい。
いつの間にか、パーティーのメンバー扱いになっている気がする。
「もちろんさ」
「見せびらかす趣味は無い」
「……食べよ」
「ありがとうございます!」
嬉しくなり、ちょっと口元がほころんだスノウを見て、皆が目を見開く。
「笑ったな!」
「少しだが」
「……初めて見た」
「ふえ?」
「今まで、表情が変わらないからさ、気になってたんだ」
「声色は変わるんだがな」
「……表情が……声色と違った」
「そうでしたか?」
シルクが安心したような顔をして、ザックが表情を柔らかくし、キルが嬉しそうに笑う。さっきからザックの後ろに転がっているガルも、嬉しそうに尻尾を左右に振っている。
スノウは驚きながら、少し恥ずかしそうに、しかし、口元は微かに笑っていた。
和気あいあいとサンドイッチを頬張る一同は、なんだか家族の様であった。
◇◇◇◇◇
「どうなっている!?」
「分からないわよ!」
ロアが叫び、シーナが返事を返す。
戦場では、死んだと思った敵が、致命傷である筈の傷をそのままに、何も無かったかのように起き上がり、そのまま武器を振り回し始めていた。
昨日までは、そんな事無かった筈だと、皆が同様する中、ロアは仲間を集め、ひたすら逃げに徹していた。
迂闊に近付く訳にはいかない。
無駄に体力を、魔力を費やす訳にはいかない。
今は、此処から離れる必要がある。
「しかし、何処へ……」
他の戦場の状態が分からないので、逃げるにも何処へ行けば良いのか分からない。
近くの拠点に向かう事にしたが、そこが無事なのかも分からない。
それどころか、どちらの国が優勢なのかも分からない。
無事なのかも分からない。
「ロア! こいつら、頭飛ばしても起き上がってきやがる!」
「な!?」
「ロア、私の魔力も限界が近いです。とにかく、拠点に行きましょう。薬箱位、有る筈です」
「分かったよ。無理するなよアクア」
フロンの報告と、アクアの助言に、考える事を止めたロア。
こんな状況で、いくら考えても何も解決はしない。
ひたすら木々に身を隠しながら、拠点の有る方向に向かう。
疲れから来る苛立ちを無視して、意識して冷製さを保つロアに、そっと寄り添い支えるシーナ。
二人について行きながら、その背中を守るフロンとアクア。
「な!?」
そんな四人の前に立ちはだかったのは、仲間だった敵達。
何故分かるのか?
簡単だ。
心臓に槍が刺さり、生きていられる人間など居ない。
首が折れて尚、立ち上がれる人間など居る筈もない。
死して尚、武器を手に立ち上がる生き物など、居る筈はない。
今まで見て来た敵と同じ状態。
彼らが武器を向けるのは自分達。
「くそ!」
「そんな……」
「下がれ二人共!」
いち早くショックから立ち直ったフロンが、ロアとシーナを押しのけ、槍を構えて突撃する。
残り少ない魔力で、精一杯の援護射撃を開始するアクア。
立ち直ったロアとシーナも、無我夢中で眼前の敵に立ち向かう。
無理やり退路をこじ開け、ひたすら走る走る。
もう、何も考えられなかった。
だが、彼らはまだ救われない。
たどり着いた拠点の有った場所には、同じように死して尚立ち上がる敵に攻め落とされていた。
否、拠点の仲間も敵となっていた。
「くそが!」
「逃げよう!」
「大丈夫か? アクア」
「最後の魔法薬を使います。気休め程度ですが」
「それでも有り難い」
いざという時の為取っておいた魔法薬を飲み干したアクア。
本当に気休め程度だが、少しでも魔力を回復させたかった。
目的地をもっと後ろの拠点に変え、疲れでだるい体に鞭打って走る。
眼前の敵は押しのけ、後ろの敵は無視、横から来る敵は避けて走る。
走るしか無いのだ。
「皆で生き残るぞ!」
ロアの言葉に、それぞれがそれぞれの方法で返事を返した。
彼らはまだ、諦めてはいない。