思わぬ出会い
名も無き小さな村を後にして、ひたすら先を急ぐ一行。
あまり、あの村にお世話になる訳にはいかないと、翌日の早朝に出発したのだ。
舞い散る紅葉の中、白い息を吐きながら歩く歩く。
空には、澄み渡る青空と、ふんわり浮かぶ雲が少し。
きりきり痛むような寒さに、スノウはコートの襟を引き上げる。
「寒い?」
「ちょっと」
ガルが上目遣いで聞いてきた。イタズラを思い付いた子供のような瞳で。
思わず身構えるスノウ。
「毛皮無いもんな!」
「有るわけないでしょう……」
「羨ましい?」
「正直、羨ましいです」
「もふもふだぞ?」
「……」
羨ましいし、恨めしい。
「! えいや!」
「わふ!?」
勝ち誇った顔のガルに、思い切って抱き付いたスノウ。
以外と素早い動きに、逃げる事が出来なかったガルたが、何故だか尻尾は嬉しそうに振られている。
「おい……」
「それが狙いか……」
「……ガルはスケベ」
キル、分かっていても、そんなにはっきりと言わないであげて……。
「まあ、暖かそうだが」
「……シルク……寒い?」
「少し」
目を合わせて少し考えた後、シルクもキルに抱き付いた。
以外とキルも嬉しそうだ。
「ふむ……暖かい」
「……シルクの髪……さらさら」
幸せそうでなにより。
「平和な奴らだ」
ザックは寒さに強いらしい。
むさ苦しいから商人達同士でくっ付くのは止めてくれ。頼むから……。
「ちょっと! ガルどこ触って!」
「腰細いね! シルクより細い!」
「お前! いつ触った!?」
「一緒に寝た時!」
「……ガル……逝くか?」
「スノウ寒いよ~キルから冷気が~」
「ひゃう!」
楽しそうでなによりです……。
じゃれ合うのは構わないが、前をちゃんと見ましょう。
困った顔に見えなくもない馬達は、主人に言われなくとも、危ない所は避ける。
おかげで事故は起きていない。
馬は賢い!
フランから出て一週間。
あの小さな村以外、何も無い。
切り立った崖に挟まれているので仕方ないのだが、いい加減うんざりしてくる。
時折現れる魔物は、全て低ランクの魔物だけで、手こずる事もなく、以外と順調に進んでいる。
殆どの魔物は、戦争の影響でこの辺から離れていったらしい。
時折、脱走兵の物と思われる武器や、鎧が見付かる以外、何も無かった。
「良い武器は無いな」
そんな落ちている武器や鎧を、ちゃんと一つ一つ状態を確認する商人は、ある意味凄いと思う。
曰わく、「売れる物は何でも持っていった者が勝ち」だそうだ。
何の勝ち負けなんだろうか……。
「後、どれ位?」
「ようやく半分と言った所だ」
「半分……」
ガルは、しきりにシルクに現在地を尋ねるが、そう簡単に着く訳がない。
順調に進んでいるので、当初の予定よりは早く進んでいるが、元々フランは山に囲まれており、出入りに不便であり、尚且つ見て回る所も無いので、道中目に入る光景に変化が無いのだ。
はっきり言えば、暇である。
見渡す限り木と岩である。
僅かに岩の割合と土が増えた位しか、目立った変化が無い。
ガルが飽きてしまうのも仕方ない。
「……?」
何かを見つけたキルが首を傾げる。
「どうしました?」
「……脱走兵……だと思う」
キルが指差した方向に、小さな縦穴が開いている。
縦穴の前には、人の足跡が残っている。
「穴の前に足跡が有りますね」
「見えねーぞ……どんな視力だよ」
ザックが言うように、キルとスノウ以外にはまだ見えないみたいだ。
当然だろう。
普通の人から見たら、穴でさえ小指の先ほどの大きさにしか見えないのだから。
足跡なんて、見える筈もない。
「……大人サイズ……だと思う」
「引きずった跡も有りますね」
一応、説明するキルとスノウ。
「見えないから何とも言えないが、積み荷が危ないかもしれん。少し離れたいな」
「……シルク……道幅が」
「離れようがないです」
「そうか。私達が間に入る余裕は?」
「……その位なら……大丈夫」
ザック、シルク、スノウの順に、右側に一列に並んで進む。
キルは荷馬車の上から見張り、ガルが後ろを警戒する。
出来るだけ左側に寄りながら、出来るだけ静かに、しかし素早く通り過ぎようと試みる。
「止まってくれ!」
だが、そうは上手くいかない。
人族の男性が荷馬車の前に出てくると、両手を広げて道を遮る。
ザックが武器に手を掛けると、慌てて男性が喋り始める。
「襲う気は無いんだ! と言うより、そんな力残ってねえ! 獣人さんが居たから、頼みたい事があんだ!」
「……」
警戒は解かず、無言で先を促す。
「恩有る獣人がいきなり震え始めて何か言ってんだが、言葉が分かんねー」
「で?」
「かなり弱ってて、持ちそうにないんだ。話くらい聞いてやりたくて」
はっきり言えば、関係ないので無視しても構わない。
だが、このまま突っ切ると、男性がもしどかないとなれば跳ねてしまう。
荷馬車に衝撃は加えたく無い。
道幅が狭いので、荷馬車が崖にぶつかる可能性がある。
「何故、通り過ぎる前に気付いたのです? 見張りでも?」
スノウが問うように、かなり早い段階に穴から飛び出して来たので、近くに見張りが居たのかと思ったのだが、周りには誰も居ない。
「あれだよ」
男性が指差した所には、何の変哲も無い岩が一つ。
だが、よく見ると、小さな穴が開いているようだ。
「魔法具だ。監視用の」
軍で良く使われる監視用の魔法具だったようだ。
男性の掌に握られている水晶に、岩の形の魔法具内部に有る水晶が、水晶に映った光景を映像を送る仕組みだ。
「何であんな物が?」
シルクが睨みながら尋ねる。
「獣人に聞いてくれ。俺には分からん」
訝しむ一同に、男性は両手を上げて必死に訴える。
「俺を人質にしてくれ。あの獣人には命を助けて貰ったんだ。話だけでも聞きたいんだ」
少し話し合った結果、ザックが男性の後ろで睨みを利かせ、穴の近くまで移動して行く。
その後ろをガルとスノウがついて行く事になった。
シルクとキルは商人達を守る為に、その場から動かない。
「あそこだ」
本当に狭い空間なので、入れば直ぐに獣人の姿が確認出来た。
スノウが入り口で見張る為立ち止まる。
ガルが慎重に近付いていくと、獣人の女性で、うさぎの耳と尻尾が付いている以外は普通の人間と違いは無い。
何事かをしきりに呟く女性。
徐々に、ガルの顔が険しくなってくる。
「どうした?」
「ザック、水持って来て! この人、脱走兵じゃない」
「何?」
ザックが聞き返す前に、スノウがキルを呼んで場所を交代する。
「……ザック、下がって」
黙ってザックが下がる。
〈癒やしの光〉
キルが簡単な治癒魔法を掛けると、少し女性の顔色が良くなった。
「……で」
女性が世界共通語を喋るが、かすれて良く聞こえない。
「水です」
ガルがスノウから水を受け取って、女性に少しずつ飲ませる。
「あり……がとう。お願い……があるわ。急いで、助けに、向かって、欲しい」
途切れ途切れに聞こえる言葉に、皆が眉を寄せる。
「あのままでは、無理だから、お願い」
「キル、治癒魔法!」
もう一度、治癒魔法を掛けるキル。
「詳しく話して」
「戦争が激しい。敵が多過ぎるのもあるわ……けど、それ以上に、内部に入り込んだ奴による被害が大きいわ」
「内部?」
「どいつかは分からない。人数も分からない。でも、脱走兵の大半が、正気を失っているの」
「精神への攻撃か?」
「多分」
気力を使い果たしたのか、ぐったりと横たわる女性。
「お願い……よ」
そして、最後に一言残した後、静かに息を引き取った。
「お前、何か知ってるか?」
ザックが、隣で佇む男性に尋ねる。
「俺下っ端だから……この人が、冒険者の中では、けっこう上の立場だとは知ってるけど」
「詳しく話せ」
男性がたどたどしく話し始める。
男性は、正気を失った兵に追い掛けられている所を助けて貰い、何とか戦場から逃げ出した後、女性が重傷だった男性を一度治療班待機所へ連れて行ったのだが、その後、何故だか女性が狙われる事になってしまった。
女性と共に居た彼も狙われ、とにかく逃げ続けていたが、限界が訪れ、此処に逃げ込んだ。
此処で衰弱していき内に、何かに気付いた女性は怯え、朦朧とする頭で何かを訴えかけ続けていた。
世界共通語を話すには、朦朧とする頭では難しかったようだ。
ガル曰わく、獣人の言葉と共通語は発音の仕方も、言葉の並び方も違うらしい。
「一言の簡単な言葉なら、少し話してたんじゃない?」
「ああ、少しだけ。誰か呼べと」
伝えたかったのだろう。
彼女は、フラン国からの道ならばもしかしたらと、考えたのかもしれない。
フラン国ならば、沢山の種族が集まる為に、獣人が通る可能性に賭けたのだろう。
もしくは、獣人の言葉が分かる誰かか、腕の良い魔法師が。
ギリギリだったが、彼女は賭けに勝ったのだ。
「次の街のギルドに伝えましょう」
スノウの提案に、皆が頷いた。
彼女の遺体は、男性が丁寧に埋葬して、話で聞いた彼女の故郷に、彼女の遺品を持って行くらしい。
助けて貰った礼、だそうだ。
黙って立ち去る一同。
そっとしておいた方が良いだろう。
「何か、見たのかな?」
「いや、気付いたかもしれないから、狙われたのだろう」
ガルがシルクに問うと、シルクがそう答えた。
「気付いたのが、逃げ出した後だ。多分、正気を失った兵と戦って、生き残った事で目を付けられたんだ」
「なら、男性も?」
「多分」
かもしれない、で、狙われる事は良く有る事だとシルクは言う。
ガルは納得いかない顔で、足元の石を蹴った。
「満身創痍で、良くあれだけ言えたものだな」
「……治しようが無かった……浅い傷だけど、多過ぎて……血も足りなくて」
落ち込むキルを、シルクが黙って頭を撫でる。
ゆっくり見てる暇が無かったが、細かい傷だらけで、打撲の跡もあった。
時間が経っていたのか、出血は殆どして無かったが、それだけの時間逃げ回った事で体力が尽きたのだろう。
休む時間も無かった筈だ。
男性の方は、傷は有れど命には関わらないが、体力的に長時間の移動は出来そうになかった。
とりあえず、水と食料を渡してきたが、どうなるかは分からない。
そこまで面倒は見れない。
「なんかさ、黒い黒いって言ってた」
「早く言え!」
ザックに殴られ、涙目になるガル。
「いや、抽象的過ぎて、言い表ししにくくって」
「獣人の言葉で?」
「うん。うなされながら」
それなら仕方ない。
伝えにくそうに、唸るガル。
「黒い、国、敵、牙、闇がどうたら。何とかかもしれないって」
分からん。
「全く分からん」
「だろ?」
皆で考えたが結局良く分からなかった。
とにかく伝えるべく、一同は進む。
◇◇◇◇◇
戦場では、混乱があちらこちらで起きていた。
「おい! 敵はあっちだ!」
「駄目だ。聞こえてない!」
見方同士が争う光景が、ちらほらと。
まだ、大きくはない混乱が、戦場全体に広がるまで、あまり余裕は無い。
戦場の隅で起きているこの事を、まだ国は知らない。
戦っている者達も、知る筈も無い。
戦場の片隅で何かが笑う。
――さあ、楽しい舞踏会を始めましょう