スノウが感じる孤独
現れた魔物は、人面の犬の姿をした、真っ黒な魔物だった。
スノウは初めて見るので、名前を知らなかった。
とにかく、相手が反応する前に仕留める事に決めた。
元々、速さで勝負する事に向いているので、敵の動きを待つ事はしない。
魔物に急接近し、右側の魔物を素早く綱糸で締め上げ、開いた喉元をナイフで切り裂く。
そこでようやく気付いた左側の魔物が距離を開けるが、スノウはナイフを二本投げて追撃する。
ひょいと避けた魔物だったが、二本のナイフに繋がるように結ばれていた綱糸が、避けた魔物の脚に絡みついて動きを制限する。
驚いた魔物は脚を見て、しかし、直ぐに前に視線を向けるが、そこにスノウの姿は無い。
キョロキョロと探す魔物の上から、何本もナイフが降ってきて、全てのナイフに結ばれた綱糸が魔物を地に縫い付ける。
魔物の上に着地し、脳天にナイフを突き刺し留めを刺すスノウ。
血の付いていないナイフを回収して、スノウは改めて周りを見渡す。
ザックとガルは、無駄の無い、息の合ったコンビネーションで戦っている。
既に二頭倒し、もう一頭が逃げようとしたが、そこにキルの風魔法が飛んできて、思わず足を止める。
急停止した魔法の背に、ザックの剣が深々と刺さり、戦いは終わった。
シルクは、いつの間に終わったのか、綺麗に一撃で貫いて二頭を仕留めていた。
頭をレイピアで一突きである。
あんまりにも呆気なかったのか、ちょっと不満顔である。
キルは、ほとんど出番が無くてしょんぼりとしている。
垂れた耳と尻尾が可愛い。
「人間の割に、意外とやるな」
「ザックに獲物取られたー」
「なら、これから一人で戦うか?」
「シルク、余裕だな」
「当然だ」
「……出番……無し」
慌ててキルを慰める三人。
(……仲間、かあ)
微笑ましい光景に、入る事が出来ずに遠くから眺めるスノウは、少し寂しい気持ちになった。
「血の匂いに集まるやもしれん」
「そうだなザック。移動しよう」
「冒険者さん達は大丈夫か?」
「平気平気!」
「……出番……」
「行きましょう。キルさん、荷馬車の上から見張り出来ますか?」
「……! ……任せて」
やる気に満ちた瞳のキルを見て、ガルが関心する。
「キルを簡単に手懐けた……」
「へ?」
何でもないと、ガルが身振りで伝え、スノウは更に首を傾げる。
荷馬車が動き出したので、皆も歩き出した。
キルは、荷馬車の上で辺りを見渡し、たまに耳を動かし、音まで探っている。
「……出番……また無し」
「そんな事ないです! 私、安心して旅が出来ましたから!」
「……人間……だけど良い奴……」
野営地にて、またもや出番が無かったキルが落ち込むが、スノウの励ましでなんとか持ち直した。
出番が無いのは、魔物が現れなかったと良い事で、良い事なのだが……。
「キルが懐いた……」
「珍しいな」
「ふん」
未知なる生物を発見したかのように、キルとスノウを見るガル。
シルクとザックも驚いている。
「なあ! 後どれだけ掛かる?」
「ガル、まだ1日目だぞ? フランは山の中に有るから、近い村に行くにも時間が掛かる。かなり不便な所に有るからな。ラルスまでは、後、10日は掛かる筈だ」
「ええー」
「小さな村なら立ち寄るらしいから、我慢してくれ」
フランからラルスまで、一応道にはなっているが、山に挟まれている為、とても険しい道のりとなっている。
山の麓に小さな村が有るらしいが、数十人規模の小さな村だ。
立ち寄っても、本当に水や食料の調達以外、出来る事は無い。
「あんまり期待すんなよー。ちょっとした調達の為だかんなー」
「あーい」
気の抜けた声で返事をするガル。
あまり旅に慣れてないみたいだ。
「村の名前は?」
何か不安げにザックが聞く。
「知らんな。地図にも載ってない、小さな小さな村だからな」
期待しない方が良さそうだ。
「村なのか?」
2日後、たどり着いた村らしき所で、ガルが唖然と呟いた。
仕方ないだろう。
住人は旅人のような服装、大きめなテントが幾つか、テントの周りは岩に囲まれており、村というより野営地のようだ。
しかし、一応畑らしき物や、柵らしき物もあるので、村なのだろう。
多分、きっと、村なのだろう……。
「村なんだ」
「村なのか……」
商人達も少し驚いている。
不思議に思い、スノウが尋ねる。
「来た事は無いのですか?」
「有る。随分前だが、小さいながらも、もっとちゃんとした村だった」
リックが、唖然としながらも小さく答えてくれた。
バグ、サグは無言だ。
「一応、話を聞くか?」
シルクの提案に、バグが頷いた。
「あのー」
「何だ? ……バグさんか?」
「覚えていましたか!?」
「三人の商人で、こんな所に寄る物好きは居ないからな」
バグを見て、少し嬉しそうに対応するのは、村長の息子さんらしい。
サグが皆にこっそりそう説明した。
「そうですか。あのー、この状態を見ると何か有ったとしか……」
「ああ……、戦争は知ってるよな?」
「はい」
「その影響で、村に兵士が来てな……使える物を持って行かれた。家の材木も、解体してまでな」
「何でまた……」
「他に、渡せる物が無かったんだ」
スノウは有り得ないと思ったが、シルクが黙っているようにと、目で訴えてきたので、とりあえず黙って見守る事に。
「だが、おかしいだろう?」
やはり、リックが疑問に思い指摘する。
「ああ……。だからな、最初はこんな所に兵士が来る訳無いと思って、皆抵抗したんたが……」
「……」
黙って先を促すバグ。
「逆らった奴は、全員やられた」
「な!?」
「親父もな。今は俺が村長だ」
村には戦える者が殆ど居ない。
狩りは出来ても、対人戦闘の経験は皆無である。
為す術もなく、あっという間に村は、多数の死人と、廃材の山となった。
後で分かったが、戦争から逃げ出した脱走兵の仕業だったらしく、国から正式な使者が来たが、今の状況では小さな村に手を差し伸べる余裕は無く、後ほど対応すると言って、僅かな食料とテントを残して去ってしまった。
幸いなのか、何なのか、人数が減った事で、僅かな食料とテントでも、なんとか生きていく事が出来たらしい。
「見捨てられたんだ。仕方ないがな。ここの皆は、行く宛のない奴らだからな」
皆、何らかの事情で行く宛を無くした人達で、国にとっても対処のしようが無い。
行く宛が無いとは言え、罪人とかではなくて、魔物によって住処を失った者、流行病で村が危なくなって逃げて来た者など、致し方なくさすらう事になった者が、自然と集まった村である。
それでも、だからといって国が助けてくれる事は無い。
どの国でも、魔物や流行病から国民を守り、国同士の争いから自国を守る事で手一杯なのだから致し方ない。
「そう……でしたか」
「ああ……。今の状況は、むしろ奇跡的なんだけどな」
「……」
「女子供は守れたし、なんとか畑は耕せたし、農具は少しずつ作ってきたから、畑仕事は楽になったな。脱走兵は無事捕まったから、ちょっとスッキリしたな」
捕まった脱走兵は、奪った木材と農具、兵士に配られた装備品を売り払い、手に入れた金で小さな小屋を借りて、奪った食料で難を凌いでいた所を見付かり、厳しい罰を受けた後、再度戦争の最前線に放り込まれたらしい。
逃走すら難しい、一番戦いが苛烈な最前線へと。
「当然だよな」
「そうですね」
村長は前向きに今を生きていた。
村人達も、必死に復興作業を続け、子供達も大人の中に混じり、出来る限りの事をしている。
この、岩と木で出来た柵も、村の大人が材料を運び、子供達も一緒に設置し固定していた。
女性達は畑を耕し、働く者達の為に食事を作っている。
狩りが出来る者は、昼間は野山を駆け回っている。
どんな荒波にも屈しない、そんな人々の姿が此処には有った。
「バグさん、簡単な衣服有りますか?」
「有りますけど?」
「これ、父が残した剣ですが、これでは足りませんか? それなりの物でしかありませんが、鉄製ですから……」
「しかし……」
「今は、武器より生活用品が必要です。子供達の着る物が足りないんですよ」
「形見でしょう?」
「子供達の服の方が大切です。このままでは、凍え死んでしまう」
今は秋なのでなんとか耐える事が出来ているが、この服装ではとてもじゃないが冬は越せそうにない。
周囲の山の木々が美しい紅葉で彩られた景色が、寒々しく木の葉が舞い落ちて、白い綿を所々に乗せた景色に変わるのも、そう遠くない。
「村長、私の母が残したペンダントも使って下さい。石は使ってませんが、綺麗なガラス細工が施されてますし」
「あの、夫がくれた髪飾りを……ガラス玉ですが、どこかの伝統技術だとか」
「渡す人が居なくなっちまったから……この指輪を子供達の為に役立てくれ」
数人が自らの宝物を持ってやって来た。
村長は涙ぐみ、何度も頭を下げながら丁重に受け取る。
「どうか、よろしくお願いします」
「……良い物は出せませんが、こんな布で良ければ」
裁縫はされてないが、十分に人一人の服が作れる布を取り出したバグ。
質は悪く、殆ど値はつかないが、だからこそ村人が出した少ない提示品だけでも、村人達皆の服が作れる程の布を渡せると、バグが判断したのだ。
ただでは渡せないが、高くはない物を、ギリギリの値段まで下げた結果だ。
リックとサグも了承している。
「こんなに?」
「ボロ布ですし」
「でも、そこそこでしょう?」
「縫ってもないですから」
バグの気遣いに気付いた村長は、涙ながらに受け取り、代金代わりの品物を渡し、何度も頭を下げた。
お礼に、簡単だけど食事と、村での寝泊まりをしてくれと言われ、バグは少し悩んだが、有り難く申し入れを受けた。
暖かい食事と、ワイワイ出来る時間は、旅で疲れた心を癒やす。
村の中にテントを立てて、寝床を確保した。
一応柵が有るので、少しは安心だ。
やはり、森の中より、少しでも、小さくても人々の中が安心出来ると、改めてスノウは思った……。
◇◇◇◇◇
月明かりの下では、未だに金属音が絶え間なく響いていた。
前線で戦う者達は、互いの信頼出来る者と共に、苛烈な戦いの中、互いを励まし合いながら、皆で生き残る為、必死に抗い続ける。
「ロア、森の中に逃げましょう」
「アクア?」
敵の包囲網が狭まり、近くに居た仲間達が傷ついていく中、青色の髪の女性アクアが、自分達のリーダー的存在に森の奥に避難する事を提案する。
今までも森の入り口で戦っていたが、既に身を隠せる木々は押し倒され、森とは言えない状況となっている。
更に奥に移動する事は、敵を撒くと同時に、自分達が迷う危険性もあり、更に、火を付けられたら、逃げ場が無い。
しかし、それ以外に有効な手段が無い。
「森は私達の遊び場じゃない!」
「シーナ……そうだな!」
薄い桃色の髪の女性シーナが、迷いの無い瞳で促すと、明るい茶色の髪でロアと言う青年は頷いた。
「おっし! 行くぜ!」
「おい! 待てフロン!」
金髪で長髪の青年フロンが、一目散に駆け出し、慌てて皆も後を追う。
慣れた動作で森を駆け回る彼らに、敵は苦戦しながら追いかける。
時折飛んでくる矢、魔法をかいくぐり、更に奥へと進む。
十分に距離が開いた時、シーナの矢をロアの風魔法が援護し、敵に向かって次々と放たれる。
敵が足止めを食らっている隙に、アクアがフロンの傷を治癒魔法で癒やす。
傷が塞がったフロンが、槍を手にして敵に向かって突っ込む。
慌ててフロンを追うロア。
彼らに休息の時間は無い。