守護の塔
何事も無く、平穏としか言う事が無い滞在期間を終え、またも街を後にする一行。これだけの短時間でいくつもの街や村を経由し、殆ど寝るだけの為に滞在し、準備すら必要最低限の旅は極めて稀である。普通なら体が持たないが、彼らは生憎と普通の状態ではない。焦りからブレーキが効かなくなっている。
そんな異常に気付かないまま、一行はひたすら前に進んでいた。
「あの小さく見える尖ったのが聖都の?」
「ああ、聖都をぐるっと囲んで、魔法壁を張るらしい」
木々の向こうにちょこんと見える尖った人工物が、聖都を守る防壁の要である守護の塔。
ようやくここまで来れたのかと、皆が感慨深く見上げる。
ノヴァにとってはどうでもいい事なので耳だけ動かして、目は道端の草の間に獲物が居ないかと必死になっているが。
一行は少しだけ見えた目的地に向かって進み続ける。
天高く日が登る頃、一行は道端で倒木に腰掛け休んでいた。この倒木は、先ほどノヴァが獲物を見つけ、勢い良く飛び込んだ際に頭から突っ込んでへし折られた、凄く不運な木である。
「キャウ!」
そんなノヴァを追い掛け、一気に体力を削らされたので一休みしている訳だが、ノヴァに反省の二文字は無かったらしく、仕留めた獲物を平らげ満足げに寝込んで、小さな虫と戯れている。虫からしたら、とんでもない生き物に絡まれて、とんだ厄日だが。
只でさえ気持ちが焦っているのに、ペースを乱され休む事を余儀無くされた一同は無言で座り込んでいる。言いたい事は山ほど有るが、相手がこのノヴァでは言っても気力を失うだけなので、ひたすら黙って耐えている。
そんな彼らに気を使ったのか、ただ不気味なだけなのか、ただの偶然なのか分からないが、鳥の鳴き声も、虫の羽音もしない森は、ただただ不気味である。
「キャウ~」
上機嫌でスンスン鼻を鳴らして花の香りを楽しむノヴァは、相変わらずマイペースであった。
そんなノヴァの声に、シオンの耳が、スノウの頬が、ロアの指が反応している。そんな三人を商人達が息を潜めて見守り、シルクとガルが期待の目を向け、キルが無言で今か今かと待ち望む中、何も知らないノヴァだけ幸せそうにゴロゴロしている。
「キャキャ……ッウ!?」
ノヴァが、無謀にも皆にじゃれようとした時、ようやく仲間の異変に気付いたが、時すでに遅し。楽しそうに近付いておちょくってきた(ように彼らには見える)のを見て、ついにシオンが得体の知れない半液体の何かをノヴァの口に押し込み、スノウが無言でノヴァに跨がり羽毛を毟り始め、ロアが暴れるノヴァをロープで雁字搦めにする。素晴らしいチームワークである。
「グガフゥ……」
涙目でかろうじて動く指をわなわなさせるノヴァ。いつの間にか両翼まで何の魔法か分からない、不気味な黒い触手に絡め捕られていた。これはキルの仕業である。
商人達はお互いに抱き合って冒険者の暴挙に恐怖し、ガタガタ震えている。
シルクとガルはニマニマしながら、ノヴァを優しく、優しく撫でている。
「クゥ……」
何で? と周りを見渡し、ノヴァは味方が居ない事を知る。そして、かろうじて壊れていないが、多分長くは持たないであろう程にはダメージを受けている台車を見て何となく察した。自分が獲物を捕ろうとした事で、皆の機嫌を損ねたと。
よくよく見れば、台車に乗って居たシオンとキルに軽い外傷が見られる事から、多分台車から振り落とされたのだろう。怒られて当然である。
「キュウ……」
ごめんなさいと耳を垂れさせ、凄い勢いでしおれるノヴァ。ベターと地面に横たわった尻尾と、垂れ下がった翼からして、相当ショックを受けたらしい。自分のした事じゃなくて、周りの仲間の敵意に。
そんなアホ竜は放っておいて、商人達は荷台の修理に取り掛かる。冒険者の怒りを間近で見てびびったので、ノヴァの事は見なかった事にする。舞い散る羽毛が雪のようで綺麗だ。竜の首に白髪の乙女がぶら下がっている気がしたが、多分気のせいだ。ロアとガルが楽しそうにロープを振り回している気がしたが、きっと気のせいだ。
「ヒュウ……」
シオンがやたら青臭い半液体の物体を作り上げ、シルクが青ざめているのも気のせいだし、助けを乞う声が聞こえた気がしたが、とりあえず気のせいだ。
しばらくして荷台の修理が終わった時、商人達の前にはボロ雑巾のような竜が横たわっていた。口から泡を吹いて。
キルの杖に小突かれ、ノヴァがビクッと体を震わせ起き上がった。
「……」
妙にキリリとした顔で首を差し出したノヴァに、商人達は無言で荷台に繋がる縄を掛ける。
凄く慎重に進み始めた荷台を囲って進み始めた商人達は、絶対に冒険者と料理人を怒らせない事を堅く誓った。
◇◇◇◇◇
一晩野営してようやくたどり着いた守護の塔で、一行は意外な光景にしばし固まった。
数十人の騎士団が待ち構えていたのだ。
ノヴァを見て少し動揺を見せた騎士団だが、直ぐに持ち直して一行に近寄って、武器を地面に置く事で敵意が無い事を示す。
思わず直立不動で見守ってしまう一行。
それに構わず、騎士団の代表が口を開いた。
「長旅ご苦労様でした勇者御一行様」
そんな事を言う代表の表情は至って真面目で、冗談ではない事は分かった。
勇者御一行にされた一行は、無言で視線を交わし合う。
(勇者? 何を言っているのだ?)
(何それ? 旨いの?)
(……食べ物じゃない、と思う)
(何かしましたっけ?)
(何もしてない、筈)
(私はただの料理人です)
(((ただの商人です!)))
気持ちがひとつになった一行は、キョロキョロしながら目で会話する。
ノヴァだけは、妙にキリリとしながら待ての体制で動かない。背中に有る禿が痛々しい。
「失礼しました。いきなりの事で驚かれたでしょう。塔の中で説明します」
混乱の極みを体現した彼らに、ようやくいきなり過ぎた事に気付いたらしく、代表が一行を案内しようと動き出した。騎士団がそれに合わせて一斉に道を空ける。
逃げるのもおかしいが、凄く逃げたい一行は、結局無言で従った。一番従順なのが竜の時点で十分おかしいが。
無言の会話は続く。
(ロアか?)
(ロアじゃね?)
(……とりあえずロアで)
(なるほど、ロアですか)
(何で俺?)
(料理人の私には関係ありません)
(((商人なんで分かりません)))
面倒だから全てロアに押し付けた冒険者一同。シオンと商人達は知らぬ存ぜぬ、知る気も無いし、関わる気も無い、を貫く。
塔の内部に繋がる扉の前でノヴァは留守番を言い渡され、ピシリと背を伸ばして門番のように扉の前に座るノヴァ。
内部は意外と広く、塔の役割柄最低限の家具しか置かれていない。代表以外の団員は、部屋の真ん中に置かれているテーブルを囲むように壁際に下がった。
「お座り下さい。お疲れでしょう」
拒否する理由も無いので、素直に近くの席に着席する一同。周りを囲まれているので居心地が悪い。
「私は聖都近衛隊の副団長、ノート。彼らは私の部下です。此度は長旅ご苦労様でした。お茶を出しなさい」
直ぐに女性騎士によってお茶が出され、断る理由も無いので恐る恐る口にする。意外と素朴な味にとても気持ちが安らいだ。
「先日、聖都神殿にて、百年ぶりに神託がおりました。勇者として、貴方が選ばれたのです」
副団長ノートはロアを見た。
妙に納得したスノウは軽く頷いて、出されたお菓子を口にする。
シルク、ガル、キルはロアをガン見し、シオンと商人達は空気になろうと必死に息を殺している。
「いやはや驚きました。先代の勇者であり歴史に残る英雄と同じく、気高く勇猛で賢いドラゴンを従えているのですから!」
目を輝かせて話し続ける副団長ノートとは違い、困惑したまま小さくなっていくロア。
いろいろ諦めたシオンと商人達は、ここぞとばかりに菓子を食い漁る。
英雄ってアレかと、混乱しながら確認しあうシルクとガル。キルは無言で思考を放棄し、天井を見上げている。
スノウだけが平常心を保ち、祝福と期待の眼差しをロアに送る。
それからひたすら説明を受けたが、何も理解出来ぬまま夜になり、塔の宿泊施設に案内され、ロアは眠れぬ夜を迎えたのだった。




