旅立ち
スノウの行き先は決まった。
帝都サラディンに行くには、幾つかの街や村を経由しなければならない。休みなしでも2ヶ月はかかるだろう。
(3ヶ月かかるかもしれない)
今の状況から簡単に行くとは思えない。
一度ギルドで護衛の依頼が無いかを確認する必要が有る。依頼の方がスムーズに街に入れるし、金銭的にかなり楽になる。
直ぐにギルドに向かったスノウ。
(うわ!)
沢山の冒険者で溢れているので、内心後ずさりしてしまう。
「あの……」
「何だ?」
目の前の掲示板を占領している冒険者に話しかける。
「依頼が見たいのです。少し横に……」
「女が何言ってんだ!? 女の来る所じゃねーよ!」
「これでも冒険者です」
「知るかよ!」
「そうですか……では強引に《その身縛るは鋼の糸その身操るは鋼の糸》」
「うひゃ!?」
スノウの魔法で意志に反した行動を余儀なくされた男は、驚愕し情けない声を発して慌てふためいた。
だが、全く意味を成さない抵抗だと気付いて、直ぐに大人しくなった。
「……これかな?」
「ひゃ!」
一枚の紙を受付に持って行く。
後ろで解放した男が悲鳴を上げたが気のせいだ。
「お願いします」
「隣街ラルスまでの護衛、明日からですがよろしいでしょうか?」
「はい」
「確認ですが、戦争の内容をご存じでしょうか?」
「はい」
「今街を出てラルスの方角に向かうのは、戦地に近付く事になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
「最後に確認ですが、戦の参戦の意志はございますか?」
「どういう事ですか?」
「今前線で国からの要請により、冒険者を集めた軍隊を作っておりまして、参加する方には国からの報酬が有ります。ギルドで参加する事を契約した場合に限り、支度金の援助が有ります。契約を破棄または、違反した場合は、罰金もしくは、カード剥奪になります。その確認です」
「誰でも可能ですか?」
「実力が有ればですが……ランクが問題になるので……」
スノウはランク5でしかない。
難色を示しながらも話を持ち掛けた言う事は、現在人手不足なのだろう。
「魔法師ですが、無理ですか?」
「魔法師ですか!? 歓迎します! あ……ごめんなさい……」
思わず大声を出してしまった受付のお姉さんが謝るが、気にしないと言う意味で手を横に振るスノウにほっとしたお姉さん。
冒険者には気性が荒い者も多いので、これだけ礼儀正しいスノウは珍しい。
「えっと、魔法師の方は歓迎します。前線では無く、後方援護班、治療班として少し離れた拠点での参戦も出来ます。もちろん前線にも行けます」
「そうですか。行きます。書類が必要でしょうか?」
「ありがとうございます。こちらになります。あとカードの提示をお願いします」
「はい。……書きました」
「確かに受け付けました。こちらが支度金です」
金貨五十枚も渡され戸惑うスノウに、お姉さんは説明を付け足す。
「一応言っておきますが、現地には武器、食料、衣類等が不足しており、入手困難ですから、出掛ける前に買い足しておいて下さい。もちろん食事は配られますが、量に限りが有りますから」
「なるほど。分かりました」
「そしてですね、こちらが特別な通行証になります。道中の街や村に直ぐに入れますので、大事に持っていて下さい。門が閉じられている場合でも、こちらを提示すれば入れます」
「分かりました」
「明日の護衛は、朝役所前に依頼人の代表の方が待って居ます。他に受けた方と合流次第出発になります」
「分かりました」
「お気を付けて」
「ありがとうございます」
ギルドから出て直ぐに食料、武器等のの買い足しを行い、宿に戻った。
明日に出ると伝え、代金を払おうとしたのだが、クオンとミランに必要無いと返されてしまった。
「戦に参加なんて本当は反対なんだけど、探し人が見付かるかもしれないなら仕方ないわね。宿の代金は良いわ。この位しか出来ないもの」
「宿の代金を旅費に回しなさい。大丈夫。また来たら貰うよ。だから生きて、またここに顔出して」
「ありがとうございます。必ずまた来ますから、その時に払います」
「良いのに」
「分かった」
2人の申し出に感謝しながら、明日の準備をして、盛大な夕飯を振る舞われ、早めに眠りに付いた。
◇◇◇◇◇
朝、ミランが起こしに来てくれて、豪華な朝食を食べてから、荷物を背負って宿の入り口に来ると2人が待って居た。
「さようならは無し、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。またな!」
「はい! ありがとうございました!」
笑顔で送り出してくれる2人に、精一杯の感謝を述べて役所に向かう。少し寂しいがまた会えると信じて歩くスノウ。
役所前に男の人が居たので、声を掛けると依頼人だと分かった。
「君が護衛かい?」
「はい。他には?」
「皆さん! 集まりましたよ!」
男性が役所内に声を掛けると、4人の冒険者が現れた。皆、パーティーのメンバーらしい。
リザードマンの男性と、エルフの女性、双子のワーウルフの男女。
「君か名前は? 俺はザック……種族はリザードマンだ」
「エルフのシルクだ」
「ワーウルフの双子珍しいでしょう? ガルって読んで!」
「……キルです」
「はじめまして。スノウです」
「人間か?」
「はい」
「頑張って付いて来いよ。あと、皆ランクは7だから」
「はい。ランクは5ですが、魔法師です」
「魔法師なんだ! なら大丈夫だね!」
「ガル……何が大丈夫? 人間弱い……」
「止めろ……うるさい」
無愛想なザック、クールなシルク、元気なガル、毒舌なキル。個性豊かだ。
「では門に行きましょう」
スノウが街に来た時と門の正反対の方向に皆で向かう。
門の前には一台の荷馬車が有る。二頭の栗色の馬が繋がれている。
「護衛の方は歩きですが、荷物は預かります。このスペースに置いて下さい」
5人の荷物を載せて、落ちないように紐で縛って出発する。
依頼人は全員で3人で、種族は皆人間。
名前はリーダーがバグ、細身のリック、がっしりしたサグ。
(名前覚えられない……)
名前を覚えるのが苦手なスノウには、いきなり増えた旅の仲間の名前を必死に覚えようとしていた。
(依頼人はカバンみたいな名前で……)
「ああ、俺達商人の名前、カバンから付けたから覚えやすいだろ?」
(え? そうなんだ……)
名前を明かさないルールが有るので、考えていたが面倒になったリーダーが適当に付けたらしい。
ザックが微妙な顔をしている。
「言っとくが……適当じゃないぞ」
「あはは! 似てるよね!」
「お前が付けたんだろ……」
「そうだっけ?」
「ガル、お前がザックの戦いを見た時の感想から付いたんだ。『ザクッと切るからザック』とか言ってたな」
「シルク! 何で覚えてるの? 言わないでよ~」
「……名前……どうでもいい……」
「キル! どうでも良くない!」
「……キル……ガルが付けた……どうでもいいけど……」
「そうやって、人の心を切るからキルなんだよ!」
「……安直……バカ」
「グサッ!」
「口で言わなくて良いから!」
どうやら、ガルのネーミングセンスは皆無らしい。
「ああもう! スノウは!?」
「え!? 私ですか? 名前からです。本名に近い名前にしました」
「……ガル……これ普通……」
「なんだと……バタン」
「あはは……」
スノウは、ガルのおかげで少し馴染めたようだ。
明るくて、素直な性格だ。ころころ変わる表情も面白い。
「ふん! 人間、武器は?」
そうしていると、歩きながらいきなりザックが聞いてきて、慌てるスノウ。近寄りがたい雰囲気に気圧される。
「ナイフ、鋼糸、暗器全般です」
「陰湿だな……人間らしい」
「剣使えないのか?」
「分かりません。触った事無いので」
「それが使えんって事だろう……」
「ご、ごめんなさいザックさん」
「ザック、あんまり突き放すな。スノウさん悪いな」
「いえ。スノウで良いですよ」
「そうか。スノウ、こいつは人間に良い印象が無いだけだ。気にしなくて良い。ガルと私は種族を気にしないから、何でも言ってくれて構わない」
「ありがとうございますシルクさん」
「シルクで良い。キルは獣人には珍しい魔法師なんだ。仲良くしてくれ」
「珍しいですね。心強いです」
本来、獣人には潜在的な魔力が少ないので魔法師はかなり少ない。
一説によると、接近戦に特化した事で魔力が力に変換されたらしい。
キルは珍しく魔力が多く、才能も有ったので魔法師をやっている。
魔法師が使う杖は荷物の中に隠していたようで、早々とバレてしまったので不機嫌そうにしながら取り出す。荷物の上にに丸めて有った布はローブだった。
こうして見ると、魔法師らしい。
「ほら見ろキル、隠す必要無いだろ?」
「……だって……珍しい物……狙うから……人間」
「前の依頼の時か?」
「……シルク……違う……生まれた時から……」
「そうか。すまない」
「……良い」
キルは人間に狙われた時の事を警戒していたので隠していたが、パーティーのメンバーは隠す必要が無いと感じていた、むしろ誇りに思っていた。
「もったいないです。才能なんですから。キルさん凄いです」
「……ふえ?」
スノウの褒め言葉に、呆けた声が出てしまい真っ赤になるキル。その顔は少し嬉しそうに、はにかんでいる。
「珍しい人間だ」
「そうでしょうか?」
「おう」
ザックも少し驚いたらしく、僅かに声音が柔らかくなった。
ひたすら歩きながら、時折雑談しながら旅の情報を交換し、新しい情報を得ていくと、案外知らなかった事が多い。
そして、商人の話しは面白い。
ある所では、銀が豊富な土地柄で価値がほとんど無く、逆に穀物が高く売れて大儲けし、更におまけとして銀を貰って大騒ぎになったとか、商品をわざと少ししか持って行かずに高値で売るとか、国によって変わる特産品を巡った商人による熱いバトルとか、沢山の国柄が現れて楽しい。
「ひでー時には、ゴミ箱に鋼の固まりが有ったぜ! 宝石には高値がつくのによ」
「え!? もったいないです」
「加工技術が無くてよ、鉱物に対する知識も無かったんだ。いきなり出てきてびっくりさ」
「鋼は珍しい筈なのに?」
「堅すぎて、加工出来ないからだって」
「じゃあ防具はどうしてたんだ? 困るだろう?」
「シルクさんよ、魔法師だよ。全部魔法師に任せてたんだ。防具必要無い位に、魔法の技術が発展してた」
「なるほど。盲点だった」
魔物対策は結界が有れば良いし、怪我は魔法の治癒でなんとかなるので防具の概念が無かった事で、金属加工の技術は伸びなかったらしい。
「魔法にも限界が有るんですけどね」
「現地の者には、魔法は神の加護だと信じられて居たんだ。治らないのは天命。防げないのは、信仰心の問題だとさ」
「不思議です」
「だな」
スノウとシルクは顔を見合わせると、しげしげと自分達に有る魔力を観察した。
魔法師では無くとも、魔力は多かれ少なかれ有るので、シルクもちゃんと持って居る。
エルフは元々魔力に秀でている種族。更に、戦闘力にも秀でているので、自分に合うか合わないかでどちらを鍛えるか決めているが、両方鍛える者も多い。
しかし、致命的な程の打撃防御力の低さが欠点だ。
超が付くほどの平和主義によって、エルフは他の種族と争う事は少ないので、あまり困らないが。
「エルフは温厚ですね。見習わないと」
「やめときな。興味無いだけさ。好奇心も無いし、適応力も無いよ。本当に柔軟性は皆無だな。昔の規則に縛られ、閉鎖的で面倒だよ」
「シルクは違うし、宿の夫婦も違いましたけど?」
「外に出たエルフは違う。里から出たエルフは何らかの事情が有るし、そういったエルフは種族の中では変わり者だな」
「だから、エルフはあまり見かけないんですか?」
「そう。外交自体も規制が有るし、ひとつ弱点が有るんだ。里のエルフにはね」
「里のエルフだけですか?」
「変わり者以外だね。変わり者は外界に良く行くから慣れるし問題無いけど、里のエルフには外界の空気が駄目なんだ」
「空気?」
「里より、空気に含まれる魔力が少なくて困るんだ。健康に問題無いけど、違和感が凄い。ようは、温室育ちなんだ」
「うーん。空気に魔力有るんだ……分からないです」
「慣れてると気付かないよ」
環境が違うといろいろな問題が有ると、頭の中にメモしていくスノウ。
「止まれ」
静かに、だが腹に響く重低音で注意するザックに従い一同は止まった。
ほんの僅かに声が聞こえる。子供の泣き声みたいな声。
商人達は助ける事を求めるが、冒険者には警戒心しか芽生えない。
魔物には人間の声を真似る奴が居る。
こんなに街から離れて、しかも草木が生い茂り魔物の居る街の“外”に子供が居て無事な筈が無いのだ。
一応子供の泣き声かもしれないので、慎重に様子を伺う。
あーんあーん
「魔物だ」
「そうですね」
「は? 子供だろ?」
「子供がずっと同じように泣きますか? さっきから同じ声質の音低です。間隔も同じです」
あーんあーんあーんあーん
「そうか……確かに!」
「群ですね」
「俺が行く」
「待って下さい。囲まれて居ます」
「なんだと?」
ザックも感覚を研ぎ澄まし確認をしてから頷いた。
「居るな……右手に二匹、左手に三匹、後ろ斜め右に二匹」
「完全に囲まれた。とにかく、商人達を囲もう。キル、荷台に乗って援護して」
「私が右手に行きます」
「俺が左手、シルクは後ろ」
「俺は?」
「ガルは俺と来い」
キルが荷台の端によじ登って、辺りを見渡しながら構える。
ザックが剣を、シルクがレイピアを、ガルが斧を構える。
《一時的の強靭な力鋭敏な感覚を》
スノウが〈肉体強化〉の魔術を自らに掛けて力を底上げする。
一同が一斉に走り出し、戦いの火蓋切られた。
◇◇◇◇◇
とある所の広大な荒野では、数多くの種族の者達の戦いが繰り広げられていた。
敵も味方も分からなくなる位の数と、気が狂いそうな程の血の匂い。
目の前で繰り広げられられる惨劇に、戦意を失う者もいたが、無抵抗な者の命も容赦なく奪われる。
「ロア!」
「シーナ!」
互いを呼び合い、無事を確かめる若者。
刀を振るう明るい茶色の髪の青年は、弓を構える薄い桃色の髪の同い年位の活発そうな雰囲気の女性に駆け寄る。
それを見て、苦笑する男女二人。
「おいおい……呑気だなぁ」
「良いですね。ちょっと和みます」
彼らの瞳に諦めの色は無く、ひたすらに前を向いていた。
「頑張ろう! 皆で生き残るんだ!」
大切な仲間と共に、苛烈な戦いに挑む若者の姿があった……。