願わくは
「……やっちゃった」
昨日寝る時に適当に地図を畳んで、テーブルに置いた筈だったが、どうやら寝ぼけて掴んだらしく、頭の下でくしゃくしゃになっている。破れてないのが奇跡的だ。
枕元に置いて有った服も凄い事になっている。
「……まあ良いか。無事だし。顔洗おう」
開き直り、適当に片付けて洗面台に向かって一通りの準備をした後、紺色のシャツに黒いズボンに着替えてコートを羽織る。スノウは防具を嫌って着けないので、冒険者らしく無いが、スノウの体質から必要が無いので気にしない。
あちらこちらに暗器を忍ばせ、部屋を出て食堂に向かう。
「おはよう。ご飯直ぐに持って来るわね」
「おはようございます」
ミランが出迎えてくれて、思わずほっとするスノウ。
ミランと話すと、何故か暖かい気持ちになるなと、スノウは思う。
窓際の席で待って居たら、朝から沢山の料理が運ばれて来た。二人前位ある。
「無理しないで良いからね」
「?」
ミランは多いかと心配したが、杞憂だったらしく、スノウは一度不思議そうにミランを見つめてから、丁寧かつ素早く、獲物を逃すまいと言う目で食べ始めた。
「おいしかった。ごちそうさまでした。幸せ~」
「あ、はい。お粗末様でした」
「? お粗末様? 粗末なの?」
「えっと、ごちそうさまへの返事?」
スノウの難しい疑問に、戸惑いながらも返答を返したら、何故か疑問系になってしまったミラン。
とりあえず納得したスノウは、クオンを見つけて声を掛ける。
「クオンさん。そういえば、昨日どうして私に声掛けたの?」
料理の注文が無くなって、片付けに来たクオンは突然の疑問に面食らう。
「え? ああ、女の子が大荷物持ってたし、珍しくて、訳ありかなと思って」
「ん? 女の子珍しい?」
「あらま! 今まで自覚無かったのスノウちゃん!? とても珍しいわよ」
全く自覚が無かったスノウに、ミランが心配し始める。
(この子大丈夫かしら? こんなに危機感無いなんて、もしかして田舎の子? 冒険者生活も最近なのかしら? )
「ミラン、この子大丈夫かな? 心配なんだけど」
「あなた、全くもって同感です」
「?」
「スノウちゃん、女の一人旅はとても危ないわよ。狙われちゃうし、男にはかなわないし、男は野獣だし!」
「野獣? 男の人は獣になるの?」
「ミラン! 変な事言わない! スノウちゃんならないからね! たまにおかしな奴が居るだけだから!」
「甘いわあなた! 野獣なのよ! 譲らないわよ! スノウちゃんはかわいいもの! 危ないわよ!」
「危ないのは同感! でも野獣は無いよ! 俺も男なんだが?」
「あら、あなたもあの日……」
「はい待った! 分かった!」
「分かれば良いの」
なにやら意味分からない話しになって、置いてかれたスノウ。
ようやく落ち着いた夫婦はスノウに向き直る。
困惑から抜け出せないスノウ。
「「家の子になれば良い(わ)!」」
「ええ!?」
いきなり養子がどうのこうのと始まった夫婦に、流石に慌てるスノウ。
「大丈夫です。これまでも冒険者としてやってきましたから。ランクも5です」
「駄目です!」
「そうだ! 駄目だ!」
「ええ!? 私には目的が有るので、一つの街には留まれません」
「何が有ったの? お母さんに言ってご覧なさい?」
「お父さんも力になるぞ?」
「いやいや。私両親知りませんし、エルフでは無いです」
「知らない!? 大変よあなた!」
「ああ分かって居る! 今直ぐに役所に行こう!」
「待って待って! 平気です。これでも魔物討伐もこなして居ますから!」
もはや暴走を始めた夫婦。
周りの冒険者は呆れたり、驚いたり、またかと言ったりしている。
致し方なく、旅の理由をかいつまんで説明して、落ち着かせたスノウ。
「愛する人の為……素晴らしい……」
「男は何して居るのかしら? こんなにかわいい子ほっといて!」
「はあ……」
「いつでも、ここにおいで! 直ぐに養子の手続きするからね!」
「ああ! 頼ってくれよ!」
「はい……」
朝から疲れ果てたスノウは、ようやく宿を出る事が出来た。
(嬉しいですが……私は……)
腕の傷を服の上から触り、頭を振って歩き出した。
(綺麗なペンダント……)
目に入った店に入って眺める。銀の葉っぱに金の花が乗っていて、石は使わず落ち着いたペンダントを手に取る。
細かい装飾に見惚れるスノウ。こういう所は女の子だ。
だが、値段を見て即元に戻した。
(旅には必要無いし、壊れる可能性が有るし、諦めよう……)
髪留めも見てみる。
今の黒い紐では可愛げが無いので、少し気になってはいた。
長い髪なのでゴムでは縛りにくい、なので紐で縛っているが結構難しい。
簡単にまとめられる、大きめのバレッタを見て回る。
「これ良いな……安いし買おう」
黒いリボンの飾りで、少し大きめのバレッタを買って、ルンルン気分のスノウ。無表情だが。
「ん? 本屋か……行ってみよう」
魔法に関する本に興味が有るのでよってみる。
かなり高いし、偽物も多く、買うには少し躊躇する。
戦場で使うのでは無く、新しい知識と術を習得するのに必要になる。見よう見まねと、理解した術では大きな違いがでる。
スノウは一冊しか持って無いので、新しい本が欲しいのだ。
この世界の本屋は中で分かれていて、魔法関係の本は奥の部屋に有り、ちゃんと見張りも居り、とても厳重に管理されているのだ。
一般人は入らないので、物々しい雰囲気である。
「いらっしゃい!」
「あの、魔法書がみたいのですが」
カウンターに座って笑いかけて来た店員のおばさんに話し掛けると、一気に表情を引き締める。
魔術書を買う客などめったに居ないし、金目当てで盗む者も多く、まっとうな客には貴族が多いので、この対応は普通なのだが、いい気はしない。
「どこかのご貴族様でしょうか? 田舎者故あまり存じておらず、申し訳ない」
そう言いながら顔色をうかがってくる。疑いの色が濃い。
「冒険者です。カードを」
「…確認しました。写しても?」
「もちろんです」
ベルを鳴らして、テキパキとギルドカードの内容を紙に写していく。
偽造防止と、いざという時にギルドに申し立てる時の為で、カード無しでは貴族以外入れない。
カードには特殊加工がされている。本人が持った時だけ裏面にギルドの紋章が立体的に浮かぶ。仕組みはギルドしか知らないので、偽造が不可能で有り(どのように魔法を掛けても、浮き出たり消えたり、ましてや本人確認など出来ない)、この加工がされてから偽造はほぼ無くなった。
だが、田舎ではまだ有るらしい。
「ありがとうございます。こちらです」
不釣り合いな重厚な扉がカーテンの後ろに有り、中には見張り兼護衛が一人と、男の店員が居た。
ギルドカードの写しが終わるまでに駆け付けたらしい。
奥に控え室が有る。
(ベルが合図なんだ……)
棚に並んだ本を見て行く。
スノウは魔法書の特殊な波動を察知出来る技術が有るので、一つ一つ触っていく。
身につけるのには、魔法書の波動に自らの魔力が引き寄せられる感覚を覚え、慣れる必要が有る。五年位は常日頃魔法書を触り、引き寄せられる感覚を掴む必要があるため、ほとんどの一般の冒険者は諦める。
(まだまだか……触らないと分からない)
魔力とは違う波動は、技術さえ会得すれば触らなくても分かるようになる。
スノウはまだまだ修行中であり、いまだに触る必要が有る。
因みに最初の魔法書は、数々の偽物を掴まされ、魔法書の秘密を知ってからはひたすら魔法師に頭を下げ続けて、19人目の魔法師が住み込みで働く事を条件に見極め方を教えてくれて、何年も教えを受けた後、ようやく感知出来る様になって初めて買った本物である。
(む! ちょっと強い?)
波動の強い魔法書の表紙には沢山の古代語が書いてある。
読み解くには時間がかかるが、理解するには古代語を読むしか無い。
師曰わく、文字に力が有るらしい。
「これいくら?」
手に持って店員に渡す。カギが掛かっていて中は読めない。
「ほう……見る目有るな……上級者むけだが良いのか?」
「はい」
「金貨200だ」
ちょぴり所の騒ぎでは無い金額に固まったスノウ。
今持っている初級者用は、金貨30と銀貨5枚だった。
(有るには有る……でも財産……)
節約家のスノウは依頼の報酬を溜め込んでいる。魔法書の為に。だが予想以上だったので悩む。
「……良し! 買います!」
涙目になりながら、厳重に管理していた硬貨の入った革袋から数えながら出した。
銀貨一枚と銅貨しか残らない。
金貨と銀貨をかき集めて、確認した店員は証明書とカギを一緒に本を袋に入れて手渡した。証明書とカギは盗難防止用。
大事に鞄に入れて、本屋から出て行くスノウは、嬉しいような、悲しいような気分で財布をさすっていた。
(昼は果物だな……)
銅貨一枚で買える果物を求めて商店街に向かう。
(依頼も受けないと……格安の宿で助かった~)
無表情で分からないが、胸中は喜びと悲しみが嵐になって、更に砂漠化しているカオス状態になっていた。
果物片手にギルドに入って掲示板に向かう。
なにやら凄まじい迫力のスノウに、ギルドに居た冒険者は道を空ける。
(今日の宿代しか無い! 何か何か……有った!)
紙を握りしめて受付に向かい、手続きを済ませ猛ダッシュで出て行くスノウ。
冒険者とギルド職員は唖然として居た。
(ビッグラビ五体で銀貨一枚!制限無し)
ビッグラビは良く分からないがとにかくでかく、顎の力がとても強く、畑の作物を荒らす魔物。
そしていきなり突進してくる。骨が折れる事も有るほどの突進力。
シルエットはただのうさぎだが、見た目は凄い。何故なら、毛は剛毛の緑色、目は赤く、耳は角みたいで、鳴き声はカエルに似ている。
(あれは、うさぎじゃない!)
小動物が好きなスノウにとって、名前を変えて頂きたいほど凄い。
証明部位は牙。薬になるらしい。
とにかくすばしっこく、力も有り、群れで飛び出して来る。有る意味厄介な魔物。
(15は殺ろう……)
街の門番に依頼書を見せ、通行証を貰って走り出したスノウ。森に一直線で突っ走る。強靭な脚力で走り回る。
ぴたっと立ち止まるスノウの目先には、群れでくつろぐビッグラビ六体。此処からは、数十メートル程有るのでまだ気付かれてない。
スノウの唯一の無詠唱の魔法で、最大の武器の〈常夜視〉を展開。
《静かなる息静かなる声静かなる鼓動》
古代語の詠唱で自身から発せられる“音”を消して近付いて行く。
〈常夜視〉は姿を周りに溶けこませ、まるで夜闇の影の様に気配が掴めないから、夜の様に視覚が奪われると言う意味から付けられた名前。昼夜問わず姿を消せる便利な魔法だが、音は消せない。
〈無音〉の魔法で音を消して、更に気配を消しておかないと見破られる。スノウは出来る限り短くした詠唱で発動させる。
無詠唱は難しい。
想像力に左右され、想像が曖昧なほど詠唱が長くなる。威力が上がればより長くなる。
詠唱に古代語以外の決まりは無いが、削る場所の見極めが難しい。結果的に、致命的な程に長くなるので、魔法師は基本一人で戦わない。
(後2メートル…)
幸い、スノウは気配を消す事に慣れていたので苦労せず詠唱の為の時間を稼げる。
こういう時だけ、昔の生活に感謝する。
(……存在を消される生活は良いのか?)
少し複雑になりながら、ダガーを構えて駆ける。
二、三匹葬り、ようやく敵が気付いて逃げ出す。
生まれつき強靭な脚力を更に鍛えた素早さには、逃げようとした魔物の目の前に回り込み逆手に持ったダガーで切り裂いた。
ビッグラビは突進力が有る分止まれず、曲がれない。
六体の牙を引っこ抜いて採取用の腰の革袋に入れる。
因みに、薬草用とは別の袋で、使った後はこまめに洗っている。放っておくと、とても血なまぐさいから。
(まだまだ……)
その後、ノルマを達成して意気揚々と帰る途中、大きな群れに遭遇して思わず大量に討伐したので、銀貨六枚分の証明部位をギルドに持ち込んで、上機嫌で報酬を受け取った。相変わらず無表情だが。
(良かった。案外早く終わった。夕飯はまだだし……)
適当にお店を眺めて居たら、役所の前に人だかりが有るのに気付いた。朝は無かった筈だ。
(看板?)
どうやら、役所前の看板に張り紙が追加された様で、この看板は緊急用らしい。周りの人々が騒いでいる。
(……え?)
思わず内容に目が釘付けになった。
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軍事都市バンパライアによる、侵略の勢いが増し、戦争区域が拡大。
現在、クロード王国と周辺の小国の連合軍と衝突。
また、帝都サラディンも軍の強化を行っている。
冒険者の参戦を求める。
尚、各街には各街の備えを整え、非戦闘員の避難を速やかに行える様準備する事、街の警備隊などの戦闘員の警備を強化する事を求める。
~~~~~
(戦争……何で?)
近年、各都市の調和が整い、全都市の法律も改善されたので、国々の争いは減っていった。
異種族の共存も進んでいる。
しかし、例外としてバンパライアは軍事力を上げていた。
元から弱肉強食の風潮の強い国として有名で、半分以上が軍に所属している。
そして圧倒的に人間が少ない。
(弱きは罪が信条って本当なんだ……)
スノウは見たことの無い国の噂をあまり信じた事が無い。バンパライアも行った事が無いので半信半疑だった。
これが本当ならば噂は正しいのだろう。
クロード王国、帝都サラディンのエンブレムが付いているので、信憑性は高い。
(あのエンブレム……)
スノウは、帝都サラディンのエンブレムに見覚えが有った。
(ロディアス……)
かつて見た、探し人ロディアスの防具に有ったエンブレム。彼は自分の仕える国だと言って居た。誇らしげに見せた一角獣のエンブレム。
スノウの居る場所からかなり離れた場所に有るので知らなかった。
そして、帝都サラディンの歴史は浅く、あまり大きな都市では無い。人間の多い国としか噂は流れて居ない。
(彼は騎士になると言った……)
ならば、戦うだろう。
確か、彼はスノウと見た目があまり変わらないので、多分年齢的に学校は卒業した筈で、今は立派に騎士になった筈だ。
(ああ……願わくは……彼が無事で在りますように)
スノウは初めて、神に祈りを捧げた。