瓦解する戦線
春の星の月第一週目の1日、疲労困憊の戦場に、全ての者が言葉を失う伝達が伝わる。
クロード王国の非戦闘員が帝都サラディンへと避難開始。
戦線に居る者達は時間稼ぎをする事を要求された。
覚悟を決める戦士達。
逃げ出す者は無視された。構ってはいられない。
春の星の月第一週目の2日、戦場にバンパライア軍の増援到着。
同日、ギルド拠点が突如現れたヴァンパイアによって崩壊。上空より現れ、ギルド拠点を蹂躙。詳細不明。
ギルド拠点に居た冒険者は、スールもしくは帝都サラディンへと避難開始。一部戦線に止まる。
クロード王国、帝都サラディンの軍は敵兵の足止めを続行。クロード王国の全戦力を投入。
春の月の月第一週目、帝都サラディンは全軍撤退。
尚、クロード王国は総力を持って敵兵を押し留める事を決定。
春の月の月第三週目、クロード王国の民の避難完了と共に、切り札を切る。
王都に有る封印を王族の命を掛けて解除し、クロード王国を横切る二本の断層が大きくずれる事により、天然の防壁が出現。同時にクロード王国は崩壊。
スールとラルスの間に有る橋もクロード王国の工作員により破壊。尚、スール国民は既に避難済み。
同時に、バンパライア軍から戦場に大量の魔物が放たれ、無法地帯となる。その地を人間が取り返す事は限りなく不可能となる。
瞬く間にクロード王国跡地はバンパライア軍が占領。その際、あちらこちらから現れたスケルトンにより最後まで残っていたクロード王国の兵は瞬殺され、最後の奇襲は失敗する。
◇◇◇◇◇
スノウは帝都サラディンに向かって走っていた。
止まる事を告げたが、無理やり戦場から追い出され、近くの冒険者に引きずられながらギルド拠点を後にした。
帝都サラディンに向かう冒険者は少なかったが、彼らについて行く事を告げると、猛反対を受けた。
帝都サラディンは孤立してしまったからである。
そちらに向かう者達は、何らかの事情が有る者達であり、死を覚悟している者達であった。
まだまだ若いスノウを、死地に連れて行く事ははばかられたが、スノウにも事情が有る事を知ると、快く迎え入れられた。
断層が動いた事による衝撃は、大地を真横に引き裂く程だった為とんでもないものとなったが、幸いにも大地は枯れ果て、近くには何も無かった為に目立った被害は無かった。戦争によって何もかもが無くなっていたのが幸いしたのだが、複雑な心境である。
話によると、大昔に開いた断層だったのだが、クロード王国が作られた時に最後の切り札として使うべく、魔法を総動員して亀裂を塞いで封印したらしく、新しい亀裂とは言えないらしい。太古の魔法なので、再現は不可能だなんだそうだ。
噂では、大地の大精霊との契約によるものらしい。
その封印の解除によって、亀裂は元に戻されたのだ。
そんな事が背後で行われては、避難していた者達も呆気に取られ、しばし背後を見詰めて固まっていた。
急いでいた筈が、皆頭がすっからかんになってしまい、阿保みたいに立ちすくんでしまっていた。
規模が違い過ぎる。
ようやく復活した誰かが声を張り上げ、なんとか皆が現実に戻って来たので、ひたすら前に進んでいる。
足元がかなり悪いので、どうしてもゆっくりとしか進めないが、仕方ない。
時折違う方向から逃げて来た者達と合流しながら、ひたすらに前に進む。
食事、睡眠も削り、黙々と歩いた彼らが街を見つけた時、誰もが歓喜し、少しだけ移動速度が上がった。
帝都サラディンの門をくぐり、彼らはようやく足を止めた。
急遽設置されたテントに案内され、ひとまず体を休める。
春の月の月第四週目、帝都サラディンの全軍が国に戻り、少しだけ国が落ち着き始める。
避難して来たクロード王国、ギルド登録者は仮設住宅をあてがわれた。
同時に、希望者は帝都サラディンの軍事学校に通う事も可能となり、既に実力が有る者は軍に入る事も出来る。
孤立した事で危機感を持った国が軍事力を欲した為だ。
スノウも軍事学校に通う事にした。
世間に疎いスノウは、数多くの手続きに苦労してしまった。
学校で必要な物を集め、初日の授業を受けたスノウは、改めて自分が何も知らない事を確認する。
数日間慣れない事に戸惑いながら、いろいろな事を学んだスノウは、少しだけ余裕を取り戻していた。
「学校って面白い」
綺麗に並んだ机で皆が同じ事を学ぶ。
スノウには新鮮な光景であった。
初めて剣を握った時、その重さに戸惑って満足に振るえなかった。
一日中授業を受けて、旅よりも疲れてしまった時は笑ってしまった。
初めて目が疲れて頭が痛くなった時は困惑した。
「でも、居ないのかな?」
それでも、スノウには一番気になる事が有る。
探し人はまだ見つからない。
「軍に居るのかな?」
気になるが、軍内部は限られた人しか入れないので、見に行けない。
そんな事を毎日繰り返し、少し焦り始めたスノウは、ある日の朝学校の入り口に気になる人影を見つけた。
記憶よりも逞しく、背もかなり高くなっているが、面影は失われていない。
その瞳の真っ直ぐな光も変わっていなかった。
「……あ」
無意識に近付いていたスノウ。
戸惑いながら口を開く。
「ロディアス?」
スノウは大事な事を忘れていた。
名前は言ってはならないと言う、世界の暗黙のルール。
名前は他者を縛ると言う、昔からの言い伝え。
それは破ってはならない事。
「っ!」
「あなた誰!?」
ロディアスだと思われる青年は固まり、その横に居た桃色の髪の女の子がスノウに詰め寄る。
2人の後ろに居た金髪の青年と、青い髪の女性はスノウの後ろに回り込んだ。
「え!? あ!」
ようやく自分がやらかした事に気付き、おろおろし始めるスノウ。
「誰!?」
桃色の髪の女の子がスノウの手首をきつく掴む。
「スノウです。昔会った事が有るんです。いきなりごめんなさい」
慌てて事情を話すスノウ。
訝しんで背後を振り返る桃色の髪の女の子に、青年は首を傾げる。
「会ったかな? そんな気がしなくもないような……うーん……」
「そんな……」
覚えていなかった事にショックを受けるスノウ。
同時に当たり前だとも思える。随分昔の事だから。
「ロア……はっきりしなさい!」
「怒るなよシーナ……」
「まさか浮気?」
「無いから! 絶対無いから!」
「……」
言い争う二人、スノウは完全に置いてきぼりである。
「あー……俺はフロン。いつ頃会って、何で名前知ってるの?」
長い金髪を掻き分けながら、とりあえず自己紹介をしておくフロン。
「昔、学校の遠征か何かで来ていたロ……ロアに会いまして、いろいろ相談に乗って貰った後、ロアから名前を聞きました」
「うーん……あいつが自分で?」
「通称が思い付かなかったのか、まあいいやって」
「なるほど……やりそうだ」
納得したらしいフロンは、桃色の髪を振り回しながら言い寄るシーナを止めて、事の説明をする。
「……ロア! 馬鹿じゃない!?」
「あー……覚えてないけど……」
「前に有ったわよね? 小さな頃に近所のお姉さんに言っちゃって、先生に説教された事!」
「覚えてたのか……」
「有り得ないって言えないじゃない!」
どうやら何度かやらかしているらしい。
冷や汗を流しつつ、必死にシーナを宥めるロア。
「私はアクアと言います。偶然見掛けたのですか?」
苦笑しながら自己紹介をしておく青い髪の女性アクア。
「また会う約束をしたので、会いに来たんです」
他意も無いので素直に話すスノウ。
端から見れば恋心なのだが、スノウには自覚は無い。
「……えっと、ロアにはシーナと言う恋人が居ますから無理ですよ?」
「? 会う事は出来ましたよ?」
「えーと……」
アクアは付き合う事が無理だと言っているのだが、伝わっていない。
一目惚れかなと思ったが、どうやら本当に会いに来ただけだと分かり、複雑な気持ちになるアクア。
(自覚無しかしら? どうしたら良いのかしら?)
一人悩むアクア。
(無意識に誑かしやがったな)
一人納得したフロン。
「ロアの女誑し!」
「意味分かんないけど、違う!」
他人が見るとただのイチャイチャしている恋人同士のロアとシーナだが、本人達は真剣である。
「もう良いわ! スノウさんだっけ? とりあえず私はシーナ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「ロアは渡さないからね」
「? 意味が分からないですが?」
「……この子天然?」
事情は飲み込めたので歩み寄るシーナだが、スノウの天然発言に力が抜ける。
「えーと、改めてロア。とりあえずよろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ロアが気まずい表情で挨拶し、気まずい空気が流れる。
「ここに居るって事は学生なの?」
「数日前からですが。冒険者として戦争に参加してました」
「珍しいな。学ぶ事なんて有るか?」
シーナの質問に素直に答えるスノウに、フロンが不思議そうにしている。
冒険者ならば既に実力は相当なものの筈だと思ったからである。
「幼い頃から旅していましたので、世間には疎いのです。学校で初めて知った事も多いです」
「へー……読み書きは?」
「独学で学びましたので大丈夫です」
「努力家だなー」
「フロンには無理よね!」
「うるさいぞシーナ」
いつの間にか馴染んでいるスノウ。
しばらくお互いの事を話して盛り上がり全員で授業に遅刻していまう。慌てて教室に向かう途中、ロア達とは教室が違うので別れるが、昼休みに会う約束をした。
こうして、スノウはようやく探していたロアに会う事が出来、これから楽しい学校生活を過ごす事になる。




