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Apple and orange?

作者: 目田日

 あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。あり得ない、あり得ないんだけど、今こうして現実にあり得てる。

 橘ゆい、16歳、霊感なんてない一般女子高生なんだけど。すごくすごくすごく奇妙な体験をしています。今起こっていること、ありのままに言います。愛しのペット(ゴールデンレトリバー)のベンに、どうやら人の霊(?)が取り憑いたようなのです。

 腰が抜けた私の上に、人語を話すベンがのしかかって見下ろす。なんて冷たい目だろう。犬の目じゃない。ベンじゃない。



「オネーサーン。ベンなんてそんな糞みたいな名前で呼ばないでくれるかな。ボクちん一応、御門一仁(みかどかずひと)って名前があるんだぁ。人間なんだよね。どういうわけか君んちの犬になってるみたいだけど」


「はわ…はわはわはわはわはわーーーっ!」


「ハハハ。日本語喋りなよ、日本語」


「お…おかあさーーーーん!!!」



 慌てて台所に居る親を呼ぶと、あらなぁに?と直ぐに顔を出してきた。手には夕飯のサラダが入ったボウルを持っている。

 私は震えながらのしかかるベンを指差した。



「べ、べべべべべべ…ベンが!べ、ベンが喋った!!ベンが!!」


「ええ?何言ってるの。ベンが喋るわけないでしょ」


「いや喋った!!喋ったんだって!!」


「はいはい。お風呂沸いてるから、お父さんが帰ってくる前に先に入っておきなさい。ゆい、いつもお父さんの後は嫌がってるでしょ」


「いや、お母さん聞いてよ本当なんだって!信じてよ!」


「あ、おなべの火切らなくちゃ」


「お母さんっ!ちょ、待てーい!」


「入らないんだったら宿題でもしてなさいよ」



 全く信じてくれない親はいそいそと台所に戻っていく。なんてこったい。その背中が消えたドアを見ながら、私はしばらく呆然とした。

 ベンが私の服を引っ張って、やっと意識が戻る。服を噛むその仕草は、ベンがよく『遊んで遊んでー!』『散歩行こうよ!』としていたものだ。

 ああ、なんだ、夢だったのか────そう思うのも一瞬のことだった。



「ねぇねぇ、ボクちんオシッコ行きたい。ペット用じゃなくて、君んちの人間用トイレはどこなんだい?」



 ……夢じゃ…なかった。


 思い詰めたり不安になったりパニックになったりするといつも発症する腹痛の痛みを堪えながら、私は苦悶の表情で、ペットを我が家の水洗トイレに連れていくのだった。








 自己紹介をしあった。

 ベンに入り込んだ人間は、御門一仁(みかどかずひと)さんと言うらしい。高校二年生で、学年も歳も私の一つ上だ。いい年した若者が自分のことをボクちん呼びとか、正直失笑………じゃなかった、いえいえ、前衛的というか、個性的だなぁと。

 なんでも、不意を突かれ、この街の港にある倉庫街で集団リンチに合い、返り討ちにするも帰りの道端でプツンと体力尽きて倒れ、意識不明になった後に気が付けばうちのベンになっていたと。負傷はしてないので、死んではないらしい。

 そんないかにもフィクションっぽい馬鹿な話があるわけないじゃないと思う。いや、でもですね、こうして目の前で実際起こりえてるわけですし。

 そういえば物理の先生が言ってたな。常識はすぐ覆されるもので、あり得ないなんてないって。そうして人類は発展してきたって。

 どういうメカニズムで意識が乗り移ったんだろう。

 非科学的なアニミズムとか精霊信仰な分野っぽいから、理系(一応)の私にはさっぱり分からん。

 毛繕いする姿はまさにベンそのものなんだけどなぁ。ここに他人の意識が入っているのって、変な感じだ。

 ……なんだか興味がわいてきたぞ。




「ど、どうして御門さんはリンチなんかされたんですか?」


「いやぁ、ボクちん男に嫌われやすくて敵が多くって。ちょっと前に鼻の骨折れるくらい殴った奴が、仲間を連れて復讐しにきただけだよ」


「だけ…?いや、かなり物騒な話じゃ…」


「武器持ち10人相手は流石にキツかったよ。ウン、戻ったらもっと鍛えないとなぁ…」


「は?10人っ!!?化けモンかアンタ!!?」


「ん?アンタ?口のきき方には気をつけてねぇ?」


「あんぎゃーーー!つ、つい!!すいませんすいません!お腹痛いんでのしかからないでくださいーー!!」



 キリキリキリキリ…。ううう、大型犬って重いんだよ!お腹痛いよぉ!ペットに苛められるなんて夢にも思わなかった!

 帰ってきてよベン、私のベン。ベーーーーーン!(泣)



 かくして、かなり不本意だけど、ペットの奴隷生活という屈辱の日々は幕を開いたのであります。


 明くる日、土曜日、学校休み。まず私が受けた命令は御門さんの本体(人間の方)の回収でした。

 オイルショック後に巨大なタンカー船の利用が増えたため、廃れて倒産してしまった中型船の造船所の倉庫が、この街の港にはまだ取り壊されずにいくつも残っている。御門さんの言っていた倉庫街とはそこのことだ。

 そこの倉庫街を出て海側の砂利山の所で倒れたらしいので、ここから2㎞くらいかかるから面倒だけど、ベン(In御門さん)を連れてお散歩ということに。

 潮風を感じながら御門さんの案内を受けて砂利の山までいくと─────お姫さまと見間違う程の綺麗な男の人が血塗れになって、それ以上に血塗れの釘バットを持って倒れていました。

 ホラーだ。叫ばなかったんじゃない、叫けべなかったんだ、色々ビックリしすぎて。

 使い込まれたようなマジもんの釘バットなんて初めて見たし、『ボクちん』なんて言うくせにイケメンだし、血はドロドロいっぱいだしで。この釘バット、なんでも、リンチ中に相手から奪って武器にしたものらしい。ブルブル……。

 全体的に色素の薄いかんじで、アシンメトリーのショートヘアーの金髪、そしてすらりとモデルのような長身だ。その制服は確かに高校生らしく、学ラン。ゲッ。これ、うちの学校のだ。先輩だったのか。

 そして、耳にも指にも首にも至るところに高そうなシルバーアクセサリーをジャラジャラつけてる。血塗れのシャツは白地に赤いハート模様だ。 こんな変……じゃなかった、レベルの高いハードなシャツが似合うなんて、何というか、さすがイケメンです。チッ。

 このイケメン不良の一人称が『ボクちん』なのか………。うん、ときめかんな私は。


 で、御門さん。この不良をどうしろと?



「ウン。ボクちん自分の家も病院も嫌いだから、君んちまで連れてってよー」


「む…無理ですよ!家族ビックリしますって!」


「えー」


「『えー』じゃないっ!誰か他に頼るひと居ないんですか!」


「彼女ならいるけど」



 おやまあ、いらっしゃるんですか。いや、まぁ、変な人だけど見かけはイケメンですし、別におかしい話じゃないか。

 とりあえずこの不良の身体を誰かに預けることができるようなので、ホッとする。電話番号を教えてもらい、携帯でかけてみると、声のガラガラした女性が出た。風邪でもひいてるのかな?悪いことをした。

 迎えに来てくれるそうなので、この砂利山で待つこと数十分。その間にこの変人を受けとめた彼女の事を聞いてみた。キヌ子と言って、年上で、未亡人で、古風な感じが可愛くて、とにかく素敵な人らしい。



 ────そして、リアカーを引いたモンペ姿の人の良さそうなお婆ちゃん(90歳くらい)が来ましたよ、と。



 唖然とする私に「キヌ子!」と御門さんが嬉しそうに駆け寄る。おいコラ、彼女か。あの人が彼女なのか。単なる年上という一言じゃ済まないレベルじゃねーかよ。すげぇ恋愛してんな、オイ。

 犬の御門さんを「おや、かずちゃん、ちょっと見ないうちに犬になっちゃったんだねぇ〜」で難なく受け止め、犬と老婆がイチャイチャチュッチュしだした。………この不良にはときめかねぇからな。いいか、私よ。絶対にだ。絶対にだぞ。

 事情が伝わったところで、人間の御門さんの身体をキヌ子さんがリアカーに乗せて持って帰り、安置することに。意外とこのキヌ子さん、力持ちでびっくり。毎日農作業しているそうで。

 返り血ばかりで外傷はなく、本人も無傷で疲労で倒れたって言うから、とりあえず本体の方はこれで安心………じゃないや。本体の生理機能とか栄養が心配なところだから、ちょくちょく様子を見に行かないといけないなぁ。キヌ子さんが何か食べさせるなりしてくれるとは思うけど。


 さぁて。じゃあ今日から犬の御門さんは連れて帰って、我が家で面倒みますか。元々はベンだしね。



「ほら、君。キヌ子が南蛮社のカステラくれたよー!」



 …………ため息が出るのも無理がないでしょう、神様。緊張感を持たない事の当人に、先が思いやられる。









 ベンに入り込んでしまった御門さんとの生活が一週間、二週間と続いた。

 そして今になってようやく元の生活が気になりだしたのか、御門さんはため息を吐くのだった。それでも私の膝に頭を乗せ、うっとりした顔でブラッシングを受けているので、焦燥とか危機感が全く感じられないんだけど。



「戻りたい。キヌ子の膝枕が恋しいよー。人間の身体で味わいたい…。君のは柔らかすぎて何だか落ち着かないんだ」


「デブってことですか、コラ。そりゃ筋肉落ちたお婆ちゃんよりは体重ありますよ。いや、それより、学校の出席が足りないとかそういう心配した方がよくないですか?大丈夫なんですか?」


「校長先生と特約を結んでいるのさ。ボクちんは定期テストさえ良ければ何日学校を休んだっていいんだ。心配ナッシング」


「特約って…それで問題児を片付けていいのか高等学校教育…」


「私立だからかな」


「わたくし過ぎるでしょうよ!」


「ハハハ。でも、それ、ボクちんに言われても。大人の事情ってやつなんだからー」


「真面目に学校行ってる私が馬鹿らしくなってきます…」


「ウン。そうだネ。アハハ!」


「クソッ、笑いやがって」


「ん?」


「あんぎゃーーーー!!!重いーーーっ!!」


「アハハ!『行脚』だって?」




 さて、こうしてすっかり兄妹のように打ち解け合い、ギャーギャー戯れあっているけど、いかがなものか。どうしたらベンは戻ってくるんだろう。どうしたら、御門さんは戻るんだろう。

 神社にお祈りはしたし、週に3日はキヌ子さんの自宅に御門さんと一緒に行って、安置している御門さんの本体に接触させてるし(眠っている本体は食べないのに衰弱することはなくて、不思議な状態でした)、“初心者からの黒魔術”“すぐわかる鬼道”“精霊降誕”とか、怪しいおまじないの本を読んでみては、それっぽいものを実践してみたけど、効果なし。これらは十数年の修行を積まなければいけないらしい。んなもん待てるか。


 御門さんが気にしてないならいいんだけど。その、学校もそうだけど、親御さんとかね?家が嫌いだって言うくらいだから触れるのをやめてるんだけど、やっぱり心配してると思うんだ。無事なんだけど諸事情で…と一言くらい言っておくべきなんだと、私の中のいい子ちゃんが言うんだ。変だけど、御門さんは悪い人じゃないからね。


 ─────というわけで、放課後。御門さんの担任の先生に住所を教えてもらい(勇者だなぁ、お前って言われた)、勇気を奮ってやってきましたよ御門家。

 なんだここは。極道の屋敷か。お城のように立派な日本家屋に、広々とした庭園、外部を遮断するように高い塀。

 インターホンらしきものを押すが、なかなか出ない。時間を置いて、また押すが、なかなか出ない。もう一度時間を置いて押すが、出ない。失礼と分かりつつ何度もボタンを連打するが、出ない。

 ─────居ないのかな?

 その日は大人しく帰ることにした。


 次の日も、また次の日も訪れるけど出ない。時間帯が悪いのかなーと、何時間か訪れる時間を前後にずらしてみても、インターホンに応えは無かった。放任主義の家庭なんだろうか。

 そう自分に納得させ、五度目の正直。これで最後にしようかと諦めかけていたら────背後から声が掛かった。



「…出ないよ?ボクちんが一人住んでいるだけで、他は誰もいないからね。そろそろ諦めなよ」



 そこにいたのはベン、いや、御門さんだった。

 いつの間に付いてきてたんだろう。言ってなかった筈なのに、とビックリして言葉が出ないのを察してか、「君がうちを訪ねに来ているのを知ったのは三日前なんだぁ。最近帰る時間が遅いから、何かに絡まれてるんじゃないかと校門近くまで迎えに行ってたんだよ」と御門さんは説明してくれた。

 何とも言い難い気まずい空気が漂う。

 どうしてこんな大きなお屋敷に一人で住んでいるんだとか、どうして家族と住んでいないのかとか、寂しくないのかとか、ご飯はどうしてるのかとか、こんな広い家で一人で寝てるのかとか、気になることがいっぱいあって、モヤモヤする。私のうちにいる御門さんはちゃんと笑ってたから、よけいに。

 そんな微妙な私の顔を見て、御門さんはいつものようにハハハと愉快そうに笑った。



「馬鹿だろう、君。いつボクちんが頼んだのさ」


「……………うん」


「だいたい、親が居たところで何も心配しないよー?知ってのとおり、家に居ないのなんて常習だしね」


「……………うん」


「………おやっ?泣いてるの?泣かないでよ。君の涙には全くそそられないからね」


「…………………」


「ハハハ!泣き顔、不細工だなぁ」



 コイツ…乙女の涙よりもババア(失礼)の涙がいいと言うのか。いつかテメェが本体に戻ったら、ボッコボコにしてやるからな。化けモンだろうが関係ねぇ。やるったらやるんだからな、私は。

 しんみりした同情は殺意に変わり、私は御門さんのリードを思いっきり引っぱって帰るのだった。この後、それなりの報復はきちんと受けた。噛まれたお尻と首が痛い。









 1ヶ月経過、変わらないように見えた私と御門さんの関係に変化が起こった。

 今日は、クラスの友達が遊びに誘ってくれたので隣街の遊園地まで来ましたよ。そして何故か犬が同伴。「ボクちんも遊園地で遊びたーい」って朝から晩までうるせぇの何の。風呂上がりに楽しむ筈だった私のプリンまで取りやがって。仕方なく友達に許可をもらい、交通機関が使えないから親の車で送ってもらうはめに。

 待ち合わせ場所の看板前で待っていたのは友達───ではなく、見知らぬ男の子でした。あ、違った。よく見れば、バスケ部の斎藤くん。近視なんです私。斎藤くんとは、何かと私の冗談に笑ってくれる隣の席の気のいい男子だ。

 ?????

 え、どういうこと?新手のイジメ?とかショックを受けて突っ立っていると、向こうがこっちに気付いて、近づいてきた。



「橘さん。騙したみたいでごめん。俺が篠原さんに頼んだんだ。橘さんと二人にしてくれないかって…」


 篠原とは私を誘ってくれた例の友達である。サバサバした気持ちのいい女だ。

 な、なんじゃこの人。いかにも私に気があるような言い方してる。男の人って美人よりも「俺でもいけんじゃね?」っていうお手頃女子に近づきたがるって話は本当だったのか。



「そんなに私と一緒に遊園地行きたかったの?斎藤くん」


「うん」


「普通に斎藤くんに言われても行ったのに、またどうして」


「言いだすきっかけがなかったのが半分、驚かせたかったのが半分」


「なんだー、よかった。篠原が居ないから、遊園地に一人ぼっちにされてイジメられたのかと思ったよ」


「アハハ!イジメなんかじゃないよ、ごめんごめん。───じゃ、早速行こうか。チケットはもう二枚買ってあるんだ」



 斎藤くんは爽やかに笑い、御門さんを繋ぐリードを持っている方の手とは反対の私の手を取り、引っ張った。産まれて初めての恋人繋ぎに、そんな気はなくても一瞬ドキッとする。

 うあああああああーーーー!!!虫も殺せないような大人しそうな顔してるくせに、えらい積極的だな斎藤!!顔が赤くなっちまう!どうしよう!産まれて初めてのモテ期到来か!?

 パニックに陥り、斎藤くんが色々話し掛けてくれているけど何も頭に入らず、生返事しかできない。………ヤバイ、お腹が痛くなってきた。

 腹をさすりながら歩いていると、御門さんが急に止まり、後ろに転びそうになった。御門さん?と思わず言いそうになって、慌てて口を塞ぐ。ベンだった。危ない危ない。私が止まったので必然と斎藤くんも止まることに。

 「どうしたの?」と頭を傾げる斎藤くんを先にゲートに行かせ、私は御門さんに向き合った。あれだけ楽しみにしていたのに、何なんだろう。ペット入れる遊園地だから心配しなくていいのに。さすがにジェットコースターは乗れないけど。




「御門さん、行かないの?」


「…面白くない。邪魔みたいだし、ここで待ってるから。リードを放して」


「え?御門さん…?」


「君のくせに生意気だよ。君のせいだ。なんでボクちんがこんな思いしなきゃいけないんだよ!」



 早く外して!と怒鳴られて、言われるがままに慌ててリードを外す。背中を向けて駐車場がある林の方に走っていった御門さんに、私は戸惑うばかりだ。

 なんか拗ねちゃいましたけど、何が気に入らないんだろう。

 消化不良だけど、御門さんはここで待つって言ってたし、斎藤くんを長く待たせるのもいけないので、私は入園ゲートに向かった。


 遊園地のアトラクションは楽しめたんだけど、私の頭から御門さんの怒鳴り声が離れなくて、どこか心あらずだった。

 遊園地から出る帰りぎわに、私は斎藤くんに告白された。

 嫌いじゃないけど恋や愛の好きを斎藤くんに抱いたことがなくて、目を泳がした私に、斎藤くんは猶予をくれた。返事は一週間後。

 それを見ていた御門さんは、私と口を聞いてくれなくなった。









 訳が分からん。御門さんにはキヌ子さんが居るから、私が好きってわけじゃないでしょ。子供の癇癪みたいなもんなのかな?お気に入りのゲームやオモチャを他人に取られて不機嫌になってるのかな。うーーん。考えすぎて頭ハゲそう。

 御門さんも御門さんだよ。文句でもなんでも言いたいことがあるなら言ってスッキリすればいいのに、私が話し掛けても無視する一方なんだもん。ブラッシングもシャンプーもさせてくれないし。原因が分からなきゃ直しようがないじゃん。

 なんだか泣けてくる。一人っ子だから、御門さんと暮らす日々は兄弟ができたみたいで、なんだかんだ喧嘩してても命令されても楽しかったのに、あの日から何もない。正直つまんない。つまんないよ……。


 本日があの日から一週間。やっぱり友達としてしか見れなかったから、放課後、斎藤くんには「ごめんなさい」と断った。惜しいことをしたと思うけど、自分の気持ちに素直になるのが一番だよね。

 とかなんとか生意気言っちゃって、10年後、三十路近くになってまで彼氏なしで慌てて婚活してたらいい笑いものだな、私。アハハハハハハ…ハ……ハ…………。あんまり考えないでおこう。


 さて、御門さんとそろそろ仲直りしたいところです。こういうのは経験と年の功。人生の大先輩に相談してみることに。

 御門さんも連れずに訪れた私を、キヌ子さんは温かい緑茶と福水庵のわらび餅でもてなしてくれた。わーい、いただきまーす!

 飲み食いしながら事の顛末をキヌ子さんに言い終えると、キヌ子さんは穏やかな微笑を浮かべた。

 なんというか、この人を包む周りの時間は酷くゆっくりで、温かい。包容力があって、甘えたくなる。キヌ子さんが好きな御門さんの気持ちが分かるわ、これ。

 ……私、ババアなんて心の中で前に言っちゃった。ごめんねキヌ子さん……。

 惹かれるがままに、私はフラフラとキヌ子さんの膝枕を受けた。細くて硬い枕だけど、モンぺが温かくて気持ちいい。お日様の匂いがする。癒しだ……。大したアドバイスはくれなかったけど、話を聞いてくれて、こうして元気づけられるのは有り難い。

 しわしわの手は柔らかくて、それで頭を撫でられるのが心地よくてうとうとしていると、キヌ子さんは衝撃的な発言をしてくれた。




「ふふっ、かずちゃんはきっと嫉妬しちゃったのね、相手の子に。かずちゃんは、ゆいちゃんに恋をしているから」




 ……………………は?

 いやいやいやいや。そんな馬鹿な。

 なんだ、ただの幻聴か。付き合ってるのに何言ってんだか。


 私はサラっと受け流して、そのままコロリと眠りについた。


 日も暮れて、夕飯の時間も過ぎて、とっぷり夜も更け、私はやっと目を覚ましたのだった。携帯を見ると着信10件。全部お母さんからだ。わーーーーーっ!怒りの形相が目に浮かぶ。

 キヌ子さんがかけてくれたであろう布団を急いで畳んで、電話をかけ返して、友達の家でうたた寝して遅くなってしまいましたすいませんと謝った。案の定怒られた。うひぃ、早く帰らなくちゃ!



 うちに帰ると、玄関に待っていたのはお母さん。と、御門さん。2人とも怒ってる。

 お母さんは私に拳骨をお見舞いして、早くご飯をレンジで温めて食べるよう言うと、お父さんが寝る寝室にさっさと眠りに行った。私と御門さんがポツンとリビングに残る。

 気まずい空気に懐かしいデジャヴを感じていると、御門さんが先に口を開いた。久しぶりに声を聞いて、胸がドキドキする。




「斎藤のところ?」


「えっ?」


「斎藤のところに行ってたの?」


「え、いや、なんで斎藤くんが出て…」


「セックスでもしてきたの?」



 セッ……。えっと、それは性別とかの意味じゃなくて、男女がアンアンするやつですよね。

 御門さんの過激な言葉に狼狽えた私を見て、「ふぅん」と言う御門さんの目が口振りとは裏腹に、鋭くて冷たいものになった。

 ひぇぇーーーーっ!これは勘違いしていらっしゃる!



「違う!違うって御門さん!せ、セッ………ク、スなんてしてないよ!」



「どうだか」


「そ、そんなのホイホイ簡単にできるわけないじゃん!怖いよ!」


「ボクちんの周りにはそんな女ホイホイいたけどねぇ?顔がいいから、直ぐに股を開いてくれるんだ。それで?君、今日は彼の可愛いおままごとみたいな告白の返事したんでしょ」


「…おままごと?」


「ああ、やっぱりもう何も言わなくていいよ、馬鹿らしくなってきたから。なんでボクちんが君なんかのことで怒ってんだろねー?アハハ」


「………私にも分かんねぇよ!!御門さんの馬鹿!あんぽんたん!急に無視したり怒ったりして何なの!?人の気持ちをおままごととか言うなんて最低!」


「最低さ」



 そうさ、君にとっちゃ最低なんだろうよ。噛み締めるようにもう一度言った御門さんに、私はそれ以上、何も言えなかった。突き放されてしまったようで、線引きされてしまったようで。御門さんが、見えない。御門さんが遠い。遠すぎる。

 御門さんは静かにリビングから出ていった。

 仲直りしたかったのに、溝は深まるばかりだ。どうしたらいいっていうんだよ、あの自己完結野郎。人の話を最後まで聞かないで、勝手に怒って。

 涙を垂れ流しにしたまま、私はリビングの冷たい床に崩れた。









 ハァハァハァハァ…。ペロペロペロペロ。ううう……この顔面攻めで目が覚めるのは久しいぞ。

 目を開くとやっぱりベンだった。金色の毛が朝日に輝いて眩しい。チラリと時計を見れば朝の五時。いつの間にかリビングのソファーで寝てしまっていたようで、制服がクシャクシャだ。………お母さんに怒られるなぁ。溜め息。もうすぐ起きてくるから証拠隠滅といこう。入りそびれた風呂も入らなくちゃ。

 そうして戯れてくるベンを退かしながら起き上がり─────私は固まった。


 …………………御門さん?


 息を荒げて尻尾をブンブン振り回す姿は正しくベンだ。戻った。戻ったのか。

 喜ぶべきことなのに素直に喜べないのは、やっぱり喧嘩しちゃったままだからか。あやふやなままだからか。




「御門さん、戻っちゃったよ…ベン…」




 かといって、人間の御門さんと会える保障も、仲直りできる保障もない。

 胸がズキズキして痛い。痛さを誤魔化すように、私はベンを抱き締めた。




 ────ここで挫けるなんて私じゃありません。こうなったら意地でも仲直りしてやるんだからな。私の涙を馬鹿にした本体をボッコボコにするという心の誓いもありますし。


 いざ、情報収集のため、学校へ。


 私が知らなかっただけで、意外と御門一仁という男は有名で、不良グループの中でも喧嘩が鬼のように強くて金の悪魔(笑)とか魔神(笑)とか言われて恐れられているらしい。ハハハ。そいつ、つい今朝までうちの犬だったんだぜ。しかも一人称が『ボクちん』だし、変なシャツ着てるし、お婆ちゃんの彼女持ちなんだぜ。プリンが好きだし、夜に私の布団に潜り込んでくるし、お母さんが大声出すとビクッてするし、シャンプーにはうるさいし、私のこと不細工不細工言うし、……………。怖くないなぁ。


 学校にはテスト以外では殆ど来なくて、いつもはつるんでいる不良仲間のもとに居るらしい。

 定期テストはあと半月後、となると。………………不良仲間のところか……。

 そこは何処ぞや?と聞くと、口をあんぐり開けられた。自殺希望者かって?いいや、100歳まで貪欲に生きるつもりですけど。

 聞いたクラスメイトの彼は知らないらしいので、お昼休み、別の方に聞いてみることに。

 ドレッドヘアーでサングラスをかけてて体格のいい、いかにも不良っぽい感じの人を校舎裏で喫煙しているのを発見したので聞いてみることに。携帯に何やら怒鳴ってて、イライラしている。ひぇぇーーーー!!!め、めげないぞ。


 「あのー」と話し掛けると、ドレッドヘアーの人は私を見て驚いた表情をした。え、何なんだろう。私の髪はベリーショートで、ドレッドではないんだけど(?)。

 「あんたは?」って名前を聞かれたのでおどおどしながらも素直に「橘ゆいです」と答えると、ドレッドヘアーさんは口に銜えていたタバコをポロっと落として────────午後の授業を丸投げに、私は口を塞がれて拉致されました。


 「ちょっと手荒にする、ごめんな」とガムテープで私の目隠しと口封じ、手足の拘束をし、大型バイクで安全運転で運ばれること十数分。

 目的地に到着したようでバイクのエンジン音が止まった。

 なにやら物騒にも野太い悲鳴がギャーギャー聞こえるんですけど。何が起こってるの?話し掛けても口を封じられているからドレッドヘアーさんには伝わらない。モゴモゴモゴモゴ。

 ドレッドヘアーさんの肩に担がれて、喧騒の中心の場に連れられて行っているのがわかる。


 段々と悲鳴の数も、声も、大きくなっているから。

 ガラガラと重金属の扉を開く音がすると、今まで声が籠もっていたのか、余計に悲鳴は大きく、生々しいものになった。室内なんだろう、声が中でガンガン響いている。

 な………サクリファイスか!!?私はなんかの生け贄にされるのか!!?

 見えないから状況が掴めず、余計に怖い。恐怖に震える私をものともせず、ドレッドヘアーさんは叫んだ。



「おい、サンタクロース様が所望品を持ってきてやったぞ!ちったぁコレで収まれ、カズ!!人間に戻ったかと思えば急に夜中から暴れやがって!振り回される俺の迷惑も少しは考えろこのクソ馬鹿野郎が!!」



 冷たいコンクリートの床に下ろされ、長いカーペットを敷く要領で、コロコロと足で転がされる。うわ、扱い酷っ!じゃなくて、目が回るーーーっ!!

 代わりに誰かが駆け寄ってくる足音がして、芋虫状態の私は抱えられ、ギュッと抱き締められた。だ、誰!?誰ですか!?

 手足の拘束が解かれ、口のガムテープが優しく解かれる。耳元で、縋るような声が囁かれた。




「ゆい」




 ……………くそぅ、ときめかないと決めた筈なのに。彼女いるくせに。ずっと「君」ばっかりで呼んでたのに、急に名前、呼ばないでよ。一度教えたきりだったけど、ちゃんと覚えてんじゃないか。

 目隠しを取られると、よく知った顔があった。

 色素が薄くて、アシンメトリーの金髪で、目鼻立ちが涼しげに整った綺麗な人。知らなかったよ。瞳の色はアイスブルーなんだねぇ。日本人離れした顔にはよくお似合いだ。

 やっぱり、戻ったんだよなぁ………。




「御門さん…」




 良かったねぇ、としみじみ感動して生温かな目で見ていると、御門さんは私の頭にサクッとチョップした。

 !!!!痛ェ!くそ痛ェ!この馬鹿力め、自分が化けモンって自覚して手加減しろよ!!

 苦悶していると、御門さんはさっきの縋るような様子とは打って変わって、冷めた顔つきになった。お、怒ってる?まだ?




「…君さぁ、どうして捕まったんだい?ヨシじゃなかったらどうなってたと思うの?馬鹿なのは知ってるけど、この頭は飾りなの?不細工は顔だけにしときなよ?」


「え?あっ、そっち?エヘヘ。御門さんと仲直りしたくて、ドレッドヘアーさんに話し掛けたら拉致されました。先は何も考えてなかったなぁ、ごめんなさい」


「馬鹿」


「で、でも直感は冴えてたみたいじゃないですか。よかった。すごく、すごく御門さんに会いたかったんです。すぐ仲直りしたくて……」


「…仲直りって何」


「お、お話しましょう!御門さんが気に入らないこと、なんでも教えて下さいよ」


「で?」


「『で?』って……あ、プリンも一緒に食べましょう!美味しそうなプリン屋さんを見つけてたんです。でも、御門さんが口をきいてくれなかったから、買う気になれなくて。御門さん、プリン好きですよね?この前風呂上がりのデザートに、私のまで欲しがるくらいいっぱい食べてましたし」


「で?」


「あ、あとは……あっ!2人で遊園地に行きましょう!行きたがってたでしょ、御門さん!この前は楽しめなかったじゃないですか!公園も動物園も楽しいですよ、行きましょうよ!」


「……斎藤は?どうするつもりなの?」


「え、斎藤くん?うーん一緒じゃ気まずいですねぇ、振っちゃいましたし…」


「振ったの?」


「う゛っ……はい。勿体ないことしましたかね?私。このまま一生独身だったらどうしよう…」


「問題ないよ、ダイジョウブ」



 御門さんが笑った。とびきりの笑顔だ。

 その顔に見とれていると、目蓋を閉ざした御門さんの顔が近づいてきて………ちょ!!待っ!!

 御門さんの唇を押えると、眉間に皺を寄せ、激しく不機嫌顔になった。




「何?この手、邪魔ー」


「『何?』じゃないよ!御門さん、キヌ子さんという彼女がおりながら何やらかそうとしてるんですか!」


「何でキヌ子がここで出るの?」


「当たり前です!彼女なんでしょ!?」


「彼女だけど」


「ほら!そうでしょ!?」


「でもキヌ子はセックス出来ないし、ボクちんはキヌ子じゃ勃たないし、そういう対象じゃないけど。君とは出来るし、勃つよ」


「はぁ!?どういうことです!?私に分かるように伝えて下さいよ!」


「ウン、ヤった方が早いし伝わる」



 手のひらをペロリと舐められ、私は思わず悲鳴を上げて手を離し、仰け反った。後頭部をコンクリートの床にガン!と思い切り打ち付け、あまりの痛さに涙目で堪えていると、上から覆いかぶさる影が。

 抵抗する間もなく、目にも止まらぬ早さで私の腕を捕らえて磔にし、唇ごと食べるようなキスをされた。縫い付けらた手を放され、私の顎を捕まえる。もう一つの手は、何たることか、鼻をつまみ塞いだ。



「ん、んんっ!んーーーーっ!」



 息!!息が出来ないいいいいいい!!殺す気かーーーーっ!!

 御門さんの肩をペチペチ叩くもスルーされ、クスクス笑いながら唇の感触を楽しむかのように甘噛みされる。

 く、苦しい!無理!限界!

 顔を反らそうとするけれど顎を掴まれているから反らせない。仕方なく御門さんが顔の角度を変えた瞬間を狙って、ハァ!と大きく口を開いて息を吸ったら。

 それを待ち構えていたかのように、ヌルリとしたものが口内に滑り込んできた。

 あわ…あわあわあわあわあわ!ど、どうしよう!御門さんのベロが入ってきたよぉ!

 舌と舌が擦れ合って、揉み合い、頭が痺れて何もまともに考えられない。

 鼻を塞いでいた手は、私の背中と冷たい床の間に潜り込んだ。私の腰を抱き上げ、ピッタリと身体を密着させる。

 互いの舌先が銀糸を繋いで一旦離れ、御門さんが色っぽい吐息をハァ…と私の耳元で吐いた。その熱さに、身震いとまらな……。

 ………!!!!!????

 あ、当たってる!何か御門さんの制服越しに固いものが、私の太ももに当たってますって!

 それをすり付けるように腰を動かす御門さんは、目を細め、むせ返るような色香を放っている。これは誰。急に怖くなった私はドレッドさんに助けを求めた。




「た、たす…ドレッドさん!御門さんが怖い!助けてぇぇぇぇ!!」


「いや、あんたカズが笑顔見せるくらい気に入られてんの自覚しろよな。手ぇ出したらぜってぇカズ殴ってくるし。俺怪我すんの好きじゃねぇし」


「何ヨシに助けなんて求めてるんだい、君」


「ドレッドさーーーん!!」


「………ったく、おいコラ発情犬。起きてるやつ何人か居んだけど、そいつらに可愛いお気に入りちゃんの痴態を見せていいのか?」


「………………場所変えようかねぇ。モーテルとかホテルはいかにもで可哀想だし、うちに帰ろうかなー…。気が乗らないけど、そこなら邪魔が入らないしなぁ。よいしょ、っと」


「あんぎゃーーー!!」


「ハハハ!出たよ『行脚』。君それ好きだねぇ」



 人生初のお姫さま抱っこを経て、私は御門さんにお持ち帰りされた。結局、私は御門さんの中のキヌ子さんの立ち位置がよく分からぬまま、美味しく処女をいただかれましたとさ。

 めでたしめでたし……じゃねーよ!何で仲直りするつもりがエッチになってるの!?訳がわかんないよ御門さん!

 そうやって朝、御門さんに詰め寄ると、笑ってこう言ったのだった。



 ────人間、理屈じゃないんだよ、理屈じゃ。


 ……もっと、こう、ズバッと素直に納得いく事を言ってくれないかな!?ズバッと!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編読ませていただきました。 やっぱ目田日さんの書くヒロインは最高に私好みですよありがとうございます。今回の短編のゆいも可愛いすぎますよ!その前向きさで泣いちゃうとかもうどんだけ可愛いん…
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