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つきよのほしぎつね

作者: 鏡屋

その昔、ヒトという種族が栄えたEARTHという惑星から

一匹の大妖が眷族を引き連れてこの星にやってきた。

黄金に光り輝く九つの尾を持つあやかしぎつねである。

EARTHではヒトが幅をきかせはじめて厄介だから

この小さな惑星に新しく我らの国を創ろうというのだ。


「まず、太陽と月がなければいけないね」

狐たちは一度故郷星に戻り、EARTHでいちばん大きなひまわりと

いちばん美しい白牡丹の枝を持ってきた。

ひまわりを昼空に浮かべ太陽に、

白牡丹を夜空に浮かべて月にするためである。


EARTHにいたころからずっと太陽に憧れていたひまわりは

大喜びで文句なく太陽になれたのだが、そこで問題勃発。

手下の子狐が持ってきた牡丹の枝には花が三つついており、

どれも同じくらい美しかったのだ。

しとやかで誇り高い牡丹だから

ぎゃあぎゃあ騒いでケンカしたりはしなかったが、

心の中ではみな「自分が一番美しい、月になるのはわたしだ」と思って

つんと済ました顔でおのが姉妹を見ていた。


「みな順位をつけられない美しさだ。

 仕方ないね……ではすべて月にしてしまおう」

「よいのですか、玉面様」

「まあよい。折角ちがう星に来たのだから、

 EARTHと少し違うところがあったほうが素敵じゃないかえ?」


三つの白牡丹はぜんぶ月になった。

この星に衛星が三つあるのはそのせいだ。

牡丹の三姉妹は気まぐれで、三人とも違う速さで空を泳ぐし、

違うリズムで花を閉じたり開いたりする。

それでもやっぱり一つの樹から咲いた仲良し三姉妹、

何年かに一度は三人寄り集まって、同じ速さで空を泳ぎ、

同じリズムで花を開かせる年がある。

その年を、狐たちは

『ルーナ・シュラム・パロ』(月娘たちのおしゃべりの年)

と呼ぶことにした。



さて、太陽と月ができたら、

次は雨が降って海と川ができなければいけない。

狐たちはめいめい蛙やかたつむりに化け、雨雲を呼んだ。

このとき蛙が呼んだ雨よりもかたつむりが呼んだ雨のほうが多かったせいか

原始の海には最初、ぐるぐるうずまきの巻貝がいっぱいいたという。

おかげで今はこの星、海に洞窟に泥地に砂漠に

うずまきの生き物がEARTH以上に多種多様に進化している。


つぎは森だ。これも大変。

背の低いシダやキノコなんかは自然に生えたが、大きな樹はちょっと無理だった。

やっぱりだめかね、と九尾は苦笑して、故郷から持ってきておいた植物の種をまいた。

なんとか根付かせることができたけど

やっぱりどれも故郷星とは少し違った進化をした。

この星はEARTHより少しだけ涼しくて夏の果物はあんまり実らない。

代わりに秋の果物はよく実ったし、また新種の植物もできていった。


だんだんいろんな生き物が生まれ、自然は豊かになった。

狐たちは、星を汚さないように気をつけながら

暮らしやすい文明を創っていった。


        *        *        *



「九尾様、今宵は見事なシュラム月夜ですね」

「そうだね。満月が三つ仲良くならんでいる」


今夜は夏至祭だ。

鬼火をつめた提灯と満開の牡丹に照らされた境内は

夜だというのにかなり明るい。

たくさんの出店が並んでとても賑やかだ。

射的のスコンという音、焼きとうもろこしのいい香り、

くじ引きの当たりを告げる笑い声。

狗神、猫又、山烏に河太郎、老爺に浴衣娘、いろんな客がくる。



この星の主要都市はほとんど浮き島や高い山の上にある。

『ルーナ・シュラム・パロ』の年には

三つの月が海の水をひっぱって

そこだけ大満ち潮になってしまうから、すぐ沈む街では困るのだ。

もちろんこの広い神社も浮き島にあるのだが

今宵のような力の強い三望月の夜には海がせりあがってきて

逃がし池がいっぱいになり、

ときおり地穴から潮さえ吹き上がったりする。

透きとおった水面に満月が三つ並んでゆらゆら映る光景は

EARTHでは見ることのかなわぬ夢のような美しさだ。



「あの月は九尾様が浮かべなさったんでしょう?

 月読姫のケンカを鎮めるなんて、さすが、我らが玉面回聖様です」


世話役の子狐が微笑む。九尾も笑う。


あれから長い長い年月が経った。

神の位を持っているカレは不老不死だ。

眷族の狐たちも千年くらいは生きるが、さすがに不死とはいかない。

もう何代も代替わりして、今いる狐は最初のころ一緒にいた連中の

ひいひい孫やひいひいひい孫くらいになっている。

もうそろそろ星のなりたちを伝説でしか知らない狐ばかりなのだ。


「ありがとう」


EARTHにいたころ幾千年。この星に来て数千年。

もう―――何年生きたか、数える術さえ忘れてしまった。

数えきれないほど命を見送ったし

また数えきれないほど命の誕生も見た。


(どうなるんだろうねェ)


これだけ生きても結局、明日の自分なんか判りはしない。

別れのつらさを惜しむなら愛しいヒトなど作らぬがいいのか、

それを承知で愛するがいいのか、そんなことも判らない。

永遠の命を手にした狐、神と呼ばれる大妖怪、でもそんなものだ。


(まあ、終わりまでせいぜい楽しむとしようか?)


しゅうしゅうと吹き上がる潮が朱い鳥居を濡らすのを見ながら

星の大主はそっと世話役の子狐を撫でた。

子狐はちょっと顔を赤くしながら、でも嬉しそうに笑っている。



「そうだ、玉面様。お呼びになったお客様は

 全員受付を済ませたそうです」

「全員?ヒトのお客もみんな来たのかい」

「そういえば玉面様にまだ挨拶にいらしてない方もいますねえ。

 どれ……あ、あんなところで飴細工なんか見てる!

 招待客が主催者に顔くらい出したっていいでしょうに、まったくもう」

「まあいいサ。わたしが勝手に呼んだんだし。ちょっと行ってくるよ」

「あ、じゃ少々お待ちください。お支度を」

「いいよう。支度なんて」


コロコロと、狐独特の甲高い笑い声。

さわさわ揺れる九つの尾。切れ長の大きな瞳、目尻に朱をはいて。

この星と同じ名を持つあやかしぎつね。


「待ってください、玉面様あ」

「ねえ、お前、側に仕えて長いんだから

 そろそろ名前で呼んでおくれな」


そう、この惑星の名は


「我が名は?」


「御意。裟覇華(SAFACA)様」

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。EARTHを創造していく辺りが良いなと感じました。  どこか違うものや、特に“牡丹”のお互いに思う心情部分がお気に入りです。夢がありますね。それでは失礼致します。
[一言] とっても幻想的で面白かったです。 太陽と月の成り立ちとか、雨の降らせ方とか独創的で読んでて本当に心地よいひと時を過ごすことが出来ました♪ 難を言えば小説とは関係ないのですがバックの壁紙がちょ…
2006/12/24 22:37 退会済み
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