7.道理と感情論の比重
気がつけば、人間の赤ん坊になっていた。バニラムーンと名付けられ、愛称のバニラ(聞き覚えはある。何の事だっけ?)と呼ばれているらしい。その名を呼んだのは母で、声同様に優しそうな人だった。実際、優しく暖かな存在で。それから父と兄、それが現世での家族である。色々と思うところはあったが、まるで絵に描いたような――幸福、としか言えない生活を手に入れたのだ。自分の現金さに情けないとさえ感じるけれど…たとえ、どんな意図や思惑があろうと構わない、そう思ってしまった。あのカミサマが間違いに気付き、正しにやって来るまでは、堪能しなくちゃ損だろう??と。確実に幸せの絶頂、今までで一番長い生を謳歌していたのだ。
そんなバニラの人生に暗雲が立ち込めたのは十五歳の誕生日。国から成人を祝して届くカードに添えられた一通の招待状。現実逃避に走った原因である。
ティアベルリ帝国。この世界で最も権力を持つ大国。私が生まれ育った場所。治するは、ライアン・ルドルフ2世・フィン・ティアベルリ。先代が病で崩御し、若くして皇帝の座に就いた君主だ。その座に就き数年で、近年稀にみる名君と呼び声高い彼だが、一つだけ問題があった。側近たちを悩ませている唯一の欠点。――――まぁ、ここまで言えば大体の予想がつくだろう。皇帝陛下、御歳二十五……皇妃どころか寵姫の一人も娶っていないのだ。
基本、一夫一妻制の国ではあるが、一夫多妻という特別措置を、例外的に認める場合の代表が皇帝陛下、その人だった。なにせ後継者を残さねばならぬ立場。過去に女王が存在した隣国と違い、自国ティアベルリ帝国で継承権を持つのは、男子のみ。皇妃殿下が男子を授かれば、一夫一妻を貫くことも可能らしいが、それはなかなか難しく、現に愛妻家として極一部では有名な前皇帝も、妾妃を数人娶っていたそうだ。
余談(?)だが、その妾妃が産んだ男子が現皇帝である。彼は前皇帝の次男であったり、その下に皇妃の息子である元皇太子殿下もいらっしゃるのだが、その辺の事情は私が生まれて間もない頃の話であり、国家機密らしいので、詳しくは語るまい。国の中枢に関わっている筈のない私のような小娘が、重要とされる事柄を何故知り得るのか…大した理由がある訳でもないので、今は秘密。なんでも秘密の多い女はミステリアスで魅力的、だそうな。前世での飼い主の受売りだが。っと、話が脱線してしまったので元に戻すと、元凶は現皇帝陛下の女性問題、という訳だ。ちょっと違う?いや……話をはしょり過ぎただけ、かな??…うん。
彼が独身な理由を下世話な噂話から推測するなら、最も可能性が高いのは女嫌い(根本的な解決策はないだろうが、どうとでもなる問題だ。寧ろ不○説の方が有力だと思う。しかし、流石に国家の根本を揺るがしかねない、かつ、反逆罪に問われそうな内容を声高に発言できる愚か者はいない。それに名君は歓迎される存在で、陰口を叩くのは極めて少数派、それも大部分は国の先行きを案じて……ではなく、無意味で情けなささえ感じる嫉妬や妬みが発端なのだから、信憑性に欠けていた)。次点で逆に好色過ぎて、お手つきの女性を全員娶ったら国家が破綻、一部を娶って他からの不満が爆発(確かに皇帝陛下に手を出される機会が多い女性は、ある程度身分が高く、その親は自分の娘を皇妃に、または妾妃に、その可能性を充分に考慮して送り出しているだろう。それを中途半端に人数制限されては、理由を理解していたとしても納得できない者が続出しても無理はない)してしまうのを防ぐ為。秘密裏に問題を解決させようと有能な側近達が現在、暗躍している最中だなどと、真しやかに囁かれていた。
…して、その真実は――どちらも不正解、だった。真相を知っているなら勿体ぶらず、教えればいいと思うかもしれないが、噂は重度のロリコン説、シスコン説、マザコン説と各種、取り揃えられているのだ。その中から、なかなか事実に近い、内容を深く吟味していけば、もしかしたら正解に辿り着けるかもしれない、というものを紹介してみたのである。どれだけ多くの噂が出回っているかを知って頂き、如何に私が真相を確かめるのに苦労したか、真実を知った時のガッカリ感を共感して欲しくて。
自己満足で申し訳ない。そもそものきっかけは、偶然耳にした皇帝陛下の噂。
当時、暇を持て余してたバニラが、個人的に情報を集め、事実を知っただけ。他国の諜報機関に所属している筈もなく、誰かに報告する義務はない。悪趣味かもしれないが実益を兼ねた暇つぶしでしかないのだ。
皇帝の好みは高望み……いや、国の頂点に君臨するのだから、この場合、高望みというより、理想が高、では同意語だった…そういった意味合いではなく、好みに著しい偏りがあるらしかった。偏食家、ではない。月に何度かお忍びで専門職の方と一夜を共にするそうなので、女嫌い説と共に除外される。しかし一夜を共にした女性が、次を指名される事は無いそうだ。文字通り、一夜限り。ストライクゾーンとやらが極端に狭く、好みに合った相手以外を娶る気がないらしい。よって好色説も当てはまらなかった。国にとっては由々しき事態であるにも関わらず、完全に好みの女性を皇妃に迎え、絶対に後継者の男子をもうけさせる、と一体どこからその自信はくるのだろうかと疑問しか浮かばない宣言を、皇帝陛下は彼の側近にしているようなのだ。勿論、公には知られていない。彼らだって、それが強引で無茶な話だということは、きっと理解しているのだろう。ある程度、皇帝に付き合いながらも、妥協策を導き出す。
その結果がコレ。彼が皇帝陛下となって十周年を記念して催されるセレモニーという名の嫁選び。満十五歳、成人女性は全員参加可能なパーティーの招待状とは名ばかりの召集命令書。未婚者限定にしていないのは感づかせない対策かもしれない。しかし、あからさまだと感じるのは私だけではないだろう。それとも人妻歓迎とばかりに見境が無くなる位、切迫しているのか?どちらにしろ、バニラにとっては、不幸しか招かなそうな手紙だった。
待っていて下さった方がいた事に驚愕と恐縮、感涙が止まりそうにありません。まだまだ見せ場(やっぱり恋愛要素満載の絡みですよね?)に辿り着きそうにない現状に真っ青ですが、無理矢理にでも絡ませてやろうかと模索中です。展開を切って繋げて、また切ってと…初オリジに完成度なんて、私の実力じゃ求められそうにないんだから、娯楽性を追求せねばと焦りつつ、トキメキ要素皆無な自分自身を省みて、悟りの境地(遠い目)