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07,再会

 翌日登校した理は大人気だった。同級生のみならず2年3年の先輩女子たちからも「マコトく〜ん」と声を掛けられ、色紙を持参され何枚もサインし、握手攻めにあった。笑顔で快く応じる理を男子どもは「いいよな〜」とうらやましがり、多喜子は呆れ返り、ちょっと心配そうに見ていた。多喜子とはクラスも同じ1年A組だ。

 放課後、元々軽いアップだけの予定で、理と多喜子は挨拶だけして練習は休んだ。ここでも理は大人気で、また感極まって涙する山崎に両手をがっしり握られ、セクハラ部長はご機嫌で理の学生服の尻を撫で回した。記録は大会新記録で、理の計測タイムは400メートル決勝を更に3秒近く縮めるまさにオリンピック級の走りだった。表彰式では山崎が優勝カップをもらい、またも大泣きしたそうだが今度はちゃんとした盛大な拍手をもらったそうだ。ちなみにカップや賞状はいったん顧問が学校に持ち帰り、後日全校集会で改めて他の部と合わせて表彰式が行われる。

 部への挨拶を終えた理と多喜子はいっしょのバスに乗り、多喜子の家に向かった。


 多喜子の家は古い住宅街にある庭付きの一戸建てだ。

「ただいまー」

 と玄関に入る多喜子に続いて

「お邪魔します」

 と理が入った。

 ワンピースの礼服を着た多喜子の母が出てきて理を見て驚いた。今日は髪を後ろにまとめている。

「あら、マコちゃん」

「こんにちは」

「どうしたの?」

 多喜子の母は娘に目で訊いた。

「マコトもタツミおじさんのお通夜に出たいって」

 多喜子の母は首を傾げて理に訊いた。

「マコちゃん、辰巳さんをご存じだった?」

 多喜子は理の「実の父親」の秘密を家族に話していない。理は神妙な顔で答えた。

「子どもの頃一度だけお会いしました。でも実は僕が用があるのは会社の人で、先日奨学金のことでお話をいただきまして、その相談を」

 と、適当な嘘をついた。

「ああ、そうなの。マコちゃん優秀だものねえ」

 と母は納得し、そこへ黒の礼服姿の多喜子の父が出てきた。

「おお、理君。お久しぶり」

「おじさん。お久しぶりです」

 多喜子の母には中学卒業式、高校入学式で会っているが、父とは1年以上会ってなかったと思う。多喜子の父もテニスが趣味だけあって肩のがっしりした胸板の厚い体をしている。多喜子はどちらかというと母親似のようで、父親は角張った頑丈そうな顔をしている。

「理君も辰巳の通夜に出てくれるのか?」

「一度、お会いしたことがありましたよね?」

「ああ、そうだったね。あの時は多喜子が泣いてたいへんだったっけ?」

 父親はよく覚えているようで娘を見て懐かしそうに笑った。

「お父さんまで言わないでよお」

 と多喜子は頬を膨らませ、

「じゃ、あたしも着替えてくるから」

 と階段を自分の部屋へ上がっていった。

「僕はこれでかまいませんよね?」

 理は黒い学生服を着ている。衣替えの時期を迎えてほとんどの生徒はワイシャツや半袖シャツになっているが、頑固に学生服を着ている者も少数だがいる。理は今日は特別だ。

「うん。かまわないよ。君も来てくれればあいつも喜ぶだろう」

 多喜子の父は立派に成長した理を眩しそうに目を細めて見て、優しく、寂しそうに笑った。

「マコちゃん、上がって。麦茶くらい出すわよ」

「それじゃ、お邪魔します」

 理は数年ぶりの彼女の家に照れくさそうに靴を脱いで上がった。


 式は7時からということで、礼服に着替えて下りてきた多喜子とけっきょくみんなで軽く菓子パンを食べて腹ごしらえをした。話題はやっぱり理の二つの優勝のことで、多喜子の母は、

「リレーもテレビで見たわよ? すごかったわねえ!? 100年に1人の逸材ですって!」

 と興奮して言った。

「なんだかみっともなかったみたいですねえ」

 と理は苦笑いした。理は多喜子の父に訊いた。

「おじさんは辰巳さんとは高校からの親友だそうですね?」

「ああ、そうだよ。俺とあいつもテニスでダブルスを組んで国体に出て準優勝したんだぞ?」

「高校生でですか?」

「ああ、そうだよお?」

 どうだ?という感じで自慢そうに言った。

「ええっ? お父さんってそんなにすごかったの? 知らなかった」

 と多喜子も楽しそうに目を丸くし、父親は得意満面になったが、

「ま、本当にすごかったのは辰巳の奴なんだけどな。俺はなんかあいつと相性がよくてな。テニスを離れても友だちだったし。あいつは本当にすごいからなあ、何しろ……」

 宙を見上げて考え、妻と目を合わせてニヤリと笑い、娘には

「ま、後で教えてやるよ」

 と言った。

「えー? なになに?」

 と聞きたがる娘に、

「うん…、まあ…、帰り道にでもな」

 と微笑み、皆に寂しさを思い出させた。


 6時を回って多喜子の父の運転する車で葬儀場に向かった。

 佐津川グループ傘下の会社の経営する大きな葬儀場だったが、さすが佐津川グループの実質的当主の通夜だけに参列者が多く、少し離れた第3駐車場に駐車して歩かねばならなかった。

 多喜子の父は長机を3つ並べた受け付けに香典を渡し記帳した。理も記帳だけさせてもらい、受け付けの男性に高美の名刺を差し出し、

「この人がいたらお会いしたいのですが」

 と告げた。男性は名刺と記帳の名前を見比べ、

「少々お待ちを」

 と他の者を係に呼んで、式場の方へ向かった。

 理が列から離れて待っていると、

「理さん」

 呼びかけられて理は振り返った。ビシッとした礼服の似合う高美がいささか迷惑そうに顔を曇らせて立っていた。


「理さん。さすがに行動力もおありのようだ」

「すみません、お忙しいところお邪魔しちゃって。その後なんの連絡もないからどうしたのかなあ?って」

 理の反応を見る目に高美は難しそうに眉を寄せ、下を向いた。

「実は僕も辰巳さんを知っていたんですよ」

「えっ」

 高美はひどく驚いた顔を上げた。

「たまたま偶然、幼なじみのお父さんが辰巳さんのご友人で、僕も一度子どもの頃テニスに誘われてお会いしたんです」

「あ……………」

 高美は思わず口を半開きにし、いかにもしまったという感じで二度三度頷いた。

「ああー……、そうでしたか……、代根さんの娘さんでしたか……………」

「ご存じでしたか?」

「ええ、そりゃあ。名前だけはよく存じております。辰巳さんの親友の方ですからねえ。いや、まさかあなたが代根さんのお知り合いとは、うっかりしていました」

「失敗、ですか?」

「いや、そんなことはないが……」

 高美は表情を和らげ苦笑した。

「では代根さんとごいっしょに?」

「ええ」

 理は捜して、少し離れて理を待っている三人を見つけ、高美も理の視線で見つけると、『ああ』と頷き、深々とお辞儀した。多喜子の父も不思議そうにしながらお辞儀を返した。

「僕も辰巳さんにお会いしていってかまいませんよねえ?」

「それはもちろん。会っていってあげてください。あのこちらの事情については」

「後で、ということで。お忙しいのでしょう?」

「ええ、まあ」

「僕も、前知識なしに会ってみたいので。自分の父親かも知れない人に」

 高美はなんと言っていいのかまた難しい顔になった。考え、言う。

「それでは、ご焼香を済ませたらそのまま会場を出てくれますか? わたしもタイミングを見て抜け出していきますから」

「分かりました。では後ほど」

 理は軽く挨拶して待っている三人の所へ行った。高美ももう一度多喜子の父母にお辞儀して自分の仕事に戻っていった。

「今の方は?」

「会長お付きの偉い人。高美さんって方です」

「そう……」

 多喜子の父も心当たりがあるようで頷いた。

 多喜子はじっと張り詰めた目で心配そうに理を見ている。多喜子も母親同様黒のワンピースを着て髪を後ろで黒のリボンでまとめている。子どもがこういうかっこうをするとひどく子どもに見えるか大人っぽく見えるかどちらかだなと思うが、多喜子は大人っぽいなと思った。


 広い会場に500人もの弔問客がパイプ椅子に座り、こりゃあ時間が掛かるなあと思ったが、高美の計らいで前の方の席に案内してもらえた。

 白菊に飾られた真っ白な祭壇に遺影が掲げられている。

 軽く斜めを向いて微笑む顔は、爽やかな好男子だった。

 享年47歳。

 写真は耳の辺りを中心に4割方白髪で最近のものと思われるが、表情ははつらつとして若々しかった。

 えらいハンサムなおっさんだなと理は思った。彫りが深く、線がくっきりして、クラシカルな言い方をすれば和製アラン・ドロンだ。

 自信にあふれながら嫌味がなく、強さに裏打ちされた優しさを滲ませ、上流階級のお坊ちゃんの良い面だけが現れている。

 僧侶が入場し、読経が始まると後ろの方のあちこちからすすり泣きが聞こえた。前の方はお偉いVIPさんたちで、後ろの方は平民たちだろうからパフォーマンスではなく心からの涙だろう。現在のところまったく非の打ち所のない好人物だ。

 読経が進み、前の席から順に促されて焼香に立った。前の方ではあるがだいぶ待たされ、理たちの番になった。

 立ち上がり真ん中の通路に進み、列に並び、1人分ずつ進んでいく。多喜子の父、母、多喜子の順で席の最前列に並ぶ遺族に挨拶し、焼香し数珠を持った手を合わせ、再び遺族に挨拶して横へ進んで、外側を回って自分の席へ戻っていく。

 焼香を済ませ遺族に挨拶する多喜子の父は目を赤く潤ませ、泣き出すのをこらえる歪んだ顔をしていた。多喜子の母は切なそうに眉を寄せてぽろぽろ涙をこぼし、ハンカチで口元を覆っていた。多喜子も悲しそうにぽろぽろ涙をこぼしていた。

 理の番になった。左手に並ぶ遺族たちに軽いお辞儀をした。一番内側の老人は分かる。佐津川グループ会長佐津川大吉氏だ。そのとなりの老婦人が奥さんか。さらにとなりで泣いているのが辰巳氏の奥さんか。その向こうは辰巳氏の兄弟たちか?

 さっと見て遺族たちの印象を焼き付けた理は、前に進み、いよいよ辰巳氏と面会した。

 白木の箱の窓が開いて故人が顔を見せている。

 ああ、ずいぶん痩せているなあと理は思った。写真で見るより10は年寄りに見える。綺麗にお化粧をして、これでもずいぶん良く見せているのだろう。髪の毛も写真通りふさふさしているが、おそらくかつらだろう。苦しい闘病が思われて理も胸が痛んだ。

 さて、自分はどう感じているのだろう?

 理は今の心の状態を忘れないようにして、辰巳氏に目礼し、焼香を終えた。

 再び遺族に挨拶し、あちらから挨拶を返されると横へ進んだ。

 高美氏が立って式の進行を見守り、理が目で合図を送ると向こうも目蓋を閉じて答えた。

 理はあらかじめ多喜子の父たちに断ってあるのでそのまま立っているスタッフたちに目礼しつつ式場を出た。

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