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04,血のつながらない父

 10時半、予定通り父忠穂が帰宅した。

「よお、ニューヒーロー。ニューレコードおめでとおっ!」

 玄関から忠穂は上機嫌だった。

「なんだ、もう知ってんの?」

「ああ。近所のおばさん情報。夕方のニュースで映ったってさ。よお、このやろう、女の子の声援がすごかったらしいじゃないか? いやあ羨ましいねえ〜」

 アルコールを飲まない忠穂がすっかりナチュラルハイでいい気分になっている。

「はいはい。鼻が高いだろう? せいぜい出来のいい息子を自慢してくれ」

「店にでっかい写真張り出してみるか? 女の子のお客が増えるかな?」

「勝手にしてくれ。ところで父さん、これから客があるぞ」

「客? うちにか?」

「うん」

 理は高美の名刺を差し出した。受け取った忠穂は首を傾げた。

「佐津川グループって、あの佐津川グループか? うちになんの用だ?」

「やっぱり心当たりないか? 俺の父親のことで話があるようだぞ?」

 忠穂はビクッとして息子を見つめ、目を瞬かせた。

「おまえの父親、この人なのか?」

「いや、本人じゃないだろう。ま、落ち着いて飯にしてくれ」

「なんか喉を通りそうにないけどな」

 忠穂は手洗いをしてテーブルに着くと店の売れ残りの弁当を食べだした。セリフの割りにはパクパクとハイペースでご飯とおかずを口に運んだ。理は「ゆっくり食べろ。もたれるぞ」と注意して、高美との会話を話した。

「ふうーん、なるほどねえー」

 忠穂はさっさと弁当を食べ終え、お茶を飲みながら言った。店から帰ってもこれから仕入れのチェックなどまだ仕事は残っている。

「会長……じゃあないだろうなあ? たしか佐津川グループって先代が一代で築いたワンマン企業だろ? その先代ってのがその会長さんだろうな? なら、もうけっこうな年だろう? いくらなんでもなあー……」

 忠穂は妻との関係を思ってさすがに苦い顔をした。

「会長じゃなけりゃ、その息子か………」

 どっちにしてもあまり面白くない顔の父に理は訊いた。

「佐津川グループって、でっかいんだよな?」

「ああ。母体は、運送業か? いろいろ手を伸ばして、今じゃ化学工業から医薬品から小売業まで、かなり幅広くグループ会社を従えた県下随一の複合企業体だぞ?」

「金持ち?」

「超の付く大金持ちだろうぜ?」

 忠穂は複雑そうな顔で息子を見た。

「実はおまえがその大財閥のお坊ちゃんだったとはなあー」

「そうと決まった訳じゃあない、と、高美さんも言ってたぜ?」

「なんだろな、その含みのある言い方は?」

「至急の事情、とも言ってたからね、あんまりいい事情とも感じなかったな」

「そうか…」

 忠穂は壁の時計を見た。

「じゃあ俺は軽くシャワーだけ浴びてくるわ。その高美さんが来たら待たせておいてくれ」

「わざと長シャワーして意地悪すんなよ?」

「んなガキみたいな真似するか」

 忠穂はブスッと立ち上がり、理はニヤニヤ見送った。


 忠穂は熱いシャワーを浴びながら、

『ま、あいつの人生だ』

 と自分の気持ちをニュートラルに切り換えた。


 しかし忠穂がシャワーを浴びて戻ってきても高美氏はまだ来ていなかった。忠穂は

「遅いな?」

 と時計を見て言った。11時を10分回っている。

「だな」

 理も困った顔で言った。

「俺明日も早いんだけどなあ」

「じゃあ寝ろ。話は俺が聞いておく。どうせ俺は後2時間くらい起きてるから」

「そう。じゃ、よろしく」

 おやすみー、と部屋を出ていく息子を見送って、

『眠れるのかよ?』

 と忠穂は怪しんだ。きっと気になって寝付けないのだろうが……

『これで眠れたら大した大物だぜ』

 と内心笑いながら、

『いや、あいつなら本当に眠っちまうかもな? なにしろあいつの子だからなあ……』

 とも思った。

 果たして、仕入れ計画表を書き上げて2階の部屋の前でそっと様子を窺うと理はぐーぐーいびきをかいて眠っていた。

「大した大物だぜ」

 忠穂は呆れ返った。

 結局、高美氏は馬場家を訪れなかった。



 朝、電話を取ったのは理だった。

 電話を掛けてきたのは高美氏だった。

 眠そうに顔をしかめながら忠穂は理が話すのを見ていた。

『昨夜はまことに申し訳ありませんでした。事情が、その、急変いたしまして、そちらへ伺うことが出来なくなってしまいました。まことに申し訳ございませんでした。また後日、日を改めましてご連絡させていただきます。まことに……残念です………。それでは、申し訳ございません、失礼いたします………』

 ほぼ一方的な会話を終え、高美氏は電話を切った。

「だとさ」

 と理は内容を伝え、忠穂は、

「なんでえ、それ?」

 と言ったが、面白くなく顔をしかめ、表情を曇らせると言った。

「良くないこと……が起こったかな………」

 忠穂は息子を心配したが、

「そうかもね。じゃ、俺、もう出るから」

 とカバンを肩に玄関に向かった。

「早いな?もう行くのか? 車で送って行くぞ? 店に寄って差し入れ持ってけよ?」

「いや、コンビニならスタジアムの前にもあるから」

「なんだよお、他の店で金使うな」

「今日はさ、」

 靴を履きながら理は父を振り返って照れた笑いを浮かべた。

「タッキーのレースがあるんだ。あいつ絶対すっげー緊張してるだろうからいっしょに行ってやる」

「そうかよ」

 忠穂もニヤニヤ息子を見た。

「多喜子ちゃんによろしくな。しっかり応援してやれよ?」

「かえって緊張を煽りそうだけどな。じゃね」

「おう。おまえも頑張れよ」

 忠穂は息子を笑顔で見送り、ドアが閉まってしばらくしてから眉間に深いしわを寄せた。

「嫌なことにならなければいいがな……。まったく、理花、俺に面倒押しつけて先に死んじまうなんて、俺は一生許さねえからな」

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