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03,母を捜す男

 スタンド裏のコンコースには各校がブルーシートを広げてバッグを置いたり休憩したりするのに使っている。

 午後1時のレースをまたいで理は昼食を2回に分けて取っていた。

 1年女子=代根多喜子がいっしょにいた。

「はい。おかず。めぐんであげる」

 とウインナーや卵焼きの入ったお弁当箱を差し出した。

「どうせあんたはまたコンビニのおにぎりでしょう?」

 と、その通り、理はビニールを剥いた三角おにぎりを頬張っていた。

「仕方なかろ、店の売り上げに貢献せにゃ」

 理の父はコンビニの雇われ店長をやっている。実は理が食べているのは店の前日の売れ残りのおにぎりだ。具材は保ちのいい梅干しとおかかだ。

「大会の日くらいねえー」

 多喜子は呆れたが、

「バーカ。食い慣れた物がいいに決まってるだろう」

 と、多喜子が用意してくれた箸を使ってウインナーをパクリと食べた。

「と言いつつ食べてるしー」

 と多喜子が嬉しそうに言うと、

「だから食い慣れたもん」

 と卵焼きをつまんだ。多喜子は赤くなりながら

「このー、たかりの常習犯め。あんたはカラスか」

 と睨んだ。

「ふっふっふー、この俺にそんなこと言っていいのかなあー?」

「なによお?」

「父さんだって大事な一人息子の晴れ舞台に売れ残りだけってのもひどいだろう? 開けてみ」

 理に示されたクーラーボックスを多喜子は引き寄せふたを開けた。中にはコンビニのデザート各種が入っていた。

「おおお〜〜、豪勢え〜〜」

 多喜子は手を合わせて喜び、

「好きなの食っていいぞ。全員分はないからな、他の女子にも教えてやれ」

「それじゃいっただっきまあ〜す」

 多喜子はプリンアラモードのカップを取った。

「あんたどれがいいの? 取っておくように言っとくよ?」

「俺はいいぞ。ま、大丈夫だと思うけど、食中毒なんて起こさないようにさっさと食べちまえ」

「駄目だよおー、せっかくお父さんが用意してくれたんでしょう?」

「いいよ。学生レコード更新のお祝いに新しいシューズねだる予定だから」

「おお、言ったな?ビッグマウスめ。じゃあねー、もし本当に学生レコード更新できたらあ……、帰り道、あたしが何かプレゼントしてあげようか?……」

「へえー? 何?」

「何がいい?」

「うーーん…」

 理はモグモグ口を動かして考え、多喜子は胸をドキドキさせて見守った。

「そうだなあー。綾瀬先輩の着替え写真」

 バシーンと多喜子の平手が理の頭を張った。

「こお〜のお〜、エロ男子があ〜〜」

「あははは、冗談冗談。じゃあさー、本当に俺の欲しい物くれる?」

「なによおー? ブラジャーとか言うんじゃないでしょうね?」

「くれるんなら欲しいけど」

「…………」

 むっつり白い目で睨んだ多喜子は、理の綺麗な瞳にじっと覗き込まれて思わず狼狽した。

「まさかパンティー………」

 多喜子は理のまっすぐな瞳を黙って見つめ返した。理が言った。

「おまえさあ、まだ……」

 と、その時である。

「おお、いた! こいつう〜〜」

 3年の先輩が大声を上げて向こうからやってきた。理の視線がそっちの方を向き、多喜子は内心『チッ』とお邪魔虫な先輩を睨んだ。青春ドラマにはお約束な展開である。

「馬場あ〜〜」

 どういうつもりか両手を広げて向かってきた先輩は、

「こおらっ、山崎い!」

 柱の陰から出てきた3年女子の先輩にウェアの首を掴まれて引っぱり戻された。

「あんたあ、せっかくのムードぶち壊しやがってえ〜、この、唐変木!」

「なんだよ、吉岡あ? うわっ」

 3年女子の後ろには柱の陰からわらわらと女子部員たちが現れて怖い顔でデリカシー欠如の3年男子を睨んだ。

「山崎先輩のバカ! せっかくいいところだったのにい〜!」

「え? な、なんだよ?」

 女子たちの睨みに山崎はたじたじとなった。

 多喜子は呆れた。

「吉岡先輩。華子まで。あんたらこそそこで何してんのよ?」

「悪い、タッキー! さ、続きをどうぞ!」

「できるかっ!」

 多喜子はすっかりプンプン怒ってしまった。覗き女子たちのリーダー吉岡は仕方ないと肩をすくめ、

「マコく〜ん。それ、いただいちゃっていいのお?」

「ええ、どうぞ」

「そいじゃ、いただきまあーす」

 と、女子たちはわらわらとクーラーボックスに群がってコンビニスウィーツをきゃっきゃと取り合った。

「あのー、俺……」

 一人寂しく突っ立つ山崎に、吉岡は

「あん? 何よ?」

 とエクレアをくわえて冷たく訊いた。

「俺も残ったんだよ〜、タイムで残り2人に入ってさ。俺、初めて決勝進出したんだぜ〜?」

 感極まって泣き出しそうな山崎に、同級生の吉岡は

「あっそ。おめでと。じゃ、頑張って」

 とまったく無関心に言った。

「馬場あ〜」

 練習仲間の先輩に泣きつかれ、理は

「はいはい、先輩。頑張りましょうね」

 となだめるように穏やかに言った。

 すっかりいつも通りのおちゃらけた顔に戻ってしまった理を見て多喜子はため息をついた。

 恨みを込めて先輩吉岡に言った。

「なんかうちの部って緊張感なさ過ぎじゃありません?」


 午後4時。女子の決勝レースが終わり、入れ替わりに男子がコースに出て練習を始めた。最初は皆長袖長ズボンのウェアを着たまま23本軽いダッシュをして感触を確かめている。やがてウェアを脱ぎ、ユニホームになるとスタートブロックを微調整して本格的にダッシュの練習をする。

 北光高校のユニホームは黒地に赤と白のデザインが入った男子はランニングシャツにぴったりした短パンタイプだ。

 審判によって練習が止められ、選手たちはそれぞれのスタート位置に着いた。

 選手紹介のアナウンスがされる。

『男子400メートル走決勝レースです。日本記録は1991年高野進選手の44秒78。ジュニア記録は2010年東洋大学有田希選手の45秒10です。このレースではジュニア記録更新が期待されます。ご注目ください。それでは選手紹介です。内側より第1レーンを空けまして、

 第2レーン、北光高校、山崎勉選手』

 山崎は緊張でガチガチになった顔で手を上げ、挨拶した。

 選手たちが紹介されていき、

『第8レーン、北光高校、馬場理選手』

 パチパチパチと大きな拍手が鳴った。スタート・ゴール地点のスタンドはびっしり観客が席を埋めている。特に前の方は各校入り乱れて女子が占領している。

 理は手を上げ、スッとお辞儀した。

 口元にリラックスした笑みを浮かべているが、目は、まっすぐ先を見つめ、さすがに真剣だ。

 理は身長175cm。色が白く、あまり日焼けしないようだ。

 柔らかな肩と脚をしている。他の選手のようにガチガチの筋肉をしていない。脚が長い。

 第9レーンまで8人の選手が紹介され、いよいよスタート。

『オン・ユア・マーク』

 各選手腰を下ろしラインに手を付く。

『セット』

 膝を伸ばし尻を上げ、ぐっと前傾し、静止する。

 間を置かず、

 パアンッ。

 スターターピストルが白くスパークし、8人一斉にスタートした。

 理のスタートダッシュは速い。まさに弾丸のように飛び出し、自然に体を起こすと飛ぶように大股でタータンをスパイクが「パタパタパタ」と軽い音を立てて蹴っていく。

 選手たちが直線に入ってくるとスタンドは興奮にわいた。先頭で後続を引き離して走るのは理だ。圧倒的に速い。決勝を走る1年は理一人で、他はすべて3年生だ。

 観客から思わず「すごい…」と声が漏れた。理の走りは歩幅がとにかく広い。バネの付いた足で軽やかに跳んでいるように見える。実際はスパイクで一歩一歩はるか後方へものすごい脚力で蹴り飛ばしている。

 コーナーでも内側から追い立てられてくることもなくラストの直線も独走だ。しかし今度は流すことなくまったくフォームを崩すことなく脚の回転もトップスピードを維持したまままっすぐゴールを切った。

 わーーーっと歓声と拍手がわいた。2着以下がどどどっ、と駆け込んできて、理もさすがに肩を上下させてハアハアと大きく息をついていたが、座り込むようなことはなく、スクリーンに結果が出るのを待った。観客たちも正式な記録が出るのを今か今かと待ちわびた。出た。

『只今のレース、ジュニア記録が更新されました。1着第8レーン北光高校馬場理選手、45秒05のジュニア新記録です。おめでとうございました!』

 わああーーっとまた盛大な拍手が起こった。理も嬉しそうに満面の笑みで両手を上げて拍手に答え、大きなカメラを構えた報道カメラマンたちが寄ってきて盛んにシャッターを切った。ゲート付近に帰ってくるとテレビカメラを前にテレビや新聞のインタビューを受けた。インタビューから解放されると「マコトくーーん!」と女の子たちの声が降ってきて、理はそれにも笑顔で手を振った。そんな女の子たちの声を押しのけるように

「マコー! ナイスラン!」

 と大きな声が降ってきた。理は親指を立てた手をぐっと伸ばし、声、多喜子に答えた。どうだ!という得意満面の顔に多喜子も『にくったらしい奴〜』と鼻にしわを寄せながら嬉しくて堪らないように笑っていた。

 上の方から双眼鏡で熱心にあのスーツ姿の中年男性が理を見ていた。彼はレースもずっと双眼鏡で理の姿を追い、今もじっと理の顔を見つめている。興奮した女の子たちの影に理が隠れてしまうと、ようやく双眼鏡を下ろし、

「間違いない…、彼だ!」

 と興奮したように口走り、慌てて、新しいスター誕生にわく観客席を「すみません、すみません」と人を掻き分け必死に前に出た。

「すみません」

 女子高生の白い目に睨まれながら最前列に出た男性は必死に理に訴えた。

「馬場理君!」

 理は男性のただならない様子になんだろう?と見上げた。

「君に大事な話があります! 是非、聞いてください!」

 身だしなみの良い紳士の必死な様子に理は首を頷かせ、

「あっちで」

 と北光高校の横断幕の張られたサイドスタンドを指さした。

 男性は頷き、ほっとして笑顔になった。

 多喜子は理の見上げる男性の横顔を不思議そうに見つめた。


 中年紳士が人のまばらなサイドスタンドで落ち着かなく待っていると、

「すみませ〜ん、こっち」

 と裏への通路の陰から理が手招いた。紳士は緊張した面もちで小さく頷き、足早に通路に向かった。

 スタンド裏のコンコースはどこも学校のブルーシートでいっぱいだが、ほとんど人は出払っている。周りに誰もいないのを見渡して理は紳士を巨大なコンクリートの屋根の下へ招いた。

「すみません、こんな所まで呼び出しちゃって。なんだか深刻そうな様子だったんで」

 仲間内では大いばりで偉そうな理も年長者への礼儀はわきまえて頭を下げた。

「いやとんでもない。突然すみません」

 紳士も頭を下げ、

「わたくし、こういう者です」

 と、ていねいに皮の名刺入れから名刺を1枚取り出して理に渡した。


  佐津川グループ会長室 室長 高美 俊尚


 とある。

「高美(たかみ)と申します」

「はあ。佐津川グループの……。僕にどういうご用でしょう?」

「はい……。すみませんが確認させてください。あなたのお母様は馬場理花さん、旧姓明川理花さん、でよろしいでしょうか?」

「ええ」

「はい。…お母様は……」

「母は8年前に亡くなりました。僕が小学2年生の時に」

「そうなのですね。交通事故に遭われたのですね? まことに残念です。まことにぶしつけではありますがこちらも至急を要することであなたのお母様について是非お聞きしたいことがあるのです。お父さまはコンビニエンスストアで店長をなさっておられるのですね? 今日は何時頃お戻りになられますでしょう?」

「今日は10時半頃帰ると思います」

「そうですか。では、遅くで申し訳ありませんが11時頃、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 理は困った。

「そう言われても僕からは…」

「是非、よいとおっしゃってください。あなたに関することなのです!……」

 言ってから、紳士=高美は、つい口が滑ったと苦い表情を浮かべた。理は冷静な目でそれを観察して言った。

「つまり、それは僕の父親について、ということですか?」

 高美は後悔するような痛ましい顔になった。

「ご存じ……なのですか?……」

 理は平気な顔で答えた。

「ええ、知ってます。僕と父は血はつながっていません。父から聞きました」

「そうでしたか……。それならば、言ってはなんですが話が早い。そうです、あなたの父親に関することです。慎重を要することなのでここでは言えないのですが……、お父さまにお会いしたときにお話しいたします」

「それなら父を訪ねたらよかったのに」

「そうでしたねえ。しかし、一刻も早く自分の目であなたを確かめたかったものですから。確かに、お父上に先にお会いすべきでしたが、あなたを見たら、いても立ってもいられなくなってしまって……」

 高美はどこか懐かしいような目をして微笑んだ。

「いや申し訳ない、まだそうと決まったわけではないのですが、あなたにお会いできて嬉しかったです。それでは今夜、よろしいでしょうか?」

 理も仕方なく笑って答えた。

「ええ、いいでしょう。父が帰ってきたら驚かしてやりますよ」

 高美は微笑みながら、ふと、心配そうな陰を作った。理は察して言った。

「まあ…、大丈夫でしょう。息子から言うのもなんですが、父もなかなか面白い人間ですよ?」

「そうですか。それはお会いするのが楽しみです。それでは、よろしくお願いします」

 高美は頭を下げ、もう一度しっかり理の顔を脳裏に焼き付けると、微笑んで外に向かって歩き出した。


 紳士が行き過ぎるのを待って、多喜子は柱の陰から出てきて理に近づいた。

「こら、盗み聞き」

「聞こえてない聞こえてない」

 多喜子は慌てて手を振った。

「でも、誰?」

「ん〜〜〜〜」

 理は名刺を見せてやった。

「佐津川グループ会長室室長?」

 ふうーんと多喜子も消えていった紳士の背中を目で追った。

「さすが上等なスーツ」

「おまえ紳士服なんて分かるのか?」

「なんだって一級品は見れば分かるわよ」

「へえ、そりゃ大した鑑定眼で」

「で? そんな偉い人があんたになんの用なのよ?」

「偉いのか?」

「偉いでしょー? あの佐津川グループの会長の直属のナンバー1でしょ?」

 ふむと理は考えた。高美は柔和な笑顔を見せていたが、上品な顔立ちと鋭い知性を感じさせるきりっとした目をしていた。年は40後半といったところか?

 室長というのは単なる秘書という役回りとも違うのか?

「やっぱ、偉いかなー……」

 理は興味津々といった感じの多喜子を見て、なんでもないことのようにぽつりと言った。

「実はさ、俺と父さん、血はつながってないんだ」

「え……………」

 言われた多喜子の方が衝撃を受けて顔が凍り付いてしまった。

「………………」

 何か言いたいのだろうが言葉が出てこない。理は面白そうに眺め、ふっと優しく微笑んだ。

「実はそうだったんだよ。いずれ分かるときが来るかも知れないからって中学に上がるときにな。血液型の上では母さんがAB型、父さんがB型、で、俺がAB型で、ばれないんだけどな、まあなんのきっかけがあるか分からないからな、教えておくって」

「……やっぱり、ショックだった?……」

 多喜子は聞いてしまったのが後ろめたいように落ち込んだ顔で訊いた。

「いやーー、そうでもなかったなあーー」

 理はまるで人ごとのように過去の自分を思いだして言った。

「面白いなあ、って感じだったかなあ?」

「はああ〜?」

 多喜子は呆れ返った。

「あんたとことん超然としてるわね? 自分の身の上まで面白がるわけ??」

「しょうがねえじゃん」

 理はニヤニヤ怒る多喜子を見て言った。

「自分の生まれなんて自分でどうこう出来る訳じゃなし、俺は俺だ、変わりゃしねえもん」

「おーおー、さすがオレ様キングね」

「それになー…」

 理は首を傾げ、遠くを見る目をして、微笑んだ。

「俺、子供心にも父さん母さんに愛されてるって分かってたからなー……」

 多喜子をクリッとした目で見て、

「ほら、俺ってやたら可愛い子だったじゃん?」

 多喜子もニヤニヤ笑った。

「そーそー、よく女の子と間違われたもんねー? あ、それは今もか?」

「う〜〜、部長のセクハラ思い出した。あの人の目は洒落にならなくて恐いぞ?」

「そうだよね」

 多喜子は自分を納得させるように言った。

「あんたたち、すっごい仲のいい親子だったもんね?」

「そうだな」

 理は多喜子から目を逸らし、嬉しそうに笑った。

「それで……、あなたの実のお父さんは、誰なの?」

「分かんない」

「教えてもらえないの?」

「いや、父さんも知らないって」

「はあ?」

 多喜子はまた頭が混乱した。

「そんなこと……ないんじゃない? あなたのお父さん、あなたが誰の子かも知らないであなたを自分の子どもとして育ててたって言うの?」

「まさにその通り」

「本当かなあー? 自分だったら……かなり抵抗あると思うし、お母さんだって……………」

 多喜子は言いづらそうに上目遣いで理を覗き見た。

「母さんが何を考えていたのかは、謎だ。父さんと母さんはまだ俺が母さんのお腹の中にいるときに結婚したんだ。その赤ん坊の父親が誰なのか? それは訊かない約束だったってさ。でも俺が大人になったら教えてくれる約束だったそうだけど、その母さんが事故で突然死んじゃって、真相は母さんといっしょに墓の中ってことになっちまった」

「そうだったんだあ……………」

 多喜子は長いつき合いの中で幼なじみの家族にそんな秘密のあったことを思ってやはりちょっと暗い気持ちになってしまった。

 多喜子は理の手の名刺を見て、また上目遣いで理を見た。

「もしかして、あなたの本当のお父さんが…………」

「うーーーん…」

 理は名刺をぴらぴらさせて言った。

「そうなのかもな。ま、今夜はっきりするだろう」


 理は男子400メートル優勝の表彰を受けた。本日の日程もほぼ終わり、スタジアムを後にする学校も多かったが、表彰の行われるメインスタンド中央はまた女子高生を中心にいっぱいになった。

 表彰台の一番高いところで贈呈されたトロフィーを高々掲げて手を振る理の顔は得意さで明るく輝き、出生の秘密が明かされるかも知れないという不安などまるで見受けられなかった。

 ちなみにいっしょに走った3年の先輩山崎は8位入賞で賞状を受け取り男泣きに泣いてスタンドの温かい失笑を買っていた。


 北光高校はスタジアムと同じ市内にある。市外の高校の生徒たちはまとまって貸し切りバスや路線バスに乗っていったんそれぞれの学校に向かうようだが、理たちは簡単に現地集合現地解散だ。

 家が近所の理と多喜子は路線バスに乗り、バスを降りてからもいっしょに歩いた。

 家の近所まで来て、空が赤く染まり辺りが薄暗くなった中、多喜子は思いきったように言った。

「マコ。あのさ、優勝と、ジュニア記録更新のプレゼント………」

「ああ、そっか」

 理は立ち止まり、多喜子に向かい合い、多喜子はじっと理を見上げた。

「うん、ま、いいや」

 理のあっさりした返事にドキドキしていた多喜子は拍子抜けし、

「なによそれえ〜〜」

 と眉を寄せた。

「んーー、じゃあさ、今度映画見に行こうぜ?」

「うん! いいよ。付き合ってあげる!」

 機嫌の直った多喜子に理は意地悪く笑って言った。

「思いっきり怖いホラー映画な?」

「え〜〜っ、やだよそんな悪趣味なのお〜〜」

「そうか? 暗闇で思いっきり怖がられるんだぜえー?」

 理が何を想像しているのか分かって多喜子はスポーツバッグを振ってドン!と理のお尻を叩いた。

「あんたの頭にゃエロしか詰まっとらんのか!」

「あっはははー。じゃあなー、また明日」

 理は逃げるように軽く走って分かれ道で多喜子に手を振った。

「うん。また明日」

 多喜子もなんだかんだで笑顔で手を振った。理の背の高い後ろ姿を見送って、嬉しそうに頬を染めて自分の帰り道を歩き出した。

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