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24LAST,母の犯罪

「僕と母さんには誰にも秘密の約束があるんです。それが母さんが僕のために用意した『答え』なんですね?」

「君と明川君の約束は知らないが、ま、そうなんだろうね。


 代根多喜子は君の母親によって遺伝子操作されている」


「どういう風にです?」

「彼女となら、正常な発育をする子どもが生めるようにだ。

 バランスの取れている配列からそのバランスを崩さないように部分部分をつまみ出すのは非常に難しい。不可能と断じていい。それに比べ、

 バランスの取れている配列に、そのバランスを崩さないように無害なピースを埋め込んでやる方がずっと簡単だ。

 そうして代根多喜子のDNAは君のDNAと合体してもバランスが取れるだけ、通常より数の多い遺伝子を持っている」

「そうやって生まれた子の遺伝子は?」

「数は多い、が、他の普通人と交わっても正常な子が生まれるように発現が制限される」

「多喜子は? 多喜子が俺以外の男と結婚したら、子どもは?」

「異常が現れる危険が、君ほどではないが、ある」

「そんな…………」

 理は母が多喜子に対して行った罪を思って蒼白になった。生まれながらにして多喜子に呪いを掛けたことになる、悪魔の息子と結婚しなければならないという呪いを。

 教授が言った。

「そうだな。明川君の行ったことでこれだけは許されない犯罪だろう。明川君にも十分罪の意識はあったと思うが、どうだろう?」

「母さんは、結婚して代根家の近所へ引っ越してきたんだ。子どもの頃から何かと俺と多喜子をいっしょに遊ばせようとした。将来俺たちを結婚させる気だったんだ」

「なるほど。君たちは生まれながらの運命の恋人たち、というわけだ。ロマンチックと言えば、ロマンチックだな。彼女、なかなか可愛いじゃないか? 良かったな?」

「良くはないですけどね、けっして」

 理は考え、言った。

「どうして多喜子に目を付けました?」

「君の考えと同じだよ。あの明川君がこの問題を放置しておくわけないと考え、その解決法を残しているはずだと、その答えを求めた。君たちはご近所の幼なじみで、たいへん仲がよろしい。第1候補として調べたら、ビンゴだったというわけだ」

「僕や多喜子のサンプルを集めるのは簡単だったんでしょうねえ?」

「明川君の死後はね。馬場忠穂のサンプルを手に入れるよりずっと楽だったよ。小学校の保健室の田上先生」

「ええ。よく知ってますよ」

「では、そういうことだよ」

「母は最初から僕と対になる女の子を作るつもりだったのでしょうねえ?」

「そうだろうね。君の遺伝子から問題を除去するのは不可能だ。君に結婚して子どもを作るという普通の人間の幸せな人生を送らせるためにはどうしても君専用のパートナーを作る必要があった。

 明川君はコネクションを用い精子を手に入れやすいクリニックを訪れる不妊治療の夫婦に網を張っていたのだろう。天才研究者として無理も利いたんだろうな。そこで目を付けたのが代根夫婦だったというわけだ。彼らのどこを気に入ったのかは知らないがね。代根多喜子が母親の遺伝を引き継いでいるのは一目瞭然だが、父親が誰かは知らない。当然そちらとペアで選択したのだろうが……。今回の騒ぎで見当は付いたが、父親は、そうなのかね?」

「ノーコメント。そちらが興味を持つことでもないでしょう?」

「了解。そうしよう。これ以上君に嫌われたくない。

 明川君は研究室で精子と卵を受精させ取りだした遺伝子に手を加え、新しい受精卵に入れ替え、なに食わぬ顔で代根多喜子の母親に受胎させた。

 代根多喜子は君より8ヶ月お姉さんだね? 明川君は検診で女の子の成長と健康を確認し、いよいよ自分も君を妊娠したんだ」

「用意周到で、悪魔の所行ですね?」

「悪魔か神か。彼女も最後まで結果を見届けたかっただろうねえ」

「母が事故で死んだのは、罰が当たったんですかねえ?」

「事故は事故だ。と、わたしは思いたいね。それを罪というなら、生まれながらにその宿命を背負わされた彼女が可哀想じゃないか?」

「そうですね。でも………多喜子は…………」

「それを母親の罪と思うなら、」

 教授は物のよく分かった大人の微笑みを浮かべて理に言った。

「君があがなってやるがいい。幸せになりなさい。彼女といっしょにね」

 理も、他にどうしようもないなと、頷いた。

「ええ。そうします」

 教授は笑って言った。

「では、我々はまた観察を続けられるな」

 理は呆れた。

「暇な大人たちですねえ?」

「我々のライフワークだ。趣味のね」

 笑い、静かな顔になると言った。

「明川理花は人類が作り出した奇跡であり、君はその明川理花が生み出した奇跡だ。我々は、君たちがこの世に生を受けたことを祝福するよ」

 理は頷いた。

「ありがとう」

 教授も目を閉じ頷いた。

「いやいや」

 理はソファーから立ち上がった。

「では、僕はこれで失礼します。色々教えてくださってありがとうございます」

「ああ。君と話せて楽しかったよ。

 ……来週、応援に行ってもいいかい?」

「どうぞどうぞ。もうコソコソしなくていいですから、お暇なら皆さんごいっしょにどうぞ」

「ありがたい。皆に声を掛けるよ。では、またスタジアムで」

「ええ。では、また」

 理は笑顔で手を振って、教授の部屋を出た。






 会長の屋敷からホームタウンの駅まで帰ってきた理は多喜子に電話した。ちょうどお昼である。

「おはよう。俺。昼はもう食べたか?」

『ううん。まだ。朝遅かったから』

「じゃあさ、駅まで出てこないか? 会長から探偵料もらってきたからなんかおごってやるぞ?」

『行く!』

 ということで、理は駅のバス停が集まる前庭でベンチに腰掛けて多喜子の来るのを待った。


 理は推理を補完する。

 偶然も2つ重なれば偶然だが、3つ重なれば必然だ。

 必然を招き寄せたのは当然母だ。

 辰巳夫妻と代根夫婦が共に不妊という問題を抱えていたのは偶然だが、両者を結びつけたのは母だ。

 母はきっと息子の花嫁候補を念入りにデザインしたに違いない、父親の遺伝子と母親の遺伝子のカップリングを。おそらく最初に目を付けたのは父となる佐津川辰巳だろう。恋人馬場忠穂とは違ったタイプのいい男だ。きっと気に入ったのだろう。では彼とどの母親を組み合わせるか物色したところ、代根夫婦に目が止まった。夫が辰巳の高校時代の同級生で、テニスでダブルスを組み、親友であるらしい。母は両夫婦の事情を調べ、辰巳と親友の妻を遺伝的両親に選んだ。

 決め手になったのはおそらく子どもが成長する環境だろう。人がどういう人間に成長するかは環境こそが一番の要因となる。母は考えた末、代根夫婦を女の子の両親に決定したのだ。

 母は代根夫婦を招き、医者としては許されない患者のプライバシーを明かした。佐津川辰巳を子どもの遺伝的父親にすることを薦めたのだ。夫婦は迷っただろうが、おそらく、辰巳夫妻の事情をよく知る夫が決断したのだろう。彼は親友の事情を考え、親友に黙って、彼の子どもの父親になることを決意したのだ。

 全て母さんの思惑通りだが、自分も、多喜子も、最大限親たちに愛されて生まれてきたのだ。それは明らかに親たちのエゴだが、その愛情を受け、こうして幸せに生きている自分にそれを否定することは出来ない。


 40分ほど待って多喜子が来た。

「お待たせー。ねっ、いくらもらったの? 20万くらい?」

「1万円」

「ええ〜〜っ? たったの〜〜? ケチねえ?」

「100万くれるって言うのを断ったんだ」

「ええっ!? もったいない」

「そんな金もらっちゃったら後が怖い」

「ま、結局なんの役にも立たなかったんでしょ? じゃ、しょうがないか?」

「そういうことだ。なに食べたい? なんでもいいぞ?」

「ハンバーガーでいいよ」

「なんだよ、もっと豪勢にパアーッと行こうぜ?」

「豪勢に顎が外れるくらいのウルトラビッグバーガーを頼んでやるわよ」

「じゃあ、服でも買ってやろうか?」

「なに?」

「なにが?」

 多喜子はじっと怪しむような目で理を見つめた。

「なーんか妙に優しくない? なんか昨日うちに帰ってからお父さんもお母さんも妙にぎこちない笑顔でさー。なんかわたしに関することであったわけ?」

「なんでおまえなんだよ?」

「そう……だよねえ? あたしは関係ないもんねえ?」

「色々考えるところがあってな、周りの人間関係を改めて見直しているのさ。おまえは、みんなに愛されてるんだよ」

「なんだかなー、恥ずかしいじゃん」

 多喜子は頬を赤らめて下を向き、ニヤニヤした。二人はエスカレーターを上がり休日のおしゃれなかっこうをした若者が多く行き交う華やかなコンコースを歩いている。理は多喜子の横顔を見下ろし、言った。

「おまえ生まれながらの運命って信じるか?」

 うん?と怪訝そうに多喜子は顔を上げた。

「あんたそういうタイプだったっけ?」

「ああ。実は俺はロマンチストなのだ。

 俺が、おまえに巡り会うためにこの世に生まれてきた、って言ったら、信じるか?」

 多喜子はじいーーっと目を細めて理を眺めた。

「信じるわけないでしょ」

「なんだよ、女のくせに」

 理はがっかりしたが、

「あ、かわいい子発見!」

「ほら見ろ! 信じられるか浮気男!」

 肘で脇腹を突かれて理は笑った。

「楽しいな?」

「……まあね」

 多喜子はあっけらかんとした理を見て、仕方なく呆れたように、笑った。

 理は微笑み、ふと窓から青い空を見上げ、

 天の母に言った。


 俺たちは、幸せだよ。ありがとうな、母さん。


 幼い頃、小学校に上がるときだった。理は母に笑顔で訊かれた。

「マコちゃん、多喜子ちゃんのこと、好き?」

 まだ幼い理は素直に頷き、言った。

「うん。好きだよ」

 母はニコニコし、言った。

「じゃあね、お母さんと秘密の約束をしましょう? 二人だけの秘密で、絶対誰にも言っちゃ駄目よ?」

 悪戯っぽい目をする大好きな母に二人だけの秘密と言われて理は喜んで頷き、ドキドキと母の言葉を待った。

「多喜子ちゃんはマコちゃんの許嫁なの」

「いいなずけ?」

「大人になったら結婚する人。多喜子ちゃん、美人になるわよー? お母さんが保証してあげる。どう?多喜子ちゃんがお嫁さんだったらマコちゃん嬉しい?」

「……うん…」

 理は顔を赤らめて頷いた。自分と多喜子が大人になってお父さんお母さんみたいにずっといっしょに仲良く暮らせたらいいなと思ったのだ。母は満足そうににっこり笑い、

「じゃ、指切り」

 と理と小指を絡めた。

「お母さんとマコちゃん、二人だけの秘密の約束。マコちゃんは大人になったら多喜子ちゃんと結婚するのよ? だから、ずうっとずうーっと、多喜子ちゃんを大切にして仲良くするのよ?」

「うん」

 そうして母と指切りしたのだった。

 あの時母はとても嬉しそうだった。


 小学2年生のとき母が自動車事故で死んで、すっかり表情を無くして黙り込んでしまった自分に代わってぼろぼろ涙をこぼしてくれている多喜子を見て、理は母との秘密の約束を思い出していた。当時は言葉の意味もよく分からなかったがあの約束が母の遺言だったように思ったものだ。

 それ以来多喜子は理にとって誰にも代え難い特別の女の子になった。


 理は多喜子の手を握った。多喜子はびっくりしたが、顔を赤くしてしっかり握り返してきた。

 理は、

 手を握り合える相手が多喜子で良かったと嬉しく思った。


 終わり。

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