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16,出揃ったヒント

 理は尚大の運転する車で家まで送ってもらった。学校の応接室から直接来たので教室にカバンがそのまま置きっぱなしだが、今さらどうしようもない。尚大は大学近くでアパートを借りて一人暮らししているが、こうして何かとちょくちょく実家に帰ってきているそうだ。理は尚大はきっとあの妹ちゃんが可愛くてならないに違いないと思った。

「尚大さんは学部は?」

「お定まりの経済学部だよ」

「今4年生?」

「いや3年」

「それでもう就職内定ですか?」

「いにしえのバブル期みたいだね?」

 尚大はアハハとハンサムに笑ったが、そりゃあ本家の子息たちに恨まれるのも無理ないなと思った。

「実は僕も既に青陵入学が内定しているんですよ?」

「へえ? 君もなかなかやるねえ? やっぱりスポーツで?」

「ええ。陸上部のコーチに入学決定を請け負われてまして。亀潟って人なんですけど、知ってます?」

「いや。僕はテニスのちゃらちゃらサークル会員だからね、陸上部のコーチなんて知らないなあ」

「そりゃそうですね」

 しばらく運転をした後、赤信号で止まると、

「いや……」

 と尚大は首を傾げた。

「亀潟さん、だっけ?」

「ええ」

「陸上部のコーチで? どんな人?」

「50くらいの、人を食った丸顔のゴリラ、って感じかなあ?」

「ハハハ。愉快な描写だね。…………亀潟って人は一人知っている。その人が陸上部のコーチをしているかは知らないけれど、僕が知ってる亀潟って人は教授だよ。医学部の」

「教授? ……そう言う感じには見えなかったけど……」

「いかにも教授らしく見える教授もいるけど、まったく教授らしく見えない教授も多いよ。亀潟教授は白衣を着ているから教授らしく見えるけどね。医学部の友人が『謎の休講が多い人だ』って言ってた」

「先週の月、火、水曜は?」

「3日間とも休講だった」

「大学の教授って部活のコーチなんかするものなんですか?」

「いや。サークルと違って部は本格的にやってるところが多いから、専門分野の先生以外は、中学高校のように顧問に付くようなことはないと思うよ」

「病院の方にいるんですか?」

 青陵大学は郊外に広い本キャンパスがあり、街中に大学病院がある。「いや」と尚大は言った。

「青陵大学の場合医学部は大きく分けて2つあるんだ。医者を育てる部と研究者を育てる部だ。医学部の中心は医者を育てる大学病院キャンパスの方だけど、研究者を育てる部は本キャンパスの方が本部だ。

 亀潟教授の担当は医学部生体理工学科だ」

「どんなことを教えているんです?」

「僕はまったく専門外だから詳しくは分からないけれど、それこそ、ヒトDNAの解析なんかやってるようだよ?」



 家に着くと灯りがついていた。

「ただいまー」

 と玄関に入るとパジャマ姿で頭をバスタオルでくしゃくしゃ拭きながら忠穂が出てきた。

「おう、お帰り」

 行きにリムジンから留守電にメッセージを入れてある。

「めしは食ってきたんだな? どうだったい?将来の我が家は?」

「ああ、まるで竜宮城だったよ。佐津川一族の面々にも会ってきたよ。

 あのさ、母さんって、大学で何勉強してたんだ?」

「言っただろう? だからあ、遺伝子だよ」

「医学部生体理工学科、でか?」

「おう、そうだ。母さんがその第1期生だ」

「新設されたばかりだったの?」

「ああ。えーとな、ヒトゲノム計画ってのがあって、人の全DNAデータを解析するプロジェクトが世界規模であったんだよ。で、そのー、塩基配列?ってのはすべて読み出されたんだが、それはまあ膨大な一続きの訳の分からない記号の羅列なわけで、その意味するところを解析する作業がその後、現在も、延々と続けられているわけだ。母さんも授業でその研究をしていたようだな?」

「父さんは亀潟って人、知ってるかい?」

「さあ? 分からないな」

「母さんの大学時代の写真はあるか?」

「あるぞ。待ってろ」

 忠穂は夫婦の寝室だった部屋に行き、押入を開けてごそごそしていたが、やがて茶色い書類ケースを持って来た。「理花/大学」とラベルに書かれている。

「母さんはなんでもかんでもとっちらかしでな、俺が整理しようとすると文句を言ったが無理矢理これだけはやらせた」

 とふたを開けた。数枚ずつ専用のビニールに入った写真がざっと30セットくらい無造作に入れられている。

「父さんたちが学生の頃はフィルム写真?」

「いや、とっくにデジタルだ。これは多分誰か仲間がプリントして母さんにくれた物だろう。机の引き出しとか本棚とかあちこち適当に放り投げてあった。どうも母さんは写真を撮ったり撮られたりって趣味はなかったみたいでな」

「そうだっけ? 俺はいっぱい撮られたけど?」

「子どもは特別なんだよ」

「父さんは? 学生時代母さんの写真は撮らなかったのか?」

「撮ったよ。父さんが撮った分はちゃんとアルバムとかCDにしてとってある。だが、おまえが見たいのはそういう写真じゃないんだろ?」

「うん…」

 理は写真を物色していった。日付も何もない。母は本当に自分の記録に関してはまったく興味なかったようだ。袋の一番上の写真を見て目当ての写真の見当をつけていく。女友達で旅行に行った物や学園祭ではしゃいだ物や何かのパーティーで着飾った物や、母の青春時代の若々しい姿に興味はあったが、それはまた改めて楽しむとして、

 研究室らしい所で白衣を着た写真を見つけ、中身を出して1枚1枚見ていった。2つ接眼レンズのある顕微鏡をしかめっ面で覗いている母の横顔がある。何か実験の記録のついでに学生たちの様子をスナップしたといったところだろうか。

 十数枚ある内、何枚かグループでカメラを向いて記念写真に撮った物がある。

 理は母も写っている一枚を指さし、父に見せた。

「この人、知ってる?」

 忠穂は眉を寄せてじいっと見て、

「いや…。俺は母さんの学部の人間はかわいい女の子しか知らないからなあ」

 と言った。

「これが亀潟さんだよ」

 髪が濃く、肌も張りがあって、真面目な顔つきをして白衣を着ているが、確かに、20ほど若い亀潟だ。

「この人か。学生じゃあない感じだな? じゃあ、講師か研究助手か?」

「今は教授だってさ」

「へえー。そのまま出世したのかな?」

 写真を懐かしそうに見ていた父は、うん?、と別の写真に見入った。

「あれえ? 母さんの同科生だったんだ?……」

「誰?」

 忠穂は一人の女子学生を指さした。

「今じゃすっかり丸くなっちゃってるけど、店の常連の近所のおばちゃんだ。なんだ、知り合いだったのかよ……」

「俺も会ったことあるな。ニコニコ学校のことなんか色々訊かれたけど。父さんは母さんのことを話したことないの?」

「一度もないな。おまえのことはよく話すけどな。2つ上の男の子がいるそうだけど、俺は分からないな」

 理は他の写真も念入りに調べた。理の顔が曇った。別の写真も調べる。

「あと二人、知った顔がある」

 指で示して父に教えた。

「この人は中学の保健室の先生で、この人は小学校の保健室の先生だ。ここでは見あたらないけどもしかすると今の保健室の先生も関係者かもな」

「別におかしくもないだろう? ここらで一番医者を出しているのは青陵医学部だろうが?」

「おかしいよ。この学科は医者じゃなく研究者を育てるための学科だろう?」

「ああ、そうか……。医者の研修も受けたんじゃないか? 保健室の先生なら…、看護士くらいの資格でなれるんじゃないか?」

「そうかもね。でもさ、なんか、見張られてるような感じがしない?」

「うーーん……。気のせい…なんじゃねえか? あっちだって案外、あら?って思いながら、遠慮して言わないだけかも知れないぞ? 母さんによく似たおまえを見て、内心じゃあ懐かしがってるんじゃないか?」

「うーーん……。そうかな?」

「そうだろうぜ。ほら、もう遅せえぞ? さっさと風呂入って寝ろ」

「うん。そうする」

 理が写真を元に戻そうとすると、

「俺がやっとくよ。さっさと行け」

 と忠穂は息子を追い払った。

「んじゃ。父さんも頑張り過ぎるなよ?」

「おう」

 理が行ってしまうと、忠穂はじいっと写真を見つめていった。

『どういう事なんだ? こいつら、いったい何してやがるんだ?』

 とうそ寒いものを感じながら。



 翌日放課後になると理はバスで青陵大学病院に向かった。けっきょく車の迎えは断り、代わりにタクシー代をもらい、安いバスで料金を浮かせて残りを小遣いにせしめるのだ。

 病院の入り口で忙しい高美に代わって部下の若い男性が待っていて、理を研究室の方へ連れていった。そこで口の内側の粘膜を採取され、しばらく確認で待たされた後、オーケーと言うことで解放された。

 理はその研究員に訊いた。

「こちらにも医学部生体理工学科の教室はあるんですか?」

「教室はありませんが、研究室は共同で使ってますよ」

 とのことだった。



 それから数日、理は浮かない顔で過ごした。陸上部の練習もどうも身が入らず、「燃え尽き症候群か?」と先輩たちにからかわれた。来週に地区大会が控えていてそんな余裕はないのだが………。

 多喜子にも

「どうしたの?」

 と顔を覗き込まれて心配された。

「いやあー、俺という人間存在に疑問が生じてしまってな」

「なにそれ?」

 多喜子は笑ったが、すぐになおさら心配そうな顔になった。

「何かあった? 辰巳さんの子じゃなかったの?」

「それはまだ結果は出てないけどね。なんかね、もう分かっちゃった気がする。真相を示すヒントは全て出揃った。読者の挑戦を待つ!、ってな感じでね」

 グラウンドで声を上げて走る陸上部の仲間たちやサッカー部、ラグビー部、スマッシュを打つテニス部女子のアンダースコートをぼんやり眺めながら、

「おーーい」

 と多喜子に目の前で手を振られて、ぼーーっと多喜子の顔を見つめた。

「なに? マコ、本当に大丈夫?」

「やっぱり瑞希さんより俺にはタッキーなんだよなあー…」

「誰よ? 女?」

「うん。超アイドル級に可愛い高美さんの娘さん。高2でおまえより背が低くて胸がおっきいの」

「悪かったわね、でかくて、ぺったんこで!」

「いや、ぺったんこでもないぞ。うん、ちゃんと成長してるよ」

「スケベ! 目が覚めたか?」

「いや、まだなんか夢うつつな感じ」

「そうとう重症ね?」

「タッキー。俺のこと好き?」

「な、なによ、急に。場所柄わきまえなさいよ?」

「俺さ、もしかしたら研究室で作られたサイボーグかも知れないぞ?」

「はあ?」

「いや、どうもマジでそうみたい」

「じゃあせいぜい世界平和のために戦ってよね。ほれ、加速装置!」

 多喜子はバシン!と理の尻を叩いた。

「セクハラ女」

「喜べ、ヘンタイ!」

 多喜子に追いかけられて理は笑いながら走った。そのままグラウンドの外周をすごいスピードで。

 追いかけるのをやめた多喜子は眩しそうに目で追い、ふと、暗い顔になった。

「あんたが特別な人間だって言うのは分かってるよ。でも、わたしは、ずっとあんたといっしょにいるからね…………。いいよね?」

 1周して戻ってきた理に多喜子は笑った。

「やれば出来る! さぼるな!」

「よし。これから試合前にはおまえに気合いを叩き込んでもらうことにしよう」

「いいわよ〜? 思いっきり手形つけてあげる」

 二人は顔を見合わせて笑った。いちゃいちゃしとるな、バカもーん!と先輩の声が飛んできた。

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