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13,それは殺人だ!(?)

 月曜。

 一日の授業が終わり、さあて今日から練習復帰だ、と思っていた理は担任教師に言われ応接室に向かった。お客様がいらっしゃってるそうだ。

 あの人だろうなあと予想して

「失礼します」

 とノックしてドアを開いた理は驚いた。

 客は予想通り高美だったが、高美は一人ではなかった。

 袴姿の老人がいっしょだった。

「君が馬場理君か。うむ、通夜に来てくれたのを覚えておる」

 鋭い目を向けながら微笑んで首を頷かせてみせたのは、佐津川家当主にして佐津川グループ会長の佐津川大吉氏85歳その人だった。

 一代で大財閥を築いたその大人物の睨みにさすがの理もゴクリとつばを飲む思いがした。

「こんにちは。この度はご愁傷様でした」

「ああ、よいよい。高美。では行くぞ」

「はい」

 と老人は杖をつき、高美は先に回って「失礼」と理の後ろでドアを開いた。

「あのおー、どちらへ?」

 理がよけながら困った愛想笑いで訊くと高美が答えた。

「会長のお屋敷へ。皆様もお待ちですから、理さんもいっしょにいらしてください」

「いや、それは、ちょっと」

 何やら妖しげな成り行きを警戒して理は言った。

「僕はまだどこの誰とも決まったわけじゃあ……」

 コツコツと杖をついてきた会長がギロリと睨んで言った。

「見れば分かる。君は辰巳の息子だ。さ、来たまえ」

 うむを言わせぬ様子で老人は先に進み、高美は申し訳なさそうに目で頼んだ。

 理は仕方なく老人の後を追った。


 運転手付きのリムジンで理は会長のとなりに座らされてお屋敷へ運ばれた。会長は不敵に笑って理に話しかけた。

「君は頭もかなりいいそうだね?」

「僕なんか皆さんに比べたらしょせん井の中の蛙です」

「フフン、頭のいい答えだ。頼もしい」

 会長は元々そうなのか高齢で耳が遠くなったせいか、かなりの大声でしゃべった。

「君のその頭の良さを見込んで頼みがある。君、いわゆる高校生探偵というものをやってくれたまえ」

「は? 高校生探偵ですか?」

「あるだろう、マンガで? 子どものくせに生意気に大人顔負けの推理をしよる? 君にそれをやってもらう」

「そんなマンガみたいな真似したことありませんよ?」

「なあに、君のその頭なら楽勝だろうて」

 大吉氏は髭の下にいかにも腹に一物ありそうな笑いを刻み、目は獲物を狙う鷹のように爛々と輝かせて前を向いている。

 理は、ああこのワンマン会長さんは自分が決めたことはテコでも動かさないんだろうなあ、と諦めた。


 車は高速道路に乗って40分ほど走り、街を眼下に見下ろす丘の上の西洋屋敷の門扉をくぐった。

 車寄せで下ろされ、自動ドアのように中から観音開きの戸が開かれ、黒服の男性に迎えられた。

「お帰りなさいませ、旦那様。ようこそおいでくださいました。皆様揃ってお待ちでございます」

 深々礼をされて、理は生の執事という人を初めて見た。

 案内されて広間に通されると、10人ほどの人々が窓辺に立ったり、赤いフカフカクッションのソファーに座ったりして待たされていた。

「お父さん。ようやくお帰りですか」

 と寄ってきたのは、通夜の席で理も見ている辰巳氏の弟だろう。

 面倒なので整理して言ってしまうと、主要な人物はこの次男大樹氏と、長女の星華夫人の二人で、後はその伴侶と子どもたちだ。プラス辰巳氏の未亡人。会長夫人はお見えでないようだ。

 高美が二人を紹介すると父である大吉会長が大声で言った。

「つまりここにおるのがわしの遺産の相続者どもだ。が、わしはわしの物を何一つくれてやるつもりはないがな」

「お父さん。まだそんなことを。そりゃあ僕や星華は駄目な子どもかも知れませんがね、可愛い孫たちまで道連れに路頭に迷わすことはないでしょう?」

 大樹氏は父親の同情を引くように自分の3人の子どもたちを示したが、会長は「フン」とまったく興味を示さなかった。社会人大学生らしい3人の男子女子たちも露骨に冷たい視線を返し、どうやら彼らに祖父と孫の温かい関係はないらしい。

 嫌なところに来ちゃったなあと理は思った。

「さあ理君」

 会長はいかにも悪巧みしている黒い笑いを浮かべて言い放った。

「こいつらの中から、父辰巳を殺した犯人を見付け出したまえ!」


「は?」

 と理は首を傾げた。

「辰巳さんを、殺した、犯人?ですか?」

 理は他の人々も見渡した。みんな驚くと言うより……、呆れ返った、うんざりした、非常に迷惑そうな顔をしている。

「あのー…」

 と理は畏れ多くも会長に尋ねた。

「辰巳さんは半年間の闘病の末、病気で、亡くなったんじゃ?」

 会長は顔を赤くし、肩を怒らせ、全身から怒りを発散して言った。

「違う! 辰巳は殺されたのだ、ここにいるどうしようもないくずどもの誰かにな!」

 理も困って高美に助けを求めた。高美もため息をつきたそうなのを我慢して言った。

「辰巳さんは無菌室に入って、弱りながらもなんとか小康状態を保っていたのです。それが先週急に容態が悪化して、けっきょくお亡くなりに。会長は…、誰かが外から悪性の菌を持ち込んで辰巳さんに吸入させたとお疑いなのです」

「亡くなったとき、そういう症状だったんですか?」

「肺炎を起こされてました。

 白血病で亡くなる多くの方は感染症を併発してお亡くなりになるのです」

 辰巳氏の病気で勉強したのだろう詳しく説明した。


「そもそも白血病自体が骨髄で造血幹細胞を正常な血液に成熟させることができず、腫瘍化した、いわば壊れた血液が全身に運ばれ、臓器の機能不全を起こし、免疫機構を破綻させてしまうという病気ですが、その治療のため、悪い血液を薬で死滅させます。当然正常な血液も道連れに全滅させてしまうことになりますので、病原体に対する免疫力はゼロになってしまいます。健康な人間にはまるでどうと言ったことのない軽い風邪が、命の危機に直結するのです。

 ですので、辰巳さんは無菌室に入られて、無菌室は厳重に管理されていました。外からの物の持ち込みは禁止。どうしても持ち込みたい物は事前に十分な消毒をされます。面会も時間を決めて窓越しにインナーホンで会話していただきます。辰巳さんの強い希望のある場合は入室を許可されますが、入室者は全身をメディカルスーツで包んで入室しなければなりません。辰巳さんご自身もマスクの着用を命じられていました」


 会長が不機嫌そうに口を挟んだ。

「全身服だとてテープでシールドしておるわけでもあるまいに、物を隠す隙間なんぞいくらでもあるわ」

 今度は弟の大樹氏が誇らしげに身の潔白を証言した。

「僕は一度も無菌室に入っていませんよ」

「フン、どうせそうだろうよ、この薄情者め!」

 やぶ蛇の大樹氏は気まずそうに渋面を作ってそっぽを向いた。高美が説明を続ける。

「まあ、そうです、会長のおっしゃられる通り、いかに厳重に管理された無菌室も完璧とは言えないんです。もちろん辰巳さんには感染症対策の薬品も投与されていましたが、とにかく……、難しいのです。現にそうして感染症で亡くなる方が多くいらっしゃるわけでして……」

 高美は遠慮がちに会長の顔色を窺った。会長は顔に強い意思を表して自分の考えを引っ込めるつもりはないようだ。

「あいつは強い奴だった。小康状態を保ち、医者たちも経過は順調だと言っておったではないか?」

 大樹氏がまた余計な口を挟んだ。

「予断を許さないとも言ってましたよ?」

「やかましい! 辰巳は治るつもりでおったのだ! それを快く思わん奴が、辰巳を殺しよったのだ!」

 理が様子を窺うとみんなうんざりした顔をしている。頑固な老人の妄言と、誰も真に受けていないようだ。

 そんな空気を物ともせず、会長はニヤリと不敵に笑った。

「フン、そうしてしらばっくれておれ、じきに化けの皮をはいでやる。のう、理君や」

 非常に敵対的な視線が理に集中した。

「紹介しよう。まあどうせおまえらみんなもう知っておるのだろうが。

 辰巳が恋人との間に作った一人息子、理君だ」

 一族の冷たい視線に理は、ああ嫌だなあ、と思った。

「彼は非常に頭がいいそうだ。わしは彼に実の父親を殺した犯人を突き止めるように依頼した。彼が見事犯人を暴き出し、父親の敵をとったなら、わしは佐津川グループの正当な後継者として彼にグループ総裁の全権を譲るつもりだ」

 正当なる遺産相続者たちは驚き、怒りと憎しみの籠もった目で理を睨んだ。

 冗談じゃないなーと理は高美に助けを求める視線を送った。

「会長。それはいくらなんでも性急すぎるかと。理さんのお気持ちもありますし…」

「そうよ!」

 と金切り声を上げたのは化粧の濃いご婦人、妹の星華さん。きっと高級な化粧品を使っているのだろうが、豪華パーティーでもあるまいにCMの女優みたいな完璧すぎてCGのようなメイクをしている。

「お父さん、いい加減にしてよ! 死んでまで兄さん可愛さを続ける気? 辰巳兄さんは病気で死んだのよ!殺人の犯人なんてこの中にいやしないわよ!」

 と、もろに理を睨み付け、

「遺産ほしさにえん罪を被せられて犯人にされるなんてまっぴらだわ!」

 と憎々しげに言い放った。まあこの人たちも迷惑だろうなあと理も思った。だが頑固会長は。

「やかましいっ! おまえらが辰巳を殺したという動かぬ証拠があるのだ!」

 と懐から黒革の手帳を取りだして、開いてメモを読み上げた。


「『馬場 理を調べるのはやめろ。彼は佐津川家とは無関係だ』」


「か、会長、それは…………」

 高美は青くなってうろたえ、会長はどうだ?と一同を見渡した。妹星華が言った。

「それが何? なんなの、それ?」

「フンッ」

 と会長は不機嫌に手帳を閉じて閉まった。

「高美」

「はっ、はい……」

「おまえ昨日何者かに襲われたな?」

 高美はギクッとし、皆もギョッと高美に注目した。高美はうろたえながら会長に訊いた。

「どうしてそれをご存じなのです?」

 会長は高美を横目に睨んでこともなげに言った。

「おまえを見張らせておった。わしに隠れてこそこそ動き回っておるようだったのでな。わしが問いつめなんだら理君のことを黙っているつもりだったのだろう?」

「いえ、それは、彼と辰巳さんの関係がはっきり分かってからご報告申し上げようと……」

「まあよい。わしはおまえの忠誠心は疑っておらん。だが、」

 ギロリと他の者どもを睨み回した。

「昨日高美は何者かに襲われ、薬で眠らされてポケットの中を探られ、今読んだ脅迫文を入れられた。高美を見張らせていた探偵によると賊の男は素早い身のこなしのプロであるらしいと言うことだった。後をつけたが、残念ながら巻かれたそうだ。

 どうだ? 大樹! 星華! おまえらの雇ったごろつきの仕業だろう!?」

 兄と妹はお互いを疑うように顔を見合わせ、兄が言った。

「冗談じゃありませんよ。どうして僕らが……」

「兄の後がまを狙ってに決まっておろうが」

「ですからそれは、」

 さすがに怒りが抑えられず、うんざりを露骨に表して言った。

「お父さんが僕らから取り上げるおつもりなんでしょう?」

 と、大樹氏は憎々しく理を睨んだ。こっちに当たらないでほしいなーと理は思った。

「どうせ甘ったれなおまえらのことだ、いざとなればわしが路頭に迷わすような事はしないと思っておるのだろうが、あいにくだな、わしは本気だ」

「だったら僕らが兄さんを殺すわけ……」

「フンッ」

 会長は馬鹿息子の意見など聞く耳持たず宣告した。

「わしは辰巳を殺した者を絶対許さんからな! 覚悟しておれ!

 理君。それでは探偵をよろしく頼んだぞ。実のある成果を期待しておるぞ。

 高美。理君にこいつらを紹介してやれ」

 言うと会長は執事に顎をしゃくり、開かれたドアを杖をつきながら出ていった。

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