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10,血筋の暴露

 日曜日。

 理は約束していた多喜子との映画デートに出かけた。


 父忠穂は今日も朝からコンビニに出勤している。

 お客の少ない日曜午前は忠穂が一人で店にいることが多い。今日も一人でレジに立ち、近所の常連のおばちゃんの話し相手をさせられていた。

「『ウィークリーサンデー』のスポーツコーナーで理ちゃんの400メートルとリレー、映ってたわよー? すごいわねえ?全国テレビよ? 理ちゃんもいよいよ全国的なスターね? かっこいいからアイドルに、なんてスカウトも来るんじゃない? それに比べてうちのバカ息子ときたら、高3で大学受験の準備しなくちゃならないのに、まったくも〜、部屋でテレビゲームばっかりやって。今どき大学なんて一流を選ばなければどこでも入れるなんて言ってねえ? 私立なんて行かせてやる金ないからね!って言うんだけど、ねえ〜? まったくやる気ないの。ほんと、バカで困っちゃうわ。理ちゃんはいいわねー? スポーツ特待でどこだって入れるでしょう? 頭だっていいし、やっぱり東京の大学行くの?」

 おばちゃんのおしゃべりに内心辟易しながら忠穂は愛想笑いを浮かべて言った。

「いやあ、どうでしょうねえ? あいつものんびりしてますからね、ぎりぎりまで決めないで、けっきょく地元の大学、ってことになるんじゃないでしょうかねえ?」

「あら、じゃあ青陵? 青陵だっていいわよねー? 国立ですものねえー? 親孝行でいいわー。それに比べてうちのバカと来たら、うちを出て一人暮らしするってそんなことばっかりはねえー? まったく…」

 おばちゃんは店内に一人だけいる男性客に目を留めて、

「あら、また話し込んじゃって。ね、ね、今度理ちゃんのサインちょうだいよお? 色紙持ってくるからさ。じゃ、また」

 とにこやかに頭を下げ、弁当とお茶を持った男性客にも挨拶してようやく出ていった。

「いらっしゃいませ。お弁当は温めますか?」

「はい。お願いします」

「はい。それでは2点で840円になります」

 男性客は千円札で払い、お釣りを受け取ると、弁当が温まるのを待って、言った。

「すみません。馬場 忠穂様でいらっしゃいますね?」

「はい。そうです」

 忠穂も男性が弁当を選ぶふりをしてずっと忠穂が一人になるのを待っているのに気付いていた。

「わたくし、高美と申します。佐津川グループ会長室室長を務めている者でございます」

 と、名刺を渡した。

「はい。息子から聞いています」

 忠穂の慇懃無礼といった態度に高美は恐縮して頭を下げた。

「この度は勝手をいたしまして申し訳ありませんでした。お父さまに断りなく息子さんに会ってしまい、配慮に欠いておりました。まことに申し訳ございませんでした」

 慇懃無礼を決め込んでいた忠穂は、理から「いい人だよ」と聞かされていた高美にひたすら恐縮されて頭を下げられ、まいったな、と降参した。

「まあいいですよ。あいつも知っていることですし。緊急を要する病気じゃあ、あなたを責めることもできません」

「お心遣いありがとうございます」

 高美はあくまでていねいにお礼を言ってようやく顔を上げた。

「それでは改めまして、息子さん、理さんが佐津川辰巳の実のお子さんであるかどうか、サンプルをいただきまして遺伝子検査をさせていただきたいと思うのですが、許可をいただけますでしょうか?」

 忠穂は肩をすくめた。

「ええ。いいですよ。あいつも口では色々言ってるが、内心では自分の父親のことを知りたがっているでしょう。わたしはかまいませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 素直にほっとした表情を浮かべる高美に忠穂は、なるほどいい人のようだな、と納得した。普段からいろいろ気遣いの多い仕事なのだろう。高美も、辰巳と同い年であるから47歳、48歳?か、細面の痩せ形で、上等のスーツを着こなすなかなかのハンサムだ。ただきれいに櫛の通った頭は白髪が8割ほどで、老けた印象だ。

「理さんは、なかなかユニークな発想をされる方ですね?」

 理の頭の良さを辰巳の遺伝だと思い込んでいる高美はニコニコして言った。一方の忠穂も

「ええ。あいつはちょっと頭が良すぎるもので」

 と内心舌を出しながら答えた。高美は素直にニコニコ頷き、言った。

「将来が楽しみです」

「ちょっと待ってください」

 忠穂はまたむっとした気持ちを思いだして言った。

「もし理が佐津川辰巳の実の子だったとして、理をどうするつもりですか?」

 高美は顔を曇らせ、申し訳なさそうに言った。

「いずれは理さんを未亡人の養子に迎え入れ、佐津川グループを継いでいただきたいと」

「それは、あいつの決めることではありますが、あくまであいつ自身に決めさせて下さい。それに……、えっと…、未亡人の養子に、ですって? それは、かなり気まずい関係になるんじゃないですか?」

「それは形式上のことになると思いますし、辰巳さんの妻でしたら、まあ私が言うのもなんですが、できた女ですから、上手く立ち振る舞ってくれると思います」

 忠穂は高美の言い方に首を傾げた。

「辰巳さんの奥さんというのは、どういう方で?」

「辰巳さんの妻は、私の妹なんです」

「あ、なるほど、そういうことでしたか」

 忠穂は納得した。理は辰巳の未亡人らしき女性を「美人だった」と言っていたが、高美の妹ならそれも納得だ。

「なるほど、あなたは辰巳さんの兄のような友人で、身内でもあるわけですか? すると、理の義理の伯父になるかも知れないわけですね?」

「そういうことになりますね」

 忠穂は高美の人物を今一度推し量った。グループ後継者の伯父となればその権力は更に強固になるだろうが……、この人はそういうことを考える人だろうか? 忠穂にもどうも誠実で人のよいひたすら苦労人に思える。

「辰巳さんには兄弟がいるんですよね? そちらから後継者を選ぼうという考えはないんですか?」

「それが、まったくお恥ずかしい話なのですが」

 高美は顔を苦悶させて、諦めたように言った。

「実は今佐津川グループはグループ解体の危機を迎えているのです。

 いえ、グループ企業の業績は好調です。まあこれから先は不透明ですが。

 解体を言っているのは当の会長ご自身なのです。会長はそれはそれは辰巳さんを高く評価されておりまして、一方で弟さん妹さんをまるで低く見ておりまして。確かに、弟の大樹さんは任せられた会社を倒産に追い込んでしまい、妹の星華さんは嫁いでおられますが浪費癖が激しくたびたびご実家に無心に訪れる有様で、お二人とも会長の覚えめでたからずというのも無理ないところではあるのですが、会長は辰巳さんが倒れられて命が危ないと分かると、お二人に向かって言い放たれたのです、

『おまえたち、兄が死んで自分たちに美味い席が転がり込んでくるなどと思うな? 辰巳が死んだら、佐津川グループは解体し、おまえらのような役立たずどもは放逐してくれる! おまえらに文句を言う権利なんぞないぞ! 佐津川グループはこのわしが築いた城だ! その主には辰巳以外おらんと決めておる! おまえらみたいな馬鹿に任せるくらいなら、財閥は解体し、わしの遺産はすべてしかるべき所に預け、おまえらにはびた一文やる気はないからそう思え!』

 と、それはそれは激しい言いようで。子のない辰巳さんが倒れられて、その後がまを思って内心ほくそ笑んでいたお二人に、会長は我慢がならなかったのでしょうなあ。

 そうして辰巳さんがとうとうお亡くなりになり、お二人はまさかと思われていたようですが、会長はわたくしと幹部たちをお集めになるとグループ解体の事務手続きの開始をお命じになられ、お二人の慌てようはそれはひどいもので……」

「じゃあなんですか? 理を養子に迎えて佐津川グループを継がせるというのに二人は?」

「むしろ歓迎されるでしょう。もちろん心中面白くはないでしょうが、グループ解体が免れ、自分たちが放逐されずに済むとなれば反対はできないでしょう」

「兄貴の隠し子が命綱ですか? なんとも情けない話ですなあ?」

「申し訳ございません」

「いや、あんたが謝ることでもないでしょう?」

「いえ、理さんのことで。辰巳さんが最初から理さんの存在を認め、素直に迎え入れていれば今日このようなことにもならずに済んだでしょうに」

「妹さんに遠慮して、ですか? 理が生まれたのは理花が27の時です。その時辰巳さんは…32歳ですか? 当時奥さんとは?」

「既に結婚しておりました」

「それで理花は理を身ごもったまま身を引いた、というわけですか?」

「申し訳ございません」

「まったく、けしからん話ですな」

「申し訳ございません………」

 忠穂はじいっと高美を観察した。忠穂の視線に苦悶した高美は、これまた悲愴な決心をしたように話した。

「馬場様……。

 これからここで話すことはくれぐれもご内密に、馬場様の心の中にだけおしまいになって、けっして、理さんにもお話しにならないでください」

 高美の必死な確認を求める目に忠穂は頷いた。

「妹は幼い頃より会長によって辰巳さんの許嫁に決められておりました。それと申します理由が、私どもの母でした。実は……

 私は母と会長佐津川大吉の間に生まれた子なのです」

「なっ……」

 忠穂もさすがに驚いた。

「それじゃあなた、辰巳さんの実のお兄さんで? それじゃ、あなたの妹さんというのは?…」

「妹は私ができた後めあわされた男性との間の子で、会長の血筋ではありません。

 母は若い頃佐津川家にメイドに雇われておりました。そこで会長のお手つきになって腹に私ができ、母は佐津川家を出され、別の家に保護されました。ところが母の妊娠が発覚してしばらくして、今度は奥様にもお子さまができたことが分かり、会長は私を自分の子として家に迎えるのを断念なさいました。そこで部下の優秀な男を母にめあわせ、私をその男性の子として生ませました。私が生まれて3ヶ月後に辰巳さんが生まれ、佐津川家の跡取りの長男となりました」

「なんですかあ、そりゃあ!? それじゃあなんだ、会長と辰巳さんは親子二代に渡って婚外の子をはらませて、それを認知せずに放り出したってことですかあ!?」

「面目次第もございません」

「だからあんたが謝ることじゃあないが…、ええい、くそっ!」

 忠穂は腹を立て、腕を組んでそっぽを向いた。苛々と足踏みし、ジロリと高美を睨んで言った。

「だいたいあんたもなあ、実の父親と弟でしょうが? 本当ならあんたが当主の長男として佐津川家を継ぐ権利があるでしょうが?」

「それは、言わない約束なのです」

「ああ、頭に来る! あんたも怒りなさい!!」

「はあ……」

 高美は怒る代わりに困ったように笑い、忠穂はますます苛々したが、当の高美自身がこれでは、呆れてため息をついた。

「あなたは、自分の立場を悔しく思わないのですか?」

「私は…。あなたたち親子ほどではないが父となった人は良い人で、わたしをちゃんと自分の子として育ててくれました。それに実の父も自分が本当の父であることを告げ、すまないと謝ってくれました。今現在もこうしていっしょに仕事をしているわけですから、まあ、幸せなことです」

「あっそう。……それで、妹さんを辰巳さんの許嫁に?」

「はい。妹が辰巳さんとの間に子をなし、いずれ佐津川家を継げば、私にとっても血のつながった甥なり姪なりが私の代わりに後を継いでくれるようなもので、私にとっても母にとっても異存はないわけでして」

「辰巳さんと妹さんは? そうした事情を知っていたんですか?」

「妹は知りません。いえ、内々気付いてはいるのかも知れませんが、言いません。辰巳さんは知っています。よくわたしにすまないねえと言っていました」

「夫婦仲は?」

「良好でした。言ってはなんですが妹は母親似のなかなかの美人でしたから」

「それなのに辰巳さんは理花と?」

「面目次第もございません」

 忠穂はこの人はここでいったい何度頭を下げただろうなあと思った。

「実は…、妹は子どもを産めない体なのです……。

 一度ひどい流産をしまして、それで母胎を著しく傷つけてしまい、治療を続けたのですが、どうも、いけませんようで……」

「それは、お気の毒でしたね」

「ええ…。上手くいかないものですねえ………。妹は一時ひどく落ち込んでおりまして……、辰巳さんは理花さんとその時に出会われたのかと………」

「なるほど。辰巳さんは一時の気の迷いで理花と関係を持ったものの、やはり奥さんへの愛を思い出し、奥さんの所へ帰っていき、理花もそんな事情を知って潔く身を引いた、と」

「そういうことではないかと思います。申し訳ございません」

「だからあんたが……、もういいや…」

 分かってしまえばなんと前時代的な話だろう。面白くもなんともない。

 忠穂は店を見渡した。だあれもお客がいやがらない。暇な店だ。

「ああ、すっかり話が長くなってしまいました。お忙しいところすみませんでした」

「かまいません。ごらんの通りですから」

 高美は苦笑し、表情を改めると確認した。

「それでは、理さんの遺伝子検査にご同意いただけますか?」

「どうぞ。ただし、佐津川家のことはあいつ自身に決めさせること。いいですね?」

「心得ました」

 高美はしっかりと頷き、思い出したように訊いた。

「念のため、理花さんの髪の毛など、残っておりませんでしょうか?」

「いや、そうした物は残していません」

「そうですか。ま、あくまで念のためですから。念のため、理花さんのご両親にお尋ねしようと思います」

 忠穂は苦笑した。

「あなたもたいへんですねえ? まあ、特に気むずかしい人たちではないが…。あまり歓迎もされませんよ?」

「致し方ありません」

 と、高美も苦笑を返し、

「それでは。失礼いたします」

 とお辞儀して、

「はい、どうぞ」

 と、弁当を受け取ると店を出ていった。

 忠穂はぼうっと暇な店内を眺め、ぽつりと言った。

「不妊治療か……。もしかして、そっちか?………」

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