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放課後、生徒たちが賑やかに教室を出ていく中、ミカゲは静かに自分の席で待っていた。
まふゆが振り返り、少し不安そうな、しかし誠実な眼差しで話しかける。
「あ、あの。うち、水鏡まふゆいいます。桜の国からやってきたのでこの国のことはあんまり詳しゅうなくて。足引っ張ったら堪忍ね」
その言葉に、ミカゲはゆっくりと顔を上げた。
黒い装束と布で覆われた顔。その隙間から覗く瞳が、じっとまふゆを見つめる。
エドウィンに向けられていた冷たい殺気は完全に消え、その瞳はただ静かで、底の知れない湖面のようだ。
しばらくの沈黙。
まふゆが「あの……?」と戸惑いかけた、その時。
「……ミカゲだ」
短く、それだけを告げる。
感情の乗らない、抑揚のない声。しかし、拒絶しているわけではないことが、その雰囲気から伝わってくる。
「……足手まといには、ならない。あんたは、俺の後ろにいればいい」
それだけ言うと、彼はすっと立ち上がり、先に教室の扉へと向かう。
しかし、扉の前でぴたりと足を止め、まふゆが追いついてくるのを静かに待っていた。その背中は、雄弁に「早く来い」と語っているようだった。
「……!はい……!」
まふゆはにっこりと微笑み、ミカゲの後へとついていく。
まふゆの明るい返事と、ためらいなくついてくる足音。
ミカゲは振り返らない。だが、その背中に向けられた純粋な信頼を、彼は肌で感じ取っていた。
今まで彼に向けられてきた感情は、恐怖、不信、あるいは無関心。こんな風に、何の疑いもなくついてこようとする者はいなかった。
「…………」
彼は何も言わず、ただ静かに前を歩く。
その歩みは無駄がなく、ほとんど足音を立てない。まふゆが少し小走りでついていくと、ミカゲは何も言わずに、ほんの少しだけ歩く速度を緩めた。その配慮は、言葉よりも雄弁だった。
二人は校舎を出て、広大な学園の敷地へと足を踏み出す。
夕暮れ時の陽光が、古い石畳や緑豊かな庭園を美しく照らし出していた。
「……石碑は七つ。古い図書館、大樹の麓、鐘楼の最上階……残りは、人の寄り付かない場所にある」
彼はぽつりぽつりと、まるで独り言のように情報を口にする。
「まず、一番近い図書館に行く。……何かあっても、俺から離れるな」
その言葉は命令のようでもあり、守ると誓う約束のようでもあった。
彼はちらりとまふゆを一瞥する。その瞳には、ほんの僅かだが、彼女を気遣う色が宿っているように見えた。




