5-6
「……気持ち悪い」
エドウィンの背中に向かって、遅れてやってきたシャノンが小さく呟く。どうやら彼女も一連の流れを見ていたらしい。
「君も、気をつけた方がいい」
そう言って、セリウスは自分が着ようか迷っていたラッシュガードをシャノンに着せる。
突然のことで理解できなかったシャノンは、思わず声が上擦った。
「……はあ!?な、なんであたし?狙われてるのはまふゆでしょ」
「君だって女の子なんだ。そういう目で見る男が居ても不思議じゃないだろ」
その言葉に、シャノンはほんのり頬を赤らめて、呟く。
「……生意気。ノセのくせに」
「そのノセっての、やめろよ」
「うるさい。あんたは『そういう目』とやらで見ない訳?」
「なっ……!」
シャノンからの反撃に、セリウスは何も言い返せず目を背ける。
その時。
「に、25メートル?うち、水は平気なんやけど……泳いだことあらへんねん……」
まふゆが困ったように眉を下げて、小さな声で告白した。
桜の国には、こんなに大きな「水たまり」はなかったのだ。水浴びは好きだが、前に進む方法など教わったことがない。
その衝撃的な告白に、三人の男とシャノンは一斉にまふゆを見る。
「……は?泳いだことが、ない?」
レオンハルトは、エドウィンを睨みつけていたのも忘れ、あんぐりと口を開けてまふゆを見た。てっきり、あの勢いで飛び込んだのだから、得意なのだとばかり。
「おま、それで飛び込んだのか!?無茶苦茶だぞ!」
呆れと心配が入り混じった声で叫ぶが、その声にはどこか安堵の色が混じっていた。
(……そうか、泳げないのか。なら、俺が……)
彼の脳裏に、「教えてやる」という正当な口実が浮かび上がる。
「ええっ!?う、嘘でしょ!?あんなに楽しみにしてたのに!?」
セリウスはシャノンから目線をまふゆに向けて驚く。
振り返って、潤んだ菫色の瞳で助けを求めるように見上げてくるまふゆに、彼の心臓が大きく跳ねる。
「き、君って子は本当に……!溺れたらどうするんだ! …はあ。分かった、分かったよ。僕が、僕が教えてあげるから!とにかく、まずは水に顔をつける練習からだ!」
ツンとした口調だが、その顔は「任せろ」と言わんばかりに真剣だった。彼女を守れるのは自分だ、と強い使命感が湧き上がってくる。
「…………」
影の中から三人のやり取りを見ていたミカゲは、ただ静かに、まふゆの告白を聞いていた。
(……泳げない)
その事実は、彼にとって一つの光明だった。
水中で自由に動き回られたら、監視も守護も困難になる。
だが、泳げないのなら話は別だ。
彼女が水の中にいる限り、誰かがそばについていなければならない。そして、その役目に最もふさわしいのは……。
ミカゲは、誰にも気づかれぬまま、音もなく水の中へと滑り込んだ。水面を揺らすこともなく、まるで影が水に溶けていくように。
そして、まふゆが気づかぬうちに、その背後の水中に、守護者のように静かに佇んでいた。
もし彼女が足を踏み外しても、一瞬で支えられる距離で。
三者三様の思いが交錯する中、泳げないアルビノエルフを巡る、初めての水泳授業が始まろうとしていた。
「……ほんと男って、ばか」
そんな三人の様子を見ながら、シャノンはぽつりと、吐き捨てるように呟くのであった。




