5-1
魔物侵入事件という悪夢のような一日から、季節は巡り、二ヶ月が経った。
学園はすっかり平穏を取り戻し、あの日の事件はまるで嘘だったかのように、生徒たちの間では徐々に過去の出来事として語られるようになっていた。
エドウィンが提唱した「地脈の魔力の乱れ」という説は公式見解となり、それ以上の調査は行われなかった。
しかし、まふゆ、レオンハルト、セリウス、そしてミカゲの四人の間には、あの日以来、言葉にはしない確かな絆と、エドウィンに対する拭いきれない疑念が根付いていた。
……そして今日、初夏の日差しが眩しい、ある晴れた日のこと。
A組の教室は、朝からどこか浮足立った空気に包まれていた。
「プール解禁日やーーー!!!」
まふゆの純粋で元気な声が、教室に響き渡る。
その言葉を皮切りに、クラス中の生徒たちが一斉に騒ぎ出した。
「待ってましたー!」
「今年はどんな水着が流行ってるんだろうな?」
「日焼け止めしっかり塗らないと!」
特に女生徒たちは、新しい水着の話や体型を気にする声で盛り上がっている。男子生徒たちも、どこかそわそわと落ち着かない様子だ。
そんな喧騒の中、まふゆの周りに座る三人の反応は、それぞれ対照的だった。
「……プールか。まあ、体を動かすのはいいことだな」
前の席に座るレオンハルトは、腕を組みながら冷静な口調で言う。しかし、その耳がほんのりと赤くなっているのを、誰にも気づかれてはいない。彼は、後ろの席のまふゆがどんな水着を着るのか、気になって仕方がないのを必死に隠していた。
「ちょ、ちょっと、まふゆ!声が大きいよ……!」
隣の席のセリウスは、顔を真っ赤にして慌ててまふゆに注意する。彼は人一倍、肌を晒すことに抵抗があった。特に、自分のハーフエルフとしての身体的特徴が露わになるかもしれない水泳授業は、楽しみ半分、憂鬱半分といったところだった。
「…………」
後ろの席のミカゲは、相変わらず無表情で窓の外を眺めている。しかし、彼の影はいつもよりわずかに濃く、揺らめいているように見えた。
(……水着。他の男共があんたの姿を見る……)
彼の内側では、独占欲と嫉妬の黒い炎が静かに燃え上がっていた。もし不埒な視線を向ける者がいれば、即座に影に引きずり込む準備はできている。
やがて、教室の扉が開き、A組担任のエドウィンが入ってきた。
「はい、皆さん静粛に。浮かれているようだけど、水泳『授業』だということを忘れないように」
彼はいつも通りの柔和な笑みを浮かべている。しかし、その視線は一瞬、歓声を上げた張本人であるまふゆに向けられ、ねっとりとした光を帯びた。
「……特に、まふゆ君。君のような果実は、水辺では格別だろうから。悪い虫がつかないよう、私がしっかり見ていてあげよう」
その囁くような声は、まふゆの耳にだけ届いた。背筋にぞくりと冷たいものが走る。
三人の男たちが、そのエドウィンの視線に気づき、一斉に鋭い敵意を彼に向ける。
夏の始まりを告げる水泳授業は、早くも波乱の幕開けを迎えようとしていた。




