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彼は短剣を音もなく鞘に納めると、まふゆの前にすっと屈み込んだ。
そして、何の躊躇もなく、彼女の膝の裏と背中に腕を回す。
「え……?」
まふゆが戸惑いの声を上げる間もなく、彼女の身体はふわりと浮き上がった。
いわゆる、お姫様抱っこの体勢だった。
まふゆはミカゲの胸に顔を埋める形になり、トクン、トクン、と静かだが力強い心音が伝わってくる。
黒い装束からは、夜の闇や古い書物のような、不思議と落ち着く匂いがした。
「……行くぞ」
彼はそれだけを短く告げると、まふゆを抱きかかえたまま、何事もなかったかのように立ち上がる。
その足取りに一切のふらつきはない。
「大講堂に向かう。あんたは、そのまま動くな」
淡々とした、命令口調。しかし、その声には有無を言わせぬ力強さと、確かな安心感があった。
彼はまふゆの顔に自分の黒い上着の端をかけ、まるで宝物を隠すかのように、彼女の姿を外から見えないように覆った。
まふゆは彼の腕の中で、ただされるがままになっていることしかできない。
廊下の向こうから、また別の魔物の咆哮と、戦闘の音が聞こえ始めていた。
しかし、ミカゲに抱かれているこの腕の中だけは、世界で一番安全な場所のように感じられた。
とくん、とくん……
こんな極限状況だというのに、まふゆの心臓は早鐘を打っていた。
ミカゲの腕の中は、驚くほど静かで、安全だった。彼の黒い装束がまるで砦のように、外の世界の恐怖からまふゆを守ってくれている。
廊下の向こうからは、耳を塞ぎたくなるような戦闘音や魔物の咆哮が聞こえてくるのに、不思議と怖くはなかった。
(たすけに、きてくれた)
絶望の淵にいた自分を、見つけ出してくれた。
その事実が、ユキロンよりも甘く、胸の奥をじんと痺れさせる。
ミカゲの首筋に顔をうずめる形になり、彼の静かで、でも確かな体温と、夜の闇のような落ち着く匂いに包まれる。
まふゆは、そっと目を閉じた。
ミカゲの胸に響く、力強い鼓動。それが自分の高鳴る心音と重なっていく。
……ミカゲは何も言わない。
ただ、まふゆを抱くその腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
彼は廊下の角で一度立ち止まり、気配を殺して周囲の状況をうかがう。その動きには一切の無駄がなく、静かな獣のようだった。
やがて、安全を確認すると、再び静かに歩き出す。
その一連の動きの中で、まふゆを抱く腕が揺れることは一度もなかった。まるで彼女が硝子細工であるかのように、慎重に、そして大切に運ばれている。
まふゆは、このままずっとこうしていたいと、場違いにもそう願ってしまっている自分に気づき、頬を熱くした。




