3-12
「ああ、もっと食べたいけどお小遣いなくなってしもた……」
食べ歩きの楽しさも相まって、まふゆは空になったお財布を見つめ、しょんぼりと肩を落とした。
この学園はランク制度を採用している。
ランクは新入生はGランクからスタートで、Sランクが最高。ランクによって支給される金額や、依頼される任務の難易度も変わってくるという制度だ。
Gランクの生徒に支給される金額は、学園都市の誘惑の前ではあまりにもささやかだった。
「はあ……せめてFランクに上がりたいもんやなあ……」
ぽつりと漏れたその本音に、三人は即座に反応した。
「なんだ、金なら気にすんな。言っただろ、俺が払うって」
レオンハルトはあっけらかんと笑い、自分の財布を取り出した。彼の財布は革製で分厚く、Gランクの生徒が持つものとは明らかに違う。
王子という立場だ。学園から支給される以外のお小遣いも存在しているのであろう。
「ランクなんて、次の昇格試験ですぐに上げてやるさ。お前ほどの支援能力があれば、余裕だ。だから、今は気にせず好きなもん食え」
彼はまふゆの頭をわしわしと撫でながら、頼もしく言い放った。
「……ランクは、実力に応じて正当に評価されるべきものだ。でも、今の君のランクが実力に見合ってないのは事実だね」
セリウスは少し考え込むように顎に手を当てた。
「次の昇格試験は、個人戦だけじゃなくパーティ戦もあるはずだ。僕たちと組めば、高評価を得るのは難しくない。……だから、そんなに思い詰める必要はないよ」
彼はぶっきらぼうな口調ながらも、未来の約束をするように、まふゆを安心させようとする。
「…………」
ミカゲは何も言わない。
ただ、まふゆが次に見つめた露店──きらきらと輝く宝石のような飴細工の店──の店主を、じっと見つめている。
彼の黒い瞳の奥で、何かが静かに計算されていた。
(……あの飴、いくらだ?任務一つで、この店の菓子を全て買い占めても釣りがくる)
彼にとって、金銭とは任務の対価であり、まふゆの望みを叶えるための「手段」でしかなかった。彼は無言のまま、自分の懐に忍ばせた学園以前に稼いだ金貨の重みを確かめていた。
三者三様のやり方で、彼らはまふゆのささやかな悩みを解決しようと、ごく自然に動き出していた。
「まあ、お小遣いも無くなったことやし、今日はもう帰ろかな……」
しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の視線は近くの露店に釘付けになっていた。
色とりどりの、ふわふわとしたお菓子が並んでいる。看板には『ユキロン』と書かれていた。
(うっ……高い……!でも、めっちゃ食べたい……!!)
どうやらマシュマロみたいにふわふわで、わたあめみたいにじゅわっと口の中で溶けて、ミルキーな味がするらしい。
想像しただけで、口の中に甘さが広がる。だが、その隣に書かれた値段を見て、まふゆは心の中でため息をついた。空っぽのお財布では、とても手が出ない。
その、ほんの一瞬の、しかし切実な視線の動きを、三人が見逃すはずがなかった。
彼女のささやかな願いを叶えてあげたいという強い想い。
それらが三人を同時に突き動かした。
「待て、帰る前にちょっと寄るとこがある!」
レオンハルトはまふゆの手をぐっと掴むと、力強く歩き出した。
「ちょっ、兄さん!強引すぎるよ!……まふゆ、もう少しだけ付き合ってくれる?」
セリウスも慌てて隣に並び、まふゆを気遣う。
「……行くぞ」
ミカゲはまふゆの背中を優しく押し、二人から遅れないように促した。
三人はアイコンタクトだけで意思を疎通させると、まふゆを連れて一直線に『ユキロン』の店へと向かう。
「「「これを一つ(くれ)」」」
三人の声が、綺麗に重なった。
レオンハルトの力強い声、セリウスの少し照れたような声、そしてミカゲの低く静かな声。
店主が驚いて顔を上げる前で、三人はそれぞれ財布を取り出し、カウンターにお金を置こうとして────そこで初めて互いの行動に気づき、火花を散らすような視線を交わした。
「俺が払う」
「僕が払う」
「……俺が」
一人の少女のささやかな願いを巡って、三人の男たちによる静かな戦いの火蓋が切って落とされた。




