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実習場へと続く門がゆっくりと開かれていく。
その向こうには、鬱蒼とした森が広がっており、時折、得体の知れない獣の鳴き声が聞こえてくる。学園の結界に守られた安全な場所でしか生きてこなかったまふゆにとって、それは未知の世界との境界線だった。
「う、うう、やっぱり怖いわあ……」
まふゆは思わずレオンハルトの服の裾をきゅっと掴んだ。指先が小さく震えている。弱い魔物しかいないと頭では分かっていても、本能的な恐怖が拭えない。
その震えに気づいたレオンハルトは、振り返ると安心させるように力強く微笑んだ。
「大丈夫だ。俺たちがいる。それに、いざとなればお前の治癒術が頼りだ。自信を持て」
彼はまふゆの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でる。その無骨だが優しい感触に、まふゆの心臓の鼓動が少しだけ落ち着いた。
「……まったく、君は本当に手が焼けるな。そんなに怖いのなら、僕の後ろにでも隠れてればいい」
隣にいたセリウスは、呆れたように言いながらも、まふゆを庇うように一歩前に立つ。その横顔はぶっきらぼうだが、耳がほんのり赤い。
そして、いつの間にかまふゆの背後に立っていたミカゲが、低い声でぽつりと呟いた。
「……あんたには、指一本触れさせない」
その言葉は、絶対的な守護の誓い。
三者三様の、しかし確かな守る意志に囲まれて、まふゆはぎゅっと掴んでいたレオンハルトの服の裾をそっと離し、深呼吸を一つした。
(……せやな。大丈夫。うちは一人やない)
恐怖はまだある。けれど、それ以上に、この頼もしい仲間たちと共にいる心強さが、胸の奥から湧き上がってくるのを感じていた。
……門をくぐり、一歩、また一歩と森の中へ。
ひんやりとした空気が肌を撫で、木々のざわめきや遠くで聞こえる獣の声が、まふゆの緊張を掻き立てる。結界の外の、本当の自然。それは美しくもあり、同時に底知れない恐怖も感じさせた。
まふゆは恐る恐る、森を歩いて行く。
先頭を行くのは、大剣を肩に担いだレオンハルト。彼の広い背中が、頼もしい盾のように見える。その後ろにセリウスとまふゆが並び、最後尾をミカゲが音もなくついてくる。自然とまふゆを中央で守るような陣形になっていた。
まふゆは辺りを気にしながら歩く。
木の根に足を取られないように、枝に服を引っかけないように。そして何より、いつどこから魔物が現れるかと、キョロキョロと視線を彷徨わせていた。
そんな彼女の様子に気づいたセリウスが、わざとらしく溜息をついてみせる。
「そんなに周りばかり見ていたら、かえって危ないよ。足元に集中したらどうだ」
ぶっきらぼうな口調だが、その視線はまふゆの足元と周囲を警戒するように動いている。
「ご、ごめ……」
まふゆが謝罪の言葉を口にしようとすると、前方で不意にレオンハルトが立ち止まり、静かに右手を挙げた。進行停止の合図だ。
「……来たぞ。数は二匹。ゴブリンだ」
彼の低い声が響く。
前方、木々の影から、緑色の肌をした二体の小さな人型の魔物が、棍棒を手に姿を現した。涎を垂らし、知性のない目でこちらを威嚇している。
「セリウス、一体は任せた。ミカゲは周囲の警戒を。まふゆは俺たちの後ろに」
レオンハルトは冷静に指示を飛ばすと、大剣を構え、ゆっくりとゴブリンとの間合いを詰めていく。
初めて見る本物の魔物を前に、まふゆはごくりと息を呑んだ。




