2-4
キーン、コーン、カーン、コーン……
澄んだ鐘の音が学園中に響き渡り、一限目の授業の始まりを告げる。
気まずい沈黙の中にいた三人は、その音にはっと顔を上げた。
「おっと、もうそんな時間か。席に戻らないとな」
レオンハルトはそう言うと、まふゆの頭に置いていた手を名残惜しそうに離し、自分たちの席へと戻っていく。
「……」
セリウスはまだ何か言いたげな、複雑な表情でまふゆを一瞥したが、結局何も言わずに兄の後を追った。その背中には、まだ戸惑いの色が残っている。
まふゆは自分の席に着きながら、二人の背中を見送った。
(うち、ほんまにあかんこと言うてしもた……)
そんな感傷に浸るまふゆの思考を、教壇に立つ人物の気配が中断させた。
扉から入ってきたのは、柔和な笑みを浮かべた担任教師、エドウィン・ヴォルクシュタインだった。
「はい、皆さんおはよう。席に着いてくれたまえ」
彼の声が教室に響く。
その声を聞いた瞬間、まふゆの背筋にぞくりと冷たいものが走った。昨夜の恐怖が鮮明に蘇る。
エドウィンは教室全体を見渡した後、その視線をゆっくりとまふゆに向けた。そして、他の誰にも気づかれない一瞬、彼の瞳の奥に、ねっとりとした執着の光が宿るのを、まふゆは見逃さなかった。
彼は何事もなかったかのように、にこやかな笑顔のまま口を開く。
「昨日の課題、ご苦労様だったね。そういえば、霊廟のあたりで物騒な騒ぎがあったと聞きましたが、皆さんの中に被害に遭われた方はいないかな?」
その言葉は、明らかにまふゆに向けられている。エドウィンのねっとりとした視線と、わざとらしい問いかけ。
その声に含まれた歪んだ響きを敏感に感じ取り、まふゆは思わず目を逸らした。
教壇に立つ男が、昨夜自分を恐怖に陥れた張本人であるという事実。しかし、それをここで叫ぶことはできない。証拠は何一つなく、下手に騒げば彼の思う壺だ。
まふゆが俯いて黙り込んだことで、教室の視線が自然と彼女に集まる。昨夜の騒ぎの中心にいたのが彼女とミカゲであることは、すでに噂として広まっていたからだ。
「おや、まふゆ君。どうかしたのかい?顔色が優れないようだけれど」
エドウィンは、心配する教師の仮面を完璧にかぶり、追撃の手を緩めない。その声は優しく、しかし確実にまふゆを追い詰めていく。
その時だった。
「……先生。彼女は昨日の課題で疲れているだけです。それ以上、詮索するのはどうかと思いますが」
隣の席から、静かだが芯の通った声が響いた。セリウスだった。
彼はエドウィンを真っ直ぐに見据え、その瞳には明確な敵意と庇護の色が浮かんでいる。先程までの気まずさを微塵も感じさせない、毅然とした態度だった。
「ああ、そうだ。それより授業を始めてくれ。俺たちはあんたの世間話を聞きに来てるんじゃない」
前の席からも、レオンハルトの低く、有無を言わせぬ声が続く。
兄弟の連携した援護射撃。それは、エドウィンに対して「この生徒に手を出すな」という無言の警告でもあった。
そして、まふゆの後ろの席。
ミカゲは何も言わない。しかし、教室の温度が数度下がったかのような、濃密な殺気が静かに放たれていた。その殺気はただ一人、教壇に立つエドウィンにだけ向けられている。
「……おや、これは失礼。皆さん、課題でお疲れのようだね」
エドウィンは肩をすくめ、にこりと笑う。しかし、その笑顔の裏で、レオンハルト、セリウス、そしてミカゲの三人を値踏みするように一瞥した。彼の計画にとって、この三人は邪魔な駒になりうる。
特に、ミカゲから放たれる殺気には、エドウィンも内心で舌打ちをしていた。
(……面倒な番犬が、増えたな)
彼は内心で毒づきながらも、何事もなかったかのように教科書を開く。
「では、気を取り直して、古代魔術史の授業を始めようか」




