2-3
「……桜の国は元々知識も技術もない貧困の国で、エルフ族の魔術のおかげでここまで大きくなったって言われてる」
突如、三人の間に一人の少女の声が割り込む。
振り向くと、桜のような薄ピンクの髪を持つ、猫族の獣人の少女がそこに居た。
「桜の国ではエルフ族は宝物同然なの。そんな国で育った彼女に差別なんて言っても理解出来やしないわよ」
その少女の言葉は、まふゆにとって当たり前の歴史であり、事実だった。
しかし、その事実はセリウスの世界観を根底から揺るがすには十分すぎた。
「……魔術のおかげで、国が……?」
彼の声は掠れていた。
「……そんなのは、ただの綺麗事だ。桜の国が、特別だっただけだろ……」
彼はそう吐き捨てるように言ったが、その言葉にはもう先程までの刺々しさはない。
むしろ、すがりつくような響きがあった。
自分の信じてきた世界が、常識が、目の前の少女のたった数言で崩れ去っていく。その事実に耐えられず、彼は必死にそれを「例外」だと位置づけようとしていた。
まふゆは戸惑いながら獣人の少女とセリウスの顔を交互に見つめることしか出来ない。世間知らずの自分が何か言うと、彼を傷つけることになってしまうかもしれないからだ。
「……だいたい急に割り込んできて君は何なんだよ」
「……あたしはシャノン。猫族の獣人よ。あなたたちと同じ、新入生」
そう名乗ると、彼女は軽く肩をすくめる。尻尾が、機嫌を測るかのように小さく揺れた。
「それに急に、じゃないわ。さっきから聞いてただけ。あんたたち、声大きいもの」
「……盗み聞きか。随分と趣味がいい猫なんだな君は」
「聞こえちゃったの。特にそんな国があるわけがない……ってところ」
シャノンはセリウスを真正面から見据える。その琥珀色の瞳には、挑発ではなく、どこか醒めた現実主義の光が宿っていた。
「あるわけがない、じゃない。あってほしくない、だけでしょ」
その一言が、静かに、しかし確実に突き刺さる。
「……っ」
セリウスは言葉を失い、唇を噛んだ。
「世界は広いのよ。差別が当たり前の国もあれば、共存を選んだ国もある。桜の国は後者。ただそれだけ」
シャノンはそう言い、まふゆに視線を向ける。
「……ごめんなさい。うち、無神経で……」
まふゆは俯き、声が震えるのを抑えられなかった。
セリウスがどれほどの苦しみを抱えて生きてきたのか、想像もつかない。それなのに、自分は無邪気に「宝物」などと言ってしまった。
そのか細い謝罪の言葉に、セリウスははっと我に返る。
彼はまふゆを責めたかったわけではない。ただ、自分の世界には存在しない「光」を突きつけられて、混乱していただけなのだ。俯いて小さくなっている彼女の姿を見て、逆に罪悪感がこみ上げてくる。
「……いや、君が謝ることじゃない。僕が、勝手に……」
言葉が続かない。
気まずい沈黙が、流れる。
「……ちっ」
その沈黙を嫌うかのように、シャノンが小さく舌打ちをする。
「ほんと、面倒な子」
そう言いながらも、彼女の声には苛立ちより、どこか諦めに似た色が混じっていた。
「忠告しとくわ、まふゆ。あんたみたいなのが、一番目をつけられる」
その意味深な言葉に、レオンハルトが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「……さあね。そこまでは教えてあげない」
シャノンは鈴のついた尻尾を揺らしながら、自分の席へと戻って行った。
「……何なんだよ、あいつ」
その背中を見つめ、セリウスはそう吐き捨てた。




