僕のお気に入りの喫茶店には、看板娘のメイドロボットがいる
僕のお気に入りの喫茶店には、看板娘のメイドロボットがいる。
カンナ重工製のMODEL17。緑色の髪を後ろで結わいたポニーテール。特段目立つような所は無い。何の変哲もないどこにでもいる少し古い型の人型メイドロボットだ。ただ僕は、そのメイドロボットをとても気に入っている。好意では無い。興味があるわけでも無い。ただ、見てて飽きないのだ。
その看板娘のメイドロボは、今日も今日とて閑古鳥の鳴く店内のカウンターで、肘を付きながらショーウィンドウの外の景色を肘を付きジト目で見ている。暇そうである。今日の服装はメイド服。黒いロングドレスに白いエプロン。コントラストが映える何の変哲もないエプロンドレス。僕はその姿をいつもの席、入り口から2番目に近いテーブル席でそのメイドロボが淹れたコーヒーの香りを楽しみながら、本と新聞を読む。本は何でもいい。雑誌でも小説でも何でもいい。新聞は読むけど、持っている目的は違う。「そのメイドロボを見るため」と言うと少しいやらしい言い方にも思えるが、実際そうなんだからそう言う風に伝わってしまっても、まあ仕方は無い。読んでいるフリをして眺めるのに使うのだ。
看板娘のメイドロボはジーっと外を眺めている。冬の昼下がりの暖かい光はそのガラスの瞳にどう映っているのか。暖房が効いている店内は暖かい。しかし底冷え気味である。僕はそろそろ何か起きそうな予感がした。コーヒーを一口飲む。少し冷めているがいつも通り美味い。コーヒーの味は分からないが、とりあえず美味いとだけ思っておく。苦いのがきっと美味いんだ。なんとなく目が覚めたような気になったら、小説に栞を挟み、あたかも気分が変わった人かのように新聞を手に取り開く。しかし文字は読まない。目に入れるのはあの看板娘のメイドロボの姿だ。新聞の右端からひっそり覗くと、メイドロボが相も変わらず外を眺めていた。しかし様子がおかしい。何がおかしいのか。ジーっと観察してみる。すると……。
(あれはまさか……鼻提灯?)
ジト目で外を見たまま鼻提灯。目を開いたまま居眠りしている。それは良い。良くは無いのかもしれないけれど。だがその鼻提灯はいかがなものか。と言うかどうやって出してんだそれ。鼻水なんて出ないだろうに。鼻提灯が弾けた。咄嗟に顔を新聞で隠す。危ない危ない。にやけた口元が見えないように今度は新聞の上側から覗いてみる。どうやら起きたようだ。鼻をすすりながら鼻の下を手でごしごしし終わると再び肘をついて外を眺め始めた。
新聞を半分に折りコーヒーを一口飲む。先ほどよりも冷めている。苦味が増しているようにも感じる。世の中の大人たちはそれが美味いからこんなものを飲むのだろう。だから美味いと思っておく。ゴクリと喉から胃に流し込むと再び新聞を開く。そして看板娘のメイドロボを覗いてみる。するとコクリコクリとリズミカルに舟をこいでいる。やはり昼下がりのこの陽気には勝てないようだ。ロボットなのになんとまあ人間臭い動きをする。そしてその船はどんどん睡魔に誘われ深い海へと沈んでいく……。
ゴン!
落ちた。カウンターに打ち付けた額を痛そうに両手で抑えながら顔をゆっくり起き上がる。ガラスの瞳が涙目にも見える。と言うか涙を流しているのではないかとも思えてしまう。実を言うと彼女は昨日も居眠りをしていた。その前も、その前の前の日も。ランチが終わり忙しさから解放されるこの時間だから仕方がないのかもしれない。言わばルーチン。そうプログラミングされているかと言うぐらい正確に居眠りをする。今日で一か月の連続。何か記念品を贈答した方が良いのだろうか。と言うか一か月も欠かさず毎日この喫茶店に通っていたことに気づきほとほと呆れてしまった。居眠りするメイドロボを観察することの何が楽しいのか。新聞を畳み冷めきってしまってただの苦い黒い水となったコーヒーを飲み干す。持ち物をまとめ席を立ち会計を済ますために出口前のレジに行く。眠たそうな看板娘のメイドロボが注文伝票の内容を読み上げながらレジに打ち込み値段を伝える。ホットコーヒー一杯、300円。支払いを終え領収書をもらうと、看板娘のメイドロボがこう訝し気に話しかけてきた。
「あの……毎日通ってくれてありがとうごぜーます。その……いつも私のことを見てるみたいですけど、何か変なことでもありますけ?」
ごぜーます。ありますけ? だ、そうで。見ていたことを知っていたことに顔が熱くなる。が、それ以上にその言葉使いが気になってしまう。なんとも言えない、その、なんとも言えない、ああ。とりあえず落ち着いて僕はこう答えた。
「居眠り皆勤賞。」
僕はそのまま踵を返し、店の扉を開け夕焼けの寒空の下へと逃げた。
ああ。絶対に嫌な客と思われたに違いない。
僕は別に、あのメイドロボが居眠りをしていたことを咎めるつもりで毎日あの喫茶店に通っていた訳では無い。本当に伝えたかったことはまだ言葉と言う形には出来ない。ただ見てて飽きないから、僕は毎日あの喫茶店へ通っている。ただ、それだけなんだ。
僕は「はあ」と深いため息をついた。




