時を正す書 ―飛鳥書記―
はじめまして。
この作品を開いてくださり、ありがとうございます。
本作は、
「もし歴史が“正しすぎる方向”に歪められていたら?」
という疑問から生まれた、歴史ファンタジーです。
物語は現代から始まり、
飛鳥・平安・鎌倉・南北朝・戦国と、
日本史の分岐点を巡っていきます。
史実をベースにしていますが、
登場人物・設定・出来事はフィクションです。
歴史に詳しくなくても楽しめるよう構成していますので、
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
少しシリアスな物語ですが、
最後まで読んでいただけたとき、
何か一つでも心に残るものがあれば幸いです。
どうぞ、よろしくお願いします。
俺の名前は、九条友彦
大手企業辻沢銀行に務める一般人だ
変わりのない毎日に飽き飽きしていた
そんな俺にあんなことが起こるとは思いませんでした
とある日の朝友彦は目覚ましで起床した
「もう朝かよ」
「仕事行きたくね~」
友彦は毎日同じ事を言っては、会社に出かけている
そんな友彦は珍しく寝坊した
「やばい、遅刻だー」
心臓が早鐘のように鳴った。
冷たい朝の空気を切り裂くように駅へと走った。
「今日は大事な会議があるのに」
「電車間に合うかな」
その時見知らない人が友彦に挨拶をした
「こんにちは」
友彦は、びっくりしたが挨拶をした
「こんにちは」
見知らないが友彦に話しかけてきた
「九条友彦さんですよね」
友彦は急に自分の名前を呼ばれて困惑した
「どうして、自分の名前を?」
「あなたは一体?」
見知らない人は自己紹介を始めた
「私の名前は、羽田翔太」
「国立研究所で働いている者です」
「九条友彦さんにお願いいたいことがありまして伺いました」
友彦は質問をした
「なんで国立研究所の方が私に?」
「あと…お願いしたいこととは何ですか?」
翔太は、質問を答えた
「実は、とある書物が発見されまして」
「某国立帝国大学の歴史学部トップの成績で卒業した友彦様に解読をお願いしたくお伺いしました」
友彦は、疑問に思った
「なんで僕が…」
「他の歴史学者がいますよね」
「一般人の僕じゃなくて、学者にお願いしたほうがいいですよ」
翔太は、軽く笑い答えた
「あなたじゃないといけないのです」
「もし、興味があったらここに来てください」
といい友彦にメモを渡した
「では、さようなら」
翔太は、人混みの中に消えた
「あの人は一体何だったんだ」
「やば、大遅刻じゃん」
友彦は会社についた
「上司かんかんかな」
「初めてだよこんな大遅刻」
友彦は、約2時間の遅刻をしていた
友彦は会社に入り上司に謝った
「すいませんでした」
上司は怒らずに穏やかな顔で言った
「珍しいねこんな遅刻」
「会議には、間に合ったしいいよ」
友彦の顔は笑顔になって
「ありがとうございます」
「今日は遅れた分残業します」
と言った、すると上司が
「今日はノー残業デイだから残らなくていいよ」
と言った
友彦は仕事中翔太に渡されたメモを見ていた
メモには、こう書かれていた
東京都千代田区霞が関国立研究所センタービル
受付で歴史研究部係長羽田翔太に会いに来たお声がけください。
お待ちしております。
友彦はメモを見ながら考えた
「なんで俺なんだろう」
「今日は早く帰れるし行ってみようかな」
「少し興味あるし」
友彦は早く仕事を終わらせ翔太に会いに行った
「ここで合っているのかな?」
友彦は疑問に思いながら建物に入っていった
受付の方が声をかけてきた
「こんにちは」
「今回はどのような関係でいらっしゃいましたか?」
友彦はメモの内容通りに言った
「歴史学部係長羽田翔太さんにお呼ばれまして」
すると受付の方が
「かしこまりました」
「現在羽田は20階の第一会議室にいますので、あちらのエレベーターで20階に行っていただき突き当りを右に会議室がございますので」
と言った
「ありがとうございます」
と友彦が言った
友彦は会議室に向かった
「本当に国立研究所で働いていたんだ」
「ここだな会議室は」
友彦は会議室に入った
「お待ちしておりました」
「こちらにお掛けになってください」
と翔太が言った
友彦は席に座り気になってことを聞いた
「朝もお話ししましたがなんで私じゃないといけないのですか?」
翔太が顔を上げて言った
「実は九条友彦さんのご先祖様がこの書物に深く関係しておりまして」
「友彦さんのご先祖様は奈良時代に名をはせた藤原北家嫡流に連なる「五摂家」の一つのご家系でして」
「友彦さんは全国にある九条家の本家家系ですのでこの書物に関係する最重要人物なのです」
友彦は驚いた表情で答えた
「私があの有名な九条家本家の子孫」
翔太は友彦の目を見て言った
「歴史が好きなあなたならどれだけすごいことかわかりますよね」
「もしよろしければ解読を手伝ってくれませんか?」
友彦は少し考えて答えた
「私でよければ手伝わしてください」
翔太は笑顔になって
「ありがとうございます」
と言った
友彦は翔太に質問した
「その書物はどこで見つかったんですか?」
翔太の表情が暗くなって
「実は私たちもどこから来たのかがわからなくて」
「ある日、ポストの中に入っていたんです」
友彦は不思議そうな顔になって
「突然ですか?」
翔太は答えた
「はい、突然です」
「あやしい封筒の中に入っていました」
「これがその書物です」
友彦は驚いた
「この書物表紙に飛鳥書記と書かれていますね」
「この書物は飛鳥時代の物ですか?」
翔太は険しい顔をして
「解読できる部分だけ読んでみたら飛鳥時代から江戸時代まで書かれていました」
「全ページに書かれている最後の文だけ読めないのです」
友彦は最後の文を指でさして
「ここですか?」
翔太はうなずいた
友彦続けて
「もしかしたら読めるかもしれません」
翔太の顔が明るくなって
「本当ですか?」
友彦はある法則に気が付いた
「最初の数文字が全ページ同じなんですよ」
「何々?」
「…この…時代に…行き…たければ…次の文を…読め?」
「天照…大御神様…我らに…永久の平和…をたまへ?」
すると目の前が白くなった
遠くで聞きなれない言葉が聞こえてきた
「家帰らば何す?」
「おなじくは寝む?」
と二人組が遠くで話していた
友彦は遠くを見ながら
「ここはどこだ?」
と言った
隣には気絶した翔太もいた
友彦がみたいた景色には見たことあるような建物があった
「あ、あれは…」
「法隆寺?」
「でもなんか違うような…なんか新しい…」
「あそこにあるのは」
「ま、まさか」
友彦は気絶した翔太を起こした
「翔太さん起きてください」
翔太は起きた
「ここはどこですか?」
友彦は答えた
「たぶん奈良県です」
翔太は驚いた
「なんで奈良県にいるんですか?」
「さっきまで東京にいたのに」
友彦は翔太に話しかけた
「ここからの景色を見てください」
翔太は不安そうな顔をしながら景色を見た
「あそこにあるのは法隆寺であそこにあるのは…藤原京?」
「もしかして飛鳥時代の奈良県?」
「まさか、タイムスリップしたのですか?」
友彦は答えた
「たぶんそうです」
「建物も飛鳥時代特有のものばかりですもんね」
翔太は足元に落ちていた書物を見つけた
「この書物も一緒に過去に来たのか」
翔太は書物を開いた
書物にはこう書かれていた
持統天皇と厩戸皇子の願ひをかなえよ
翔太は驚いて友彦に伝えた
「友彦さん」
「書物の内容が変わっていてこう書かれていました」
翔太は内容を読んだ
そしたら友彦は驚いた
「持統天皇ってあの持統天皇ですか?」
「厩戸皇子って聖徳太子ですよね」
「実在していたんだ」
友彦は目を輝かせて答えた
続けて友彦は答えた
「いってみませんか?」
「翔太さん」
「もしかしたら私たちは何かしてほしいことがあってここに呼ばれたのかもしれません」
翔太は少し表情を和まして
「もし呼ばれたのならば…仕方ないですね」
「行きましょう」
二人は都(藤原京)に向けて歩みを進めた
友彦と翔太は藤原京の入口にたどり着いた
入り口に立っていた兵士が声をかけてきた
「そこの怪しき服を着し二人」
「通行書を見せたまへ」
二人は困惑して
「通行書ってなに?」
友彦は呟いた
すると兵士が
「通行書を持ちたらずや?」
「ではここは通行すべからず」
友彦は答えた
「そこをどうにかお願いします」
翔太が何かいいかけた瞬間遠くから声が聞こえた
「そこの二人組ここに何せり?」
その言葉づかいはとても高貴な人に聞こえた
「あなたは誰ですか?」
翔太が呟いた
高貴な人は自己紹介を始めた
「我は藤原鎌足旧姓中臣鎌足なり」
「きみらは?」
友彦は紹介を始めた
「私は九条友彦で彼が羽田翔太です」
友彦らが紹介を終えた瞬間鎌足が驚いた顔をした
「今九条と名乗りきや?」
友彦はうなずいた
すると鎌足は一歩前に出て、友彦の顔をじっと見つめた。
「九条……その名、ただ者にあらず」
「その姓は、はるか未来において我が一族より分かれし、極めて高き家名」
鎌足は兵士たちに向かって静かに手を上げた。
「この者たちは我が責任において都へ通す」
「下がれ」
兵士たちは深く頭を下げ、道を開いた。
友彦は思わず頭を下げた。
「ありがとうございます」
鎌足は微かに笑みを浮かべた。
「礼には及ばぬ。むしろ我が方が話を聞きたい」
「天が動かぬ限り、九条の名を持つ者がこの時代に現れるはずがない」
鎌足は二人に歩み寄り、低い声で言った。
「ちょうどよい。今、帝も、皇子も、重大な悩みを抱えておられる」
「きみらをお引き合わせしよう」
藤原京・内裏
都の奥へ進むにつれ、荘厳な建物が並び、空気が一変した。
人々の動きは規則正しく、どこか張り詰めている。
やがて、大きな御殿の前で鎌足は立ち止まった。
「ここより先は、天皇の御前」
翔太は小声で友彦に囁いた。
「本当に……歴史の教科書の中に入ったみたいですね」
友彦は黙ってうなずいた。
御殿の中に入ると、静寂が支配していた。
奥の高座に、凛とした気配を放つ一人の女性が座していた。
その姿を見た瞬間、友彦は直感した。
(この人が……)
鎌足が深く頭を下げる。
「持統天皇陛下、こちらが例の二人にございます」
持統天皇はゆっくりと二人を見渡した。
「そなたたちが……時を越えて来し者か」
その声は穏やかでありながら、すべてを見透かすようだった。
友彦と翔太は慌ててひざまずいた。
「恐れ多くも、名を九条友彦、羽田翔太と申します」
持統天皇は小さくうなずいた。
「やはり……書が導いたか」
その時、御殿の脇から、軽やかな足音が響いた。
「なるほど、未来の客人というわけですか」
現れたのは、柔らかな笑みを浮かべた一人の皇子だった。
知的で落ち着いた雰囲気、しかしどこか鋭さを秘めている。
友彦は思わず息をのむ。
「まさか……」
持統天皇がその人物を紹介した。
「こちらは厩戸皇子」
翔太は震える声で呟いた。
「厩戸皇子……聖徳太子……」
厩戸皇子は楽しそうに微笑んだ。
「その名で呼ばれるのは、まだ先の話ですがね」
「未来の者よ、よくぞ来てくれました」
厩戸皇子は友彦の目をまっすぐに見た。
「そなたたちに頼みがある」
「この国の“時”が、わずかに歪み始めている」
持統天皇が静かに言葉を継いだ。
「その歪みは、いずれ未来までも揺るがす」
「それを正せるのは、書に選ばれし者のみ」
友彦の脳裏に、あの書物の言葉が蘇る。
――持統天皇と厩戸皇子の願ひをかなえよ――
厩戸皇子は一歩前に出た。
「さあ、九条友彦」
「時の書が示す“願い”とは何か」
「それを知るところから、そなたたちの役目は始まる」
友彦は深く息を吸い、強くうなずいた。
「……お引き受けします」
こうして、
持統天皇と厩戸皇子、そして時を越えた二人の物語が、静かに動き始めた。
厩戸皇子はゆっくりと二人に背を向け、御殿の奥へ数歩進んだ。
「この国の歴史は、一本の川のようなもの」
「本来なら、過去から未来へと淀みなく流れる」
そう言って、床に置かれた古い地図のような板を指し示した。
「だが――」
板の上に刻まれた線が、淡く光を帯び、ところどころ歪んだ。
翔太は思わず声を上げた。
「……曲がっている?」
持統天皇が静かに口を開いた。
「時空の歪みが生じている」
「原因は一つではない。人の欲、恐れ、そして選ばれぬはずの出来事」
「その影響が、各時代に“問題”として現れ始めているのだ」
友彦は胸の奥がざわつくのを感じた。
「それが……僕たちが呼ばれた理由ですか」
厩戸皇子は振り返り、まっすぐにうなずいた。
「そうだ」
「時の歪みは、すでに飛鳥だけの問題ではない」
「奈良、平安、鎌倉、戦国、江戸――」
「そして、そなたたちの生きる未来にまで影を落とす」
翔太は息をのんだ。
「つまり……」
「歴史のどこかで、本来起こるはずのないことが起きている?」
厩戸皇子は微笑んだが、その瞳は鋭かった。
「理解が早い」
持統天皇が二人を見据える。
「我らは“願い”として書に託した」
「時を越えられる者に、歪みを正してほしいと」
友彦は書物を強く握りしめた。
「だからこの書は……」
「読むたびに、時代を超えたんですね」
「翔太さんと僕を、必要な場所へ」
厩戸皇子は一歩近づいた。
「そなたたちは、時の流れの外に立つ存在となった」
「各時代へ赴き、起きている問題を解決せよ」
「それが叶えば、歴史は本来あるべき姿へ戻る」
翔太は不安げに尋ねた。
「もし……失敗したら?」
御殿の空気が、一瞬張り詰めた。
持統天皇は低く、しかし確かな声で告げた。
「歪みは拡大する」
「やがては、未来そのものが失われる」
沈黙が落ちた。
友彦は深く息を吸い、翔太を一度見たあと、前へ進み出た。
「やります」
「僕たちにしかできないなら、逃げません」
翔太も覚悟を決めた表情でうなずいた。
「歴史を守る……」
「そんな大役、断れるはずがありません」
厩戸皇子は満足そうに笑った。
「よい答えだ」
持統天皇は書物にそっと手を添えた。
「まず向かうは――最初に歪みが生じた時代」
書物の文字が淡く光り、新たな一文が浮かび上がる。
――第一の時代へ向かえ
――歪みの始まりを正せ
友彦はその文字を見つめ、静かに呟いた。
「ここからが……本当の始まりなんですね」
白い光がゆっくりと引いていく。
足元に感じるのは、冷たい石ではなく、柔らかな土の感触だった。
鼻先をかすめるのは、香の匂いと、どこか湿った木の香り。
「……ここは」
友彦が目を開けると、そこには整然と並ぶ寝殿造の屋敷群が広がっていた。
朱塗りの回廊、白砂の庭、ゆるやかに揺れる御簾。
翔太は周囲を見回し、息をのむ。
「平安京……ですね」
「しかも、この規模……中流貴族じゃない」
二人の服装も、いつの間にか狩衣姿へと変わっていた。
「また……書物の仕業か」
友彦が呟いたその時、背後から低い声がした。
「その装束……どこの家の者だ?」
振り返ると、烏帽子をかぶった壮年の貴族が立っていた。
落ち着いた眼差し、しかし威厳を感じさせる佇まい。
翔太が一瞬言葉に詰まる。
(まずい……身分を間違えたら……)
だが次の瞬間、その貴族は友彦の顔をじっと見つめ、驚いたように目を見開いた。
「……その顔立ち」
「まさか」
貴族は一歩近づき、静かに名乗った。
「我は九条家当主、九条師通」
その名を聞いた瞬間、友彦の心臓が跳ねた。
(九条家……)
(本当に……会った)
友彦は深く頭を下げた。
「突然の無礼、お許しください」
「私は……九条友彦と申します」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
「九条……だと?」
師通は思わず声を荒げ、すぐに周囲を見回した。
「ここでその名を口にするとは……」
師通は友彦の腕を掴み、低い声で言った。
「よいか、ついて来い」
「ここは人目が多すぎる」
二人は屋敷の奥、ひっそりとした一室へ通された。
御簾が下ろされ、外の音が遮られる。
師通は正座し、友彦を真正面から見据えた。
「改めて問う」
「そなたは、どこの九条だ」
友彦は一瞬迷い、だが正直に答えた。
「……未来の九条です」
「千年以上後の時代から来ました」
沈黙。
翔太は固唾をのんで見守る。
やがて師通は、深く息を吐いた。
「やはりな」
「近頃、奇妙なことが続いている」
師通は静かに語り始めた。
「本来、九条家が朝廷で力を持つはずの流れが、ところどころ断ち切られている」
「官位の昇進が不自然に遅れ、縁談も不可解に潰れる」
「まるで、誰かが“九条の名”を歴史から削ごうとしているかのようだ」
翔太が息をのんだ。
「それが……時空の歪み」
友彦は拳を握りしめた。
「九条家が衰退すれば……」
「藤原北家、五摂家の流れそのものが変わってしまう」
師通は鋭い視線を向けた。
「やはり、そなたは知っているのだな」
友彦はうなずいた。
「僕たちは、時の歪みを正すために来ました」
「この時代で起きている異変を、元に戻すために」
師通はしばらく黙り込み、やがて決意したように言った。
「ならば見せよう」
「この平安に生じた“異変の核”を」
師通は立ち上がり、御簾の奥へと向かう。
「そこには、本来この世に存在しないはずの“文”がある」
「それがすべての始まりだ」
友彦は翔太と視線を交わした。
第一の時代――
平安時代中期、九条家を巡る歪み。
ここから、二人の本当の試練が始まろうとしていた。
師通に導かれ、二人は九条邸の奥、普段は誰も立ち入らぬという文庫へと足を踏み入れた。
分厚い扉が閉じられると、外界の音は完全に遮断された。
「ここには、代々九条家が守ってきた記録がある」
師通は燭台に火を灯し、棚の奥から一巻の文書を取り出した。
「だが、これは違う」
差し出された巻物は、紙の質も墨の色も、明らかに周囲の文書と異なっていた。
翔太が慎重に手に取る。
「……おかしい」
「この筆致、平安中期のものじゃありません」
友彦も頷いた。
「漢文の構成が不自然だ」
「まるで、後世の人間が“平安風”に書いたみたいだ」
師通は低い声で言った。
「それが朝廷に提出され、九条家の昇進を妨げる根拠として使われた」
「内容は“九条家は不忠の兆しあり”という虚偽」
翔太は歯を食いしばった。
「そんな……歴史改ざんだ」
その瞬間、友彦の胸元が淡く光った。
懐に入れていたあの書物――飛鳥書記が、自ら開いた。
――歪みの源を断て
――文を正し、時を戻せ
「……来ました」
友彦は静かに言った。
「これが、この時代の問題です」
師通は二人を見つめ、深く頭を下げた。
「頼む」
「九条の名を、正しい流れへ戻してほしい」
朝廷・公卿の間
数日後。
二人は師通の計らいで、朝廷の記録確認の場に立ち会うことになった。
だが、そこには異様な存在がいた。
「その文書に異議を唱えるとは、身の程を知らぬ」
冷ややかに言い放ったのは、名も知らぬ下級貴族。
しかし、その背後に漂う気配は、ただ者ではなかった。
友彦は直感した。
(この人間……“時”に触れている)
翔太が一歩前に出る。
「その文書、筆致と用語に時代錯誤がある」
「これは、平安中期以前のものではありません」
周囲がざわつく。
「戯言を」
男が笑った瞬間、文書が不気味に震え、墨が滲んだ。
師通が叫ぶ。
「やはり……呪の類か!」
飛鳥書記が、強く光を放った。
友彦は無意識に声を上げていた。
「この文は、時の流れに背いている!」
「あるべき歴史へ、還れ!」
光が文書を包み、墨が霧のように消えていく。
男は悲鳴を上げ、床に崩れ落ちた。
「なぜだ……なぜ、未来の者が……」
その言葉を最後に、男の姿は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。
歪みの修正
場に残ったのは、正しい記録だけだった。
公卿たちは顔を見合わせ、やがて一人が口を開く。
「九条家に不忠の証なし」
「この件、白とする」
師通は静かに目を閉じた。
「……救われた」
その瞬間、飛鳥書記に新たな文字が刻まれた。
――第一の歪み、正されし
――次なる時代が待つ
屋敷に戻った夜、師通は友彦に言った。
「そなたが未来で何者になるかは知らぬ」
「だが確かに、九条の血は流れている」
友彦は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます」
「この家が、未来へ続くために……」
翔太が空を見上げた。
「……また、来ますね」
次の瞬間、二人を包む光。
平安の夜空が遠ざかり、
次なる時代への扉が開かれた。
光が収束すると、激しい潮の匂いが鼻を突いた。
「……ここは」
友彦が足元を見ると、湿った砂と石畳。
遠くからは波の音、そして荒々しい人々の声が聞こえる。
翔太が顔をしかめた。
「武士の時代ですね」
「しかも……空気が重い」
二人の装いは、今度は質素な直垂へと変わっていた。
前方に見える町並み、坂の多い地形、海に近い都。
「鎌倉だ」
「しかもこの雰囲気……後期ですね」
その瞬間、飛鳥書記が再び震え、文字が浮かび上がる。
――第二の時代
――鎌倉幕府、終焉の兆し
――“執権の家”に歪みあり
翔太は息をのんだ。
「執権……北条家」
「でも史実では、北条はこの時代に強大な権力を握っているはず……」
友彦は違和感を覚えていた。
「……強すぎる」
「この時代の北条は、こんな空気じゃない」
二人が歩みを進めると、武装した武士たちが行き交っていた。
だが、その目には疲労と怯えが浮かんでいる。
「最近は、おかしな命が多くてな」
通りすがりの武士が呟いた。
「御家人が……理由もなく粛清される」
翔太が足を止める。
「史実より……粛清が早すぎる」
やがて二人は、北条家の屋敷近くへと辿り着いた。
高い塀、厳重な警備。
だが、その中心に感じるのは“守り”ではなく“恐怖”だった。
「この歪み……」
友彦は低く言った。
「平安の時とは違う」
「誰かが“意図的に歴史を早めている”」
その時、背後から声がした。
「その通りだ」
振り返ると、僧形の男が立っていた。
年齢は不詳。目だけが異様に鋭い。
「この鎌倉は、すでに“終わるべき運命”を急がされている」
翔太は警戒しながら問う。
「あなたは誰ですか」
男は薄く笑った。
「名乗るほどの者ではない」
「ただ……“時の流れ”を正しくしたいだけだ」
友彦の胸に、嫌な感覚が走った。
(この人……平安の時の“あれ”と同じ匂いがする)
男は北条屋敷の方を見やった。
「北条家は、もはや執権ではない」
「“時”に選ばれぬ力を手に入れた」
その言葉と同時に、飛鳥書記が拒絶するように強く光った。
――偽りの正義
――歪み、深し
男は一瞬だけ、悔しそうな表情を浮かべた。
「……まだ早いか」
「だが覚えておけ」
「この歪みは、個人ではない」
「“時代そのもの”を利用している」
そう言い残し、男は人混みに紛れて消えた。
翔太は震える声で言った。
「今の人……」
「敵ですか?」
友彦は首を横に振った。
「分からない」
「でも一つだけ確かだ」
「平安の歪みより、はるかに大きい」
飛鳥書記に、新たな文字が浮かぶ。
――北条家
――“血で築かれし秩序”
――それは本来、ここまで続かぬ
友彦は拳を握った。
「北条家を直接滅ぼすんじゃない」
「“歪みの原因”を断たないと、歴史が壊れる」
翔太はゆっくりとうなずいた。
「……この時代、相当厳しいですよ」
「でも、やるしかない」
二人は北条家の屋敷を見据えた。
鎌倉後期――
武士の世の終焉を早める、歪められた執権政治。
夜の鎌倉は、昼とは別の顔を持っていた。
潮風に混じる鉄の匂い、遠くで鳴る甲冑の擦れる音。
「正面から入るのは無理ですね」
翔太が低く言う。
友彦は飛鳥書記を懐で感じながら、静かに答えた。
「……名を変えよう」
翔太が一瞬、目を見開く。
「名を?」
「九条では、この時代では目立ちすぎる」
友彦は少し間を置いて続けた。
「ここでは――本城家を名乗る」
翔太はすぐに理解したようにうなずいた。
「天皇家の分家・出雲家の別家」
「その本家筋……ですよね」
友彦は小さく息を吐いた。
「そういう“設定”じゃない」
「この血筋は……本当に、歴史の裏で生き残ってきた家だ」
二人の装束が、再び淡く揺らぎ変化する。
武士装束だが、どこか公家の品格を残した、不思議な佇まい。
北条屋敷・裏門
警護の武士が槍を構えた。
「何者だ」
友彦は一歩前に出て、落ち着いた声で名乗る。
「我は本城友彦」
「出雲の流れをくむ、本城派本家の者」
その瞬間、警護の武士の表情がわずかに変わった。
「……本城、だと?」
「北条家に何用だ」
翔太が続ける。
「本城家は、北条殿と古くより縁を持つ」
「伊賀、奥州、越前――各地に分かれた分家を束ねる役目を負っている」
武士はしばらく二人を睨んでいたが、やがて低く言った。
「……聞いたことがある」
「表に出ぬが、決して消えぬ家」
裏門が、重々しく開いた。
北条家・内邸
屋敷の奥は、異様な空気に包まれていた。
静かすぎる。
人が多いはずなのに、息遣いすら抑え込まれている。
「ここ……」
翔太が囁く。
「“執権の家”というより……」
「閉じた牢獄ですね」
通された座敷に、一人の男が現れた。
北条家当主――いや、得宗家の中枢に近い人物。
「本城家が、今さら何の用だ」
友彦は動じずに答えた。
「“時代の傾き”を感じ、参った」
「北条殿の政が、あまりにも急いている」
男の目が鋭く細められた。
「……急いている?」
「我らは鎌倉を守っている」
友彦は一歩踏み込む。
「守っているのではない」
「“縛っている”」
空気が張り詰めた。
翔太は感じていた。
この場にいる人間の多くが、自分の意思で動いていない。
(平安の歪みとは違う……)
(これは、“構造”そのものが歪められている)
男は低く笑った。
「やはり、本城は厄介だ」
「出雲の血は、余計なものを見る」
その言葉に、飛鳥書記が震えた。
――北条家
――本来、天皇と武家の“均衡”を保つ器
――今は、外より力を注がれている
友彦の背筋に冷たいものが走る。
「……外?」
男は一瞬だけ口をつぐみ、すぐに表情を戻した。
「今宵はここまでだ」
「本城家の者として、しばらく逗留を許す」
「だが、深入りはするな」
その視線は、明確な警告だった。
夜、与えられた部屋にて
翔太が小声で言った。
「完全に、監視されていますね」
友彦は窓の外、闇に沈む鎌倉を見つめた。
「でも、入り込めた」
「北条家の中枢に、“何か”が入り込んでいるのは確実だ」
飛鳥書記に、かすかな文字が浮かぶ。
――本城家
――調停の血
――帝と武家の“間”に立つ者
友彦は静かに呟いた。
「だから……本城家が、この時代に必要なんだ」
鎌倉後期――
北条家内部に食い込んだ、見えない歪み。
そして本城家の名は、
再び歴史の表舞台へと引き寄せられていく。
夜明け前の北条屋敷。
まだ鶏も鳴かぬ刻だというのに、広間には多くの武士が集められていた。
「……この時間に評定?」
翔太が小声で呟く。
友彦は嫌な予感を覚えていた。
(急すぎる……)
広間の中央、灯された松明の下に一人の御家人が引き出される。
鎧も着けぬまま、両腕を縛られた中年の男だ。
「この者、謀反の疑いあり」
北条家の重臣が冷たく言い放つ。
「よって――即刻、処刑とする」
ざわめきが走った。
「証は?」
「調べもなく?」
誰かが声を上げかけたが、すぐに押し黙らされる。
友彦の拳が震えた。
(史実では……ここまで露骨な裁定はまだない)
(これでは恐怖で支配するだけだ)
飛鳥書記が、懐で強く脈打つ。
――不当なる裁定
――血による統治
――時の歪み、臨界
その時、静かな声が広間に響いた。
「待たれよ」
武士たちが一斉に振り返る
現れたのは、白に近い直垂をまとった一人の壮年の男。
武家の装いでありながら、どこか公家の気配を纏っている。
「……あの方は」
翔太が息をのむ。
男は堂々と名乗った。
「本城家当主・本城重家」
その名に、広間が一瞬静まり返った。
「出雲の血を継ぐ、本城派本家」
「帝と武家の均衡を見守る役目を負う者だ」
北条の重臣が顔を歪める。
「本城が、北条の裁定に口を出すつもりか」
重家は一歩前に出た。
「口出しではない」
「これは“正す”ためだ」
重家は縛られた御家人を見つめ、静かに言った。
「この者に、確たる証はあるか」
「密告のみで命を奪うは、武家の法に反する」
広間の空気が、わずかに揺れた。
その瞬間、友彦は確信した。
(この人だ……)
(本城家の“本当の当主”)
重臣が苛立ったように言い返す。
「時がないのだ!」
「鎌倉は、今まさに崩れようとしている!」
重家の目が鋭く光る。
「だからこそ、急いではならぬ」
「急く政は、必ず誤る」
一瞬、沈黙。
そして――
「……本城重家」
重臣は低く言った。
「今宵は引け」
「だが、この裁定は覆らぬ」
重家はゆっくりとうなずいた。
「承知した」
「だが、このままでは終わらぬ」
その場は一旦、散会となった。
裏庭・竹林
重家は、人目を避けるように友彦と翔太を呼び止めた。
「……やはり、そなたか」
友彦は驚いた。
「ご存じだったのですか?」
重家は微かに笑った。
「名乗りを聞いた瞬間に察した」
「未来の匂いがする」
翔太は思わず聞いた。
「では……あなたも、時の歪みを?」
重家は静かにうなずいた。
「北条家は、何者かに“焦り”を植え付けられている」
「本来なら、ゆるやかに訪れる終わりを、無理に早められている」
友彦は一歩前に出た。
「その歪みを、正したい」
「僕たちは、そのためにここへ来ました」
重家はしばらく二人を見つめ、やがて深く息を吐いた。
「……ならば、手を組もう」
「本城家は、表に出ぬが、消えぬ」
「伊賀、奥州、越前、出雲、北条――」
「分かれた血は、こういう時のためにある」
飛鳥書記に、新たな文字が刻まれた。
――第二の時代
――協力者、得たり
――本城家、動く
重家は低く告げた。
「まずは、この異常な裁定を止める」
「それができねば、鎌倉は本当に終わる」
友彦と翔太は、強くうなずいた。
鎌倉後期――
血と恐怖で歪められた裁定に、
本城家と時を越えた二人が立ち向かう。
ここから、反撃が始まる。
本城家・密議の間
夜半。
北条屋敷の一角、灯りを最小限に抑えた小座敷に、本城重家、友彦、翔太の三人が集まっていた。
重家は静かに口を開く。
「北条の裁定を覆すには、二つ要る」
「動かぬ証と、動かざるを得ぬ力だ」
翔太がうなずく。
「証拠だけでは、得宗家は握り潰す」
「力だけでは、謀反として斬られる」
友彦は飛鳥書記を机に置いた。
「……だから、両方同時に動かす」
飛鳥書記が淡く光り、文字が浮かび上がる。
――裁定の根
――“偽りの訴状”
――鎌倉の地下にあり
重家の眉がわずかに動いた。
「地下……」
「やはりな」
第一の策:証拠を掴む
重家は低く言った。
「北条家には、表に出ぬ文書を保管する“蔵”がある」
「得宗家の裁定に使われる密告文、告発状、そして――」
「処刑された者の“正しさ”を示す記録だ」
翔太は息をのむ。
「そんなもの……存在自体が禁忌ですね」
重家はうなずいた。
「だからこそ、真実が眠っている」
友彦は決意を込めて言った。
「僕と翔太で行きます」
「書が反応している以上、そこに“歪みの核”がある」
重家は一瞬ためらい、やがて頷いた。
「……よい」
「だが、命を賭すことになる」
第二の策:分家を動かす
重家は、懐から小さな印章を取り出した。
「それと同時に、本城家の分家を動かす」
「伊賀家には“忍びの目”がある」
「奥州家は、鎌倉に不満を抱く武士と繋がっている」
「越前家は、京との裏の連絡役だ」
翔太が目を見開く。
「一斉に……?」
重家は静かに笑った。
「同時でなければ意味がない」
「北条が“異常な裁定”を下した、その瞬間に」
「各地で“揺らぎ”を起こす」
友彦は理解した。
(北条は恐怖で支配している)
(ならば……恐怖を分散させる)
重家は続ける。
「安心せよ」
「本城家は、反旗を翻さぬ」
「ただ、“正しき流れ”を示すだけだ」
北条家・地下蔵
その夜、友彦と翔太は、重家の案内で地下蔵へと忍び込んだ。
重い扉の向こう、湿った空気。
「……これは」
翔太が声を殺す。
棚に並ぶ文書の中に、明らかに異質な巻物があった。
友彦が触れた瞬間、飛鳥書記が激しく反応する。
――偽りの起点
――“同じ筆”
――時を越えし手
翔太が目を凝らす。
「この字……」
「平安で見た、あの偽文書と……同じ癖だ」
友彦の背筋が冷えた。
「つまり……」
「同じ“存在”が、時代を越えて介入している」
さらに奥から、もう一通。
処刑対象とされた御家人が、
幕府に忠誠を誓い、北条を守る密書。
「……完全な冤罪だ」
その瞬間、地下蔵の奥から、微かな声がした。
「そこまでだ」
闇の中から、あの僧形の男が現れた。
「本城が動くとは思っていたが……」
友彦は睨みつける。
「やはり、あなたが」
僧は微笑んだ。
「私はただ、“早く終わらせたい”だけだ」
「武家の世も、天皇の世も」
「停滞した時代は、切り捨てねばならぬ」
飛鳥書記が、強烈な光を放つ。
――否
――時は選別されぬ
――流れを歪める者、ここにあり
僧は一瞬、顔を歪めた。
「……本当に厄介だな、本城と九条は」
その隙に、翔太が文書を抱え込む。
「証拠は確保しました!」
僧の姿が、闇に溶けるように消えた。
翌朝・裁定の場
北条家の広間。
再び下されようとする裁定の前に、
重家が進み出た。
「異議あり」
その背後には、
伊賀家の使者、奥州家の武士、越前家の文官。
重家は高らかに言い放つ。
「この裁定は、偽りの文に基づくもの」
友彦が証拠の文書を差し出す。
広間が凍りついた。
重臣の顔色が変わる。
「……同じ筆跡」
「しかも、平安の偽文書と一致する……?」
ざわめきが広がる。
恐怖による支配が、疑念へと変わった瞬間だった。
飛鳥書記に、新たな文字が刻まれる。
――血の裁定、揺らぐ
――だが、歪みは未だ断たれず
友彦は悟った。
(これは勝利じゃない)
(“均衡”を取り戻しただけだ)
鎌倉の空に、重たい雲が流れていく。
第二の時代は、
まだ終わっていなかった。
北条屋敷の広間は、異様な静けさに包まれていた。
不当裁定は撤回され、処刑寸前だった御家人は解放された。
だが、誰も安堵していなかった。
「……終わった、とは言えぬな」
本城重家が、低く呟く。
友彦は飛鳥書記を見つめていた。
そこに浮かぶ文字は、まだ消えていない。
――第二の歪み
――“源”は残る
――決断の時、近し
翔太が気づく。
「……僧が、まだいます」
「歪みの“元”が断たれていない」
その瞬間、広間の奥――
影の溜まる柱の陰から、あの僧形の男が姿を現した。
「見事だ」
「だが、これで終わりだと思うな」
北条の重臣たちがざわめく。
「何者だ!」
僧はゆっくりと語り出した。
「私は名を持たぬ」
「時の“選別”を行う者」
「武家の世は、すでに役目を終えた」
「ならば――早く終わらせるのが、慈悲だろう?」
友彦は一歩前に出た。
「それは選別じゃない」
「あなたがやっているのは、破壊だ」
僧は薄く笑った。
「未来を知る者が、よく言う」
「いずれ鎌倉は滅び、北条は滅ぶ」
「ならば、少し早まっても同じではないか」
その言葉に、重家の目が鋭く光る。
「違う」
「滅びる“過程”にこそ、意味がある」
「それを奪えば、人の歴史はただの断絶となる」
僧は一瞬、言葉を失った。
飛鳥書記が、これまでで最も強く光る。
――時は
――誰のものでもない
――流れを歪めし者、退け
友彦は、はっきりと言い放った。
「あなたは“時”の外に立っているつもりだろう」
「でも違う」
「時は、誰も裁かない」
「裁こうとした瞬間、あなた自身が歪みになる」
僧の体に、亀裂のような光が走る。
「……本城、九条……」
「なぜ、そこまでして……」
翔太が静かに答えた。
「歴史は、失敗も含めて“進む”ものだからです」
「正解だけを選ぶなら、人はいらない」
僧は、力を失ったように膝をついた。
「……そうか」
次の瞬間、僧の姿は光の粒となり、消え去った。
歪みの修正
重苦しかった空気が、少しずつ軽くなる。
北条の重臣が、深く頭を下げた。
「……我らは、急ぎすぎていた」
「恐怖で、政を動かそうとしていた」
北条家は、完全に救われたわけではない。
だが――本来の終焉へと、正しい速度で向かう未来が取り戻された。
飛鳥書記に、新たな文字が刻まれる。
――第二の時代
――歪み、正されし
――別れの時、来たる
本城家・別れ
夜明け前。
本城重家は、友彦と翔太を静かに見つめた。
「そなたたちは、もうここに留まるべきではない」
「この先は、この時代の者が背負う」
友彦は深く頭を下げた。
「本城家がいたから、救えました」
重家は微笑んだ。
「違う」
「“役目”を思い出させてもらっただけだ」
「本城家は、表に出ぬ」
「だが、均衡が崩れれば、必ず現れる」
翔太が尋ねる。
「……また、どこかの時代で?」
重家は静かにうなずいた。
「血は巡る」
「必ずな」
次なる時代へ
光が、二人を包み込む。
鎌倉の海、武士たちの背、重家の姿が遠ざかる。
飛鳥書記に、最後の文字が浮かんだ。
――第三の時代へ
――歪み、さらに深し
――“天下”を巡る戦
友彦は目を閉じ、静かに呟いた。
「……次は、もっと大きい」
翔太は頷いた。
「でも、僕たちはもう分かってる」
「歴史は、守るものじゃない」
「“正しく進ませる”ものだ」
こうして――
鎌倉時代の歪みは正され、物語は次なる時代へ進む。
光が消えた瞬間、二人の足元を泥水が跳ね上げた。
「……雨じゃない」
友彦が低く言う。
「血と土の匂いだ」
視界の先には、山に囲まれた鎌倉。
だが、かつての都の面影はなく、焦げた木材と倒れた門が散乱していた。
翔太が息をのむ。
「鎌倉陥落後……」
「北条が滅びた“はず”の時代」
飛鳥書記が、重く文字を刻む。
――第三の時代
――南北朝
――滅びし者の逆流
――中先代の乱
不自然な「再起」
武士たちの間を進むと、異様な光景が目に入る。
北条の旗。
しかも、統率が取れすぎている。
「……おかしい」
翔太が言った。
「中先代の乱は、本来もっと脆い」
「一時的に鎌倉を奪還するけど、すぐに足利に潰される」
友彦は、はっきりと感じていた。
(この軍……“負ける運命”を押し返されている)
その時、馬上の若武者が二人の前に現れた。
鋭い眼差し、しかしどこか影を帯びた顔。
「名を名乗れ」
友彦は一歩前に出る。
「本城友彦」
「出雲の血を引く、本城派本家の者」
若武者の目がわずかに見開かれた。
「……本城、だと?」
「我は北条時行」
その名に、翔太の背筋が凍る。
(中先代の乱の首魁……)
歪みの核心
夜、鎌倉御所跡。
時行は静かに語った。
「我は、滅びるはずだった」
「だが“声”があった」
「今なら取り戻せると」
友彦は即座に理解した。
「……“時を早める存在”」
時行はうなずいた。
「戦を急げ」
「迷うな」
「足利を討て」
「そう囁かれた」
翔太が歯を食いしばる。
「それはあなたの無念を利用してるだけです」
その瞬間、闇から拍手が響いた。
「正解だ」
現れたのは、あの存在。
僧でも、公家でも、武士でもない――時の歪みそのもの。
「北条は、滅びた」
「ならば、きれいに消えるべきだった」
「だが中途半端だった」
友彦は叫ぶ。
「だからって、歴史を巻き戻す権利はない!」
男は冷たく言い放つ。
「この時代は混乱しすぎている」
「正統が二つもあるなど、欠陥だ」
「ならば、武家の復讐で塗り潰せばいい」
本城家の役目
飛鳥書記が、強く光る。
――本城家
――滅びと再起の狭間に立ち
――“終わらせる勇気”を示せ
友彦は、時行に向き合った。
「あなたが選ぶべきなのは“勝利”じゃない」
「納得して終わることだ」
時行の手が震えた。
「……それが、できなかった」
翔太が静かに言う。
「だから、あなたは歴史に残った」
「“中先代”として」
「無意味な反逆じゃない」
「時代が切り替わるための、最後の揺り戻し」
男が苛立ったように叫ぶ。
「感情に意味などない!」
友彦は断言した。
「ある」
「人が時代を渡るために、必要だ」
歪みの終焉
飛鳥書記が、時行を包むように光る。
「北条時行」
「あなたの乱は、ここまでだ」
「だが、それでいい」
時行は、長く息を吐いた。
「……そうか」
「我は、未来を奪おうとしていたのだな」
男の姿が、ついに崩れ始める。
「また……止められたか……」
光の粒となり、完全に消滅した。
正しい結末へ
数日後。
史実通り、中先代の乱は鎮圧される。
だが――
そこに不自然な延命も、異様な勝利もなかった。
飛鳥書記に刻まれる。
――第三の時代
――南北朝
――歪み、正されし
時行は、最期に友彦へ言った。
「本城よ」
「この乱が、未来へ繋がるなら……」
「それでいい」
光が二人を包み込む。
次なる時代への伏線
翔太が呟いた。
「……武家は、ここから“勝つための時代”に入る」
友彦は静かに答える。
「次は、迷いが切り捨てられる時代だ」
飛鳥書記、最後の文字。
――次の時代
――戦国
――天下を一つにせよ
霧が濃かった。
白く、重く、すべてを呑み込むような霧。
その向こうから、鬨の声と鉄砲の音が断続的に響いてくる。
「……関ヶ原だ」
友彦は、はっきりと理解した。
飛鳥書記が、最後の時代を告げる。
――第四の時代
――戦国
――天下分け目
――関ヶ原
翔太は、ゆっくりと息を吐いた。
「……ここが、最後ですね」
二人の装いは、名もなき武将の具足。
だが胸元には、消えかけた本城家の紋。
「おかしいな」
翔太が、かすかに笑った。
「怖いはずなのに、落ち着いてます」
友彦は違和感を覚えた。
「……翔太さん?」
翔太は答えず、霧の向こうを見つめていた。
歪みの最終形
戦場を見渡した友彦は、はっきりと“異常”を感じた。
「……戦が、早すぎる」
「迷いが、ない」
本来、関ヶ原は裏切りと躊躇の連続だ。
だが今、すべての軍勢が最初から答えを知っているかのように動いている。
その時、霧の中から現れた。
「ここが、最も効率がいい」
あの存在――
名もなき、“時を早める者”。
「ここで一気に終わらせる」
「戦国を、徳川の世へ」
翔太は叫んだ。
「それは史実だ!」
男は静かに答える。
「だが、“過程”を消している」
「裏切りも、葛藤も、選択も」
「人の戦を、ただの計算に変えている」
飛鳥書記が、これまでで最大の光を放つ。
――最後の歪み
――“選択の消失”
――代価を要す
友彦の胸が締め付けられた。
「……代価?」
翔太は、すべてを悟ったように微笑んだ。
「書が、選んだんですよ」
「最後の歪みを正す“代価”を」
翔太の決断
「やめてください」
友彦は、思わず叫んだ。
「翔太さん……何を考えてるんですか」
翔太は振り返った。
その表情は、最初に会った朝と同じだった。
穏やかで、どこか申し訳なさそうな笑顔。
「友彦さん」
「僕は、研究者でした」
「歴史を“見る側”の人間だった」
「でも……」
翔太は戦場を見渡す。
「ここまで来たら、見るだけじゃ足りない」
「“残す側”にならないと」
男が気づき、叫ぶ。
「やめろ!」
「時の均衡が――」
翔太は、飛鳥書記に手を添えた。
「均衡は、犠牲なしには戻らない」
「それを一番分かってたのは……あなたでしょう?」
最後の瞬間
敵味方の区別もつかぬ混戦。
その中で、翔太は友彦を突き飛ばした。
「――伏せて!」
銃声。
痛み。
翔太の体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
「……翔太さん!!」
友彦は駆け寄った。
翔太の胸には、深い傷。
致命傷だった。
翔太は、かすかに笑った。
「……これでいい」
「迷いが……戻りました」
戦場の空気が、変わる。
小早川の陣に、ためらいが生まれる。
決断が、“選択”に戻る。
男は、絶望したように叫んだ。
「なぜ……!」
翔太は、最後の力で友彦の手を握った。
「友彦さん」
「歴史は……人の命でできてる」
「忘れないで……」
そして、静かに息を引き取った。
歪みの終焉
男の存在が、音もなく崩壊していく。
「……時は、急がせるものじゃなかった」
その言葉を残し、完全に消えた。
飛鳥書記に、最後の文字が刻まれる。
――第四の時代
――歪み、完全に正されし
――役目、終わる
別れ
霧が晴れる。
史実通り、戦は徳川の勝利へ向かう。
だがそこには、人の迷いと選択が確かに残っていた。
光が、友彦を包む。
「翔太さん……」
声にならなかった。
現代
静かな朝。
友彦は、研究所の前に立っていた。
ポストの中に、古い一冊の本がある。
表紙には、こう書かれていた。
『飛鳥書記』
最後のページ。
――記す
時を守った者の名を
羽田翔太
友彦は、本を胸に抱きしめた。
「……ありがとう」
歴史は、今日も静かに進んでいく。
人の命と、選択を抱えながら。
数日後友彦はいつものように会社に出かけようとしていた。
「やばい、また遅刻しちゃうよ」
「ん?」
「なんだろうこれは?」
友彦の目線の先にはホストの中に封筒が入っていた
友彦は封筒を開けた
中には本が入っていた
「こ、これは…」
本の表紙に書かれていたのは
「江戸書記?」
完
※この話はフィクションです
ここまで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
この物語で描きたかったのは、
「歴史とは、誰かの選択と犠牲の積み重ねでできている」
ということです。
私たちが当たり前のように知っている歴史の裏には、
記録に残らなかった名前や、
選ばれなかった可能性が無数に存在します。
もし感想やご意見があれば、
どんな一言でもとても励みになります。
評価やブックマークも、今後の執筆の大きな力になります。
また、物語の続きや別の時代を描く機会があれば、
そのときはぜひ、またお付き合いください。
最後までお読みいただき、
本当にありがとうございました。




