手本にしろと
「そうか、おまえの『散歩』で行ったか。 ―― で?なぜユズスケはそんな爺のところへかようておる?」
「うむ、・・・それがな・・・、オチョウが、ユズスケに、おのがユズスケのとしのころにあったはなしをしてな。父親に、ほめられたというはなしだ。くだらんはなしだがな、『こまっているという者をみたら助けてやらねばならぬ』ときいたオチョウが、どこかの婆が転んでいるのを助けてやって、父親にほめられたというはなしを、ユズスケにしたのだ。 わしらはそんなはなしなぞ、くだらぬとおもうてわらっておったが、ユズスケは、ほれ、オチョウを手本にしろと、どこぞのだれかにいわれておるからの」
『オチョウを手本にしろ』といったのはジョウカイだ。
「その日からずっと、おれやサゲンに困っておらぬかきいてくる。ない、というたら小鬼どもらへもききまわっておったがな、どうも寺のなかで困っておるものはいないと悟ったのだろうな。ようやくきいてこぬようになったとおもうたら、いつのまにか寺を抜け出すようになっておった」
もう焦げてきた魚をつまみあげてくちへほうった。
「 そうか、おれのいいつけのせいで、寺をぬけだしておるのか」
残った魚を皿へとうつし、ジョウカイはそれを手に台所へもどると、用意してある膳にのせた。
寺の朝のおつとめを終えたジョウカイだけがひとりでとる飯なので、いつも前の日に残しておいた汁に、魚か山菜をつっこんで食べる。
あとをついて台所にはいったウゴウが、ジョウカイのつくったそれをものほしげに見ながら、うなずいた。
「そうだ、おまえのせいだ。 だが、オチョウはくだらんはなしをきかせたおのれのせいだとサゲンに言ったそうだ。だからサゲンは、『これはジョウカイのせいだからジョウカイが始末をつける』とオチョウにいってやったわけだ」
「なんだ、おれはもうすでに、サゲンのまじないのなかか」
「いや。このはなしをきいたおまえなら、まじないもかけずとも、すぐに動くだろうとサゲンがいっておったわ」
わらいながらウゴウがジョウカイの朝飯の膳をかかえて、台所の板の間へあがりこんだ。
「この飯はおれが食ってやる。おまえはおれがやった枇杷でも食って、ヨツ沼にでも散歩へゆけ」
いつもはジョウカイが『散歩』へ出ようとすると、眉間のしわを深めて、『ものずきな』としかいわない鬼が、おいはらうように手をふった。




