アシ沼
六、
『水もよどんで草がボウボウでな』とあの年寄りがいったとおり、その沼だけ、かこんで生える草の丈がたかく、みっしりとはえていた。
この草が『アシ』という草なのだろうか。
ニヘエは草や花のなまえなどしらないし、沼の名が草の『アシ』だろうと、悪い方の『アシ』だろうとも、どうでもよかったが、ほかの四つの沼にもあったその草が、その沼だけいやに大きく育っていて邪魔で腹がたった。
頭より上の高さまでみっしりと生える草は、倒しても倒しても、またまっすぐに立ち上がる。
なまぐさいのウ
ほかの沼では感じなかったこの匂いは、あのジジイの家にはいったときにかいだものだ。
ほかの四つの沼をまわったときとずっと《同じ高さ》にある月が、『アシ沼』の水を照らしている。
いくら月があかるいとはいえ、その黒い水が澄んでいるのかよどんでいるのかはわからないが、こんなに臭いということは、やはりにごっているのかもしれない。
ぼ っぢょ ん
いきなり水の中から魚がはねた。
背びれのようなものがみえたが、鯉だろうか?だとしたら、かなりのおおきさだ。
くさい水にいる魚は身もくさいときいたこともあるが、《ニヘエ》が食うわけではなく、売るだけだ。
魚のはいったビクを置き、網を肩にかけたまま草をかきわけて沼へと近づく。
『 そこだけ魚はとれん
ぜったい網をなげいれるなよ。沈んで戻ってこなくなるからのオ 』
あやうくだまされるところだったわ
かえったらこんどこそあのじじいを殺してしまおうと、ふところの匕首をとりだしたが、やはり引き抜けない。
帰りに漁師小屋をまわって、どこかで包丁をひろってもどろうと、草むらへ役にたたないそれを投げ捨てた。




