はじめの沼
五、
あかるい月にてらされながら年寄りの小屋から《ヨツ沼》までのしめった道をたどってゆく間に、いくつかの朽ちた漁師小屋があり、念のためひとつひとつをのぞいていったが、やはりみんなどこかへ行ってしまったようで、どれもずいぶんまえからつかわれていないようだった。
あたりからは蛙のこえが鳴き競うほどに響き、夏をむかえる前のしめった夜だったが、そのあたりだけが、さらに湿気ていて風もない夜だった。
どうりで重いと思った網には、重しなのか、石がはいっている。
それをかつぎなおし、いちばんはじめにみえた沼へと寄って行った。
草にかこまれたその沼に休んでいた水鳥が、《ニヘエ》に気づくとあわてたように水音をたててとびたっていった。蛙もどこかへ逃げたのか鳴きごえもやんだ。
思っていたような大きな沼ではなかった。
丸くきれいなかたちをしていて、むこうには小川があり、その水が月にてらされて、ここへ流れ込んでいるのがみえる。
淵からなかへと沼をかこうように生えた草は、鳥がとびたっていったあとは、こそりとも動かない。
その草をかきわけてのぞいた沼は、どうやらあの年寄りがいた小屋ほどの大きさしかない。
これなら、どう投げても沼のまんなかへ網はとどくだろう。
肩からおろし、両手でつかんだ網を沼へほうりこもうとして、手が止まる。
『 あんたの名をいうてから、投げ入れるんじゃ 』
聞き流したはずなのに、じいさんの声がよみがえる。
名をいわないと、一匹もとれない?
ばからしいことを
勢いをつけて網を沼の真ん中めがけてなげいれた。




