『義務SNS』
国が掲げるスローガンは単純だった。
「国民全員、1日1投稿」
きっかけは少子高齢化と景気低迷だった。
「国民の笑顔を可視化しよう」「投稿は経済を回す」などという意味不明なキャッチコピーのもと、政府は「義務SNS法」を可決した。
税金よりも大事なのは、毎日の投稿。
それが国の“新しい通貨”になったのだ。
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大輔(28歳、しがない営業マン)は、この法律が心底いやだった。
「昨日は何あげたんだ?」
朝のオフィスで上司に聞かれるのが日課になっていた。
「えっと……朝ごはんの写真です」
「で、いいねはいくつだ?」
「……5です」
「お前、営業なのに“いいね5”ってどういうことだ! 客先でバカにされたらどうする!」
出世にも影響。給料査定にも影響。
婚活アプリでも「月間いいね数」がプロフィールに表示される。
社会のすべては“いいね”で計られていた。
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子どもたちも例外ではない。
小学生は宿題として「毎日投稿」が課される。
「見て見て! 昨日、僕んち焼肉だったから“いいね50”だ!」
「すごーい! わたしんち、おかずコロッケだったから“いいね10”しかなかった……」
給食費よりも、“SNS映え”のための家計が重視される。
親たちは借金をしてまで「フォトジェニックな夕飯」を用意するようになった。
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大輔は毎朝スマホの前で震える。
「もうネタがない……昨日は靴下の写真で“罰金1万円”だった……」
そう、この法律には“罰金”があった。
1日1投稿を逃すと5万円。
バズらない投稿を続けると「社会不適格者」扱いになり、健康保険や公共サービスが停止される。
街では、わざと車をぶつけて“事故動画”を投稿する者。
偽の自殺配信で炎上を狙う者。
「映え死」という新しい死因まで登場した。
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ある日、大輔はやけになって投稿する。
「政府の義務SNS、もうやめろ!」
すると数秒でコメントが殺到。
《通報しました》
《反逆者w》
《炎上乙》
だが、意外なことにその投稿はバズった。
一晩で100万いいねを獲得し、大輔は「反逆のカリスマ」としてメディアに引っ張りだこになる。
テレビ番組でもインタビューを受ける。
「国民は本当に投稿したいんでしょうか?」
「いや、違う。俺たちはただ、生きたいだけだ」
会場は拍手喝采。
大輔は思った。
——もしかしたら、この狂った社会を変えられるかもしれない。
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翌朝。
目覚めた大輔がスマホを開くと、アカウントは削除されていた。
「アクセス権がありません」とだけ表示される画面。
同時にスマホが強制シャットダウンした。
玄関をノックする音。
ドンドンドンッ!
黒服の男たちが立っていた。
「大輔さんですね。“義務SNS管理局”です」
連れて行かれた先は、無機質なコンクリートの部屋。
そこには無数の端末と檻が並んでいた。
「ここは……?」
「国営SNSセンターです。あなたのように影響力を持ちすぎた者は、特別に“永久投稿者”になっていただきます」
大輔の目の前の端末には、すでにいくつもの「投稿」が自動生成されていた。
《今日も政府に感謝!》
《義務SNSこそ幸せの証!》
《私たちは投稿で生きている!》
「ちょっと待て、こんなの俺は——」
「あなたが投稿するんです。これから、一生」
黒服が微笑んだ。
「あなたのアカウントは消えませんよ。永遠に、ここでだけはね」
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数日後。
街中の巨大スクリーンに、大輔の笑顔の投稿が映し出される。
《今日も義務SNS最高!》
通行人たちは拍手し、「いいね」を押す。
その中には、昨日まで大輔と同じように不満をつぶやいていた人々もいた。
そして誰も気づかない。
その笑顔が——檻の中から無理やり引き出されたものだということに。
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