2.
──人生とは、物語だ。
私たちは皆、舞台の上で、与えられた台本をなぞっているにすぎない。
ならば。
この手で、最高に面白い物語を紡ぎ、心惹かれる役柄を演じよう。
冷めた瞳の奥で、アリステラ・シルフィレードは静かにそう決めていた。
**
王立アルティス魔導学園。
王国随一の名門であり、貴族と一部の選ばれた平民しか入学できない学び舎。
その荘厳な門を前にして、彼女──アリア・シュヴァルツは、ふっと小さく笑った。
「……さあ、物語を始めましょうか」
栗色に変えた髪を風に遊ばせ、アリアは静かに歩き出す。
この学園生活は、彼女にとって”新たな舞台”だ。
しかし心の奥底では、どこか醒めた意識があった。
──人生とは物語。
──我々は、与えられた役を演じるだけ。
冷めた合理主義と、仄かな享楽主義。
それが彼女、アリア・シュヴァルツ──本来の名をアリステラ・シルフィレードという少女の、揺るぎない信条だった。
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校舎の中は、初々しい生徒たちのざわめきで満ちている。
その中、アリアは目立たぬよう、静かに窓際の席に腰を下ろした。
「──失礼、隣いいかしら?」
穏やかな声がして、ひとりの少女が現れた。
肩までのダークブラウンの髪、真面目そうな顔立ち。
制服の着こなしもきちんとしている。
(……この感じ、間違いないわね)
アリアは、少しだけ口角を上げた。
少女はすっと一礼する。
「私はレナ・ハルト。ハルト男爵の娘よ。よろしくね」
「あっアリア・シュヴァルツです。えっと、特待生として入学しました。こちらこそ、よろしくお願いします」
──レナ・ハルト。
本来の名はレーナ。
梟の森に所属するアリステラ直属の部下であり、普段はアリステラの専属メイドをしている。アリステラが最も信頼している部下の1人だ。当然ハルト男爵というのは、アリステラの息がかかった存在だ。
偽りの身分は決して高くはない。けれど誠実でしっかりした”親友役”。
この学園生活でも、アリアの支えとなる存在だ。
「特待生!噂の特待生の平民ってあなたの事だったのね!」
レナは”とても驚いています”というようなリアクションをした。
「ええっと、わっ私以外に平民がいないのであれば多分?」
互いに小さく笑い合う。
まだ誰にも悟られることのない、主従の絆がそこにあった。
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それから数日。
アリアは目立たぬよう、”平民にしては優秀”な特待生を演じながら、学園生活を過ごしていた。
座学、魔法の基礎、そして実践。
どれもそつなく、しかし決して抜きん出ることはなく。
一方、周囲では貴族子弟たちの派閥争いが静かに始まりつつあった。
彼らの背後には、家名や政争の匂いが色濃く漂っている。
(──くだらない)
アリアは冷めた目で、それを見ていた。
平民を演じる彼女は、そういった争いの外側にいる。
もっとも、それも今だけの話だろう。
この世界で”無関係”でいられる者など、いないのだから。