幕開けは仮面の微笑みとともに
この世界は、つまらない。
生まれた時からそう思っていた。
私は、皇帝の姪でありながら、誰からも望まれなかった子どもだった。
母は、私を産んで死んだ。
父は、母を奪った私を憎み、兄もまた、無言の敵意を向けてきた。
屋敷にいた使用人たちも、かつて愛した奥方を失った憂さを、幼い私に向けた。
けれど、それは別にどうでもよかった。
期待など、はじめからなかったのだから。
私は、ただ生きた。
感情を削ぎ落とし、透明な仮面を被って、ただ、日々を消費して。
──五歳になったある日、制御できない魔力が暴走した。
燃える屋敷、逃げ惑う人々。
そのとき初めて、私は「人の心を動かす方法」を知ったのかもしれない。
そして、彼は現れた。
「アリステラ、私と来るか?」
私と同じ白銀の髪に薄く笑みを浮かべた男──
皇帝の弟、魔塔の元老ヴィルヘルム・シルフィレード。私の叔父にあたる人。
その手は、初めて向けられた温もりだった。
私はただ、黙って彼の手を取った。
それからの日々は、静かだった。
私はアリステラ・シルフィレードとなり、叔父の庇護の下、私は気まぐれに好奇心のおもむくままに過ごした。
魔法の研究に没頭し、魔法を極め、魔導具を作り、時に外の世界に興味を持った。
素材が足りなければ自分で取りに行く。
魔法で髪と瞳の色を変え、身分を偽り、別人として冒険者となった。
必要なのは”効率”と”自由”。
私は、生きるために舞台に立ち、役を演じる術を自然に覚えた。
──人生とは、物語であり。
我々は、舞台の上で演じ続ける役者に過ぎない。
いかにその物語を面白く心惹かれるかがその人の価値である。
ならば私は、笑おう。
仮面を被り、誰も知らない私を隠し、道化を演じる。
それが──
私が、アリステラ・シルフィレードという存在が、自由に生きるためのたった一つの生き方だった。
今、私はヴァレンティア王国の学園に通っている。
身分は庶民。シュヴァルツ商会の娘、“アリア・シュヴァルツ”として。
表では商会、裏では情報屋《梟の森》。
全て、私が拾った”子どもたち”と”元傭兵”と共に作り上げたものだ。
《梟の森》のみんなは大切な、私の部下、私の「宝物」。
私のものに手を出すなら──
どんな手段を使っても、痕跡を残さず、確実に地獄へ落としてやる。
けれど……
私のものと叔父、魔法以外には、興味はない。興味が持てない。
この世界は、やはりつまらない。
ただ魔法の研究をしていただけなのに魔塔主になっていた。
いつのまにかトップクラスの冒険者になっていた。
つまらない。退屈だ。今日も私は満たされない。
だから私は、今日も仮面を被って、舞台に立つ。
微笑みながら、何も感じずに。いつか満たされる日が来ると信じて──
──さて。
今日の私の役は、どんな”物語”を演じればいい?
静かに、私は幕を開けた。