一ツ目:ソノヲトコ
『眼随筆』
一ツ目:ソノヲトコ 述 ゐづも
ワチシ、荒廃地区B13の路地で商売シとります。"ゐづも” ち言うもんです。自分で言うのもなンですが、中々面白い商売シとります。ワチシの趣味として商売日誌のようなモノをツケたいと思いまして、エエ、これでカネをカセごうなんて、チイーーーとも考えておりませン……。エエ、エエ、そのくらい面白いと云うコトなンです。ウソだと思うなら、ワチシの眼を見てくださイ。昔から、眼は口ほどにモノを言う、とイいまスカラ……。
サテ、前置キはこれくらいにして、これから 眼屋 の記録を述べさせてイタダきます。
──── カッカッカッカッカッカッカッカッ……
それはワチシが商品の懐中時計を並べていたときでした。ちょうど店前に居た、スウツを着た40代くらいの "ソノヲトコ" はジイーーーとスマアトホンを手に取って見つめていました。
「言われたことだけやってりゃいいんだよ!最近のワカモンは……ったく」
えらくプライドが高そうでしたネエ…。
ソノヲトコは少し突っ突けば洗脳できる、そう思いましたんで、エエ… ちいと意地悪言うたンでス。
「そこのオニイサン──過去に戻りたいと思ったことは?」
聞こえているのかいないのか、ソノヲトコはワチシの言葉を無視して行きましたので、更に言葉を続けました。
「アータはこんな寂れた街で平凡にサラリイマンをしていて満足ですか?──あンとき選択肢を間違えていなかったら、今頃大都市の、大企業の社長になっていたことでしょウ…。ソレもこの "懐中時計" があれば───過去へ戻ってやり直せる…」
「ふざけるな!ワタシを馬鹿にしているのか!?そんなモノに騙されるワケがないだろう!」
どうやらワチシはソノヲトコの逆鱗に触れたようで─── 最初は怒っていましたが、ボチボチ、ワチシの言葉を聞いてゆくうちに顔つきが変わってゆきました。
「イエ、最後までお聞きくださイ。ワチシはそんな聡明なアータ様を騙そうなんて思っていません。現にこれは "タダの時計" でございまス。 ……表向きには、ネエ……。過去へ戻れるかはアータ様次第。過去の後悔の念が強ければ強いほど、過去へ戻れる確率が上がりますンでネエ……ヘヘエ…。その目を見ればわかりまス、キットこれまで悔しい思いをして来たのでしょウ。報われる時が来たのです!そんなアータならこの時計が本来持っている力を発揮できる……そう思ってアータに声を掛けたのでス。そうじゃなかったら、タダの時計だなんて商品の価値を下げるようなコト、わざわざ言やンのでス…。コレは限られたニンゲンにしか、扱うコトができないシロモノでしてネエ…」
と、ワチシは大袈裟に、表情を変え、腕を大きく動かし、胡散臭い商売人を必死に演じました。それはもう疲れまシたよ、エエ…。そうすると、ソノヲトコは自分でも気付かぬうちに、懐中時計を手に取っていたのでしょウ。
「アナタだけはトクベツ」皆そう思いたいモノですからネエ...。"過去へ戻って人生をやり直せる懐中時計" そんなもの、ドウ考えても存在するハズがないでしょウ。こんな状況では、トンデモ理論も信じたいと思うのがニンゲンなのでしょウか……コッケイコッケイ…。ヘヘエ……。
さてこの取り引き、一つだけルールがありましてネエ……
「商品を絶対に壊さないでくださいネエ…… もし ──」
「本当なんだろうな!?」
「エエ、エエ… 効果を感じられなかったら、マタ来てくださイ。全額返金致しましょウ。」
アア、オソロシヤ。ソノヲトコは契約書に、サインをしたンでス。モオ後戻りはできません。一体どうなるコトやら…
──三日後、ソノヲトコはまた店にやって来ました。
「ヤッパリ詐欺じゃないか!!ワタシの三日間を返せ!!」
と、頬と目を真っ赤にし、激怒していたソノヲトコは、左手に懐中時計、右手に鉈を持っていましてネエ…。ワケを聞くと、どうやら三日三晩寝ずに、過去へ戻ってやり直したいと、タイムスリップしたいと、懐中時計に祈りを捧げていたそうです。それには思わずワチシも笑っちまいましてネエ……ヘヘエ……首を斬られるところでした。エエ、笑い事じゃアありません!ワチシはこう言ってヤりました。
「それじゃアまだまだ執念が足りませんネエ……思い出してくださイ─── 過去の後悔、懺悔、未練、腸が煮えくり返る程の憎悪や嫉妬……周りは皆幸せな家庭を持ち充実しているノニ、なぜ自分だけが不憫な目に遭うのやと───」
そしたらなんとソノヲトコ、過去の後悔を口にした途端、発狂しましてネエ……。
「ふざけるなよ………社長だからって好き勝手しやがって……アノオンナも……俺と暮らしたいって言うのは何だったんだよ!!……ゼンブ、全部全部全部全部ゼンブゼン部全部嘘だっタんダ……コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル……」
ソノヲトコ、完全に目がイッちゃってましてネエ…。全然関係無いワチシがうっかり殺されたらたまったもんじゃネエ…… と、考えていたら、ガシャン、という音が聞こえました。ソノヲトコ、どうやらワチシではなく、懐中時計を殺したようでネエ……。
「……壊しちまいましたネエ……。」
「ハァ!?知るかよ!」
「 "絶対に" 壊さないでくださイ、と言いましたよネエ……。弁償はシてくださいネエ……」
「……ッ!……もう二度と来るかこんな店!」
ワチシが睨みを利かせると、途端にソノヲトコは鉈を振りかざすのをやめ、青褪めたカオで逃げるように帰ってゆきまシた。
───その夜更け、一時頃の話でス。
カッカッカッカッカッカッカッカッ……
「弁償はシてもらわないと、ネエ……」
ワチシが懐中時計の蓋を開けると、何時からか店に棲み付いていた、鴉が飛んでゆきまシた。
──────「ギャア゙ア゙ア゙ーーーーア゙ア゙あ゙ア゙ーーーーア゙……」
五分後、ソノヲトコの声らしき悲鳴が聞こえまシた。この世のモノとは思えない、アア、それはそれは、オゾマシイモノでシた。エエ、エエ、鴉はちゃんと戻ってきまシたよ、目ン玉を咥えてネエ……。
眼屋でスカラ…。