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ショタ化したら一時間前に振られた先輩に拾われた

 公園のベンチで仰向けになり、俺は黒い夜空を眺めていた。最近はスマホばかり見ていたせいか、それともここが東京だからか、星はまったく見えない。

 初夏の夜は蒸し暑いな。


(……どんな顔で会社行けばいいんだ)


 俺の名前は小藤 誠(こふじ まこと)、25歳童貞だ。今日、初めての彼女ができるはずだった。

 というのもつい一時間前、脈アリだと思ってた同じ会社の先輩に「まだ……早いかな」と苦笑いで振られた。

 綺麗な夜景が見れるレストランだった。そろそろお開きとなったところで、俺は長年の思いをぶつけ、アッサリ振られた。

 その時の先輩の仕草は、苦笑いを浮かべて気恥ずかしそうに頬をぽりぽり掻いていた。うん、多分俺がキモかったんだろうな……。

 

 これで何度目の失恋だ……キッパリ言われなかったせいで余計辛い。でも振る方が辛いと聞くし、攻めるようなことは言えない。

 これからどういう顔で会社行けば良いんだ……後先考えとけよ。


(いっそやめてやろうかな……上司はキモいし)


 上司――誤字を見つけただけで10分は説教するし、何度もミスを擦り付ける。お陰で減給を喰らった時も。そんな奴がいる会社に務めたくない。

 思い出したら腹立ってきた。あのクソハゲ……。

 この歳だし、まだ転職のチャンスはあるよな……なんて考えていいたら、俺の目の前に汚れた爺さんが現れた。足音もせず、まるでワープしたみたいに……。

 ホームレスのような身なり。何日風呂に入ってないんだ……? ツンと鼻を刺す匂いがする。


「若返りたいか?」

「……は? それはその通りだな。転職で有利になるし」

「じゃあ、これを飲むといい」


 そう言って爺ちゃんはベンチに栄養ドリンクの様な瓶を置いて去ってった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一時間ほど寝ただろうか。異様に頭が痛いし視点が低い。体が羽が生えたみたいに軽くなったし、足元がふわふわして変な感覚だ。

 でも、膝立ちにしては視線が低い。

 寝ぼけた目でスマホを取る。やけに手が小さい。

 スマホに9歳くらいの少年が写った。


 ……………………は?


 俺の記憶は爺さんからもらった瓶を飲んだところで途切れている。

 飲む前はよく覚えている。いっそ死んでやると思って一気飲みした。

「若返りたいならこれを飲むといい」その言葉を理解した途端、鳥肌が立つのを感じる。

 俺は――ショタ化した。


 ………………いやお前が飲めよ。


 まず服をどうにかししないとだ。服はダボダボでベルトが緩すぎて腰タオルの様な状態だ。このまま歩くと露出狂になる。

 あと時間、さっき日付が変わってたはずだ。この時間にガキが一人でいたら、間違いなく補導される。


「やばい……とにかく、ベルトをキツく結んで、裾は捲くって……」


 慣れない甲高い声、ぼやけのない視界。自分の体じゃないみたいだった。

 一挙一動しているうちにハイヒールの音が近づいた。やばい――補導される。正直に話したってこんなバカみたいな話、信じられない。

 しかしハイヒールの音がついに俺の真後ろで止まった。よりによってあの人と同じ香水、甘いバニラの香りだった。


「ねえ、君どうしたの?」

「……えぇ……?」


 思わず息を呑んだ。後ろから聞こえた声は――。


 まさに俺を振った先輩の声だったからだ。


 彼女の名前は江夏奈恵(えなつなえ)、俺の一個下だ。上から読んでも下から読んでも同じ名前になるのが、地味にすごい。まあ、それ以外にも尊敬するべき点は沢山あるが、割愛する。

 この人は高卒で入社、俺は大卒で入社したため年下で先輩という奇妙な上下関係ができた。

 俺が「先輩」と慕うのを恥ずかしがっているのを、俺からすれば憧れの人で好きな人だ。でもそれも満更でもなさそうだった気がする。

 外見は身長が150もなくて童顔で、赤みがかった茶髪のミディアムヘアはシュシュでポニーテールを作り、中学生くらい幼く見える。いつもは見えるつむじも、この身長だと見れないだろう。


「親御さんは? それに何この格好……もしかして家出? だったら何で?」


 並べられる言葉に少しだけ安堵した。――俺が小藤誠だと気づかれていない。


「え? スーツが小藤くんと一緒……言われてみれば面影が……」


 膝をついて俺に視線が注がれる。マズい……バレる。いや、バレても良いのか? というか、そのうちバレるなら……。


「こ、小藤です」


 やはり出たのは幼い声。

 先輩は一瞬呆けたように固まった。


「……は?」


 困惑しきった顔で俺を見つめる。まあ、当然だろう。さっきまで“迷子の子ども”だと思っていた相手が、まさか一時間前に振った男だったなんて。

 ちなみに服に関してだが、着る分には申し分ないくらいにはなった。


「え、ちょっと待って。小藤くん……って、あの小藤くん?」

「うん……」


 少し唸ってから小藤さんは人差し指を立てた。


 俺が頷くと先輩は目をパチパチと瞬かせ、それから自分の額を押さえた。


「……えーっと、つまり、小藤くんがなんらかの理由で……子どもになった、と?」

「そんな感じです」

「いや、そんな感じって言われても!?」


 先輩が頭を抱える。そりゃそうだ。俺だってこんな状況どう説明していいかわからない。


「……まあ、ひとまず座って話そっか」


 そう言って先輩は隣のベンチに腰を下ろした。俺もそれにならって座る。


「本当に……小藤くんなの?」


 不安げに俺を覗き込む視線に俺はゆっくりと頷いた。


「証拠、いる?」

「証拠?」

「俺しか知らない、先輩の秘密……」

「……なにそれ怖い」


 先輩が警戒するように少し身を引いた。


「先輩、実はホラー映画苦手でしょ? でも周りには『余裕〜』って言ってるけど、本当は怖くて見れないんだよね」

「――っ!!??」


 途端に先輩の顔が赤くなった。


「な、なんでそれ知ってるの!? 誰にも言ってないのに!」

「去年の夏、みんなで肝試しの話してたとき、先輩だけ話題を変えたがってたから」

「……まさか、そんなことで……?」


 俺の答えに先輩は衝撃を受けたような顔をする。どうやら本当に俺だと信じてくれたらしい。


「……じゃあ、本当に小藤くんかも……なのね」

「うん」


 俺が頷くと、先輩はしばらく沈黙した後、ふっと息を吐いた。


「まだ信じられないから、さっき言った告白――もう一回して?」

「……!? 古傷が……」


 まあ、この失恋は最新のものなんだけど。

 本当にどんな羞恥プレイだ。あの時はキザなセリフだったし、先輩を名前+呼び捨てしていた――不敬だ。うん。それは俺が一番許せない。

 羞恥が込み上げながらも、子供の声で俺はもう一度言う。


「な、奈恵が好きだよ。面倒見が良くて、誰よりも俺を気にかけてくれて……わがままだとは重々分かってるけど、良かったら……俺と付き合ってください」

「…………」


 取り敢えず俯いて黙り込むのはやめて……恥ずか死ぬし、怖い。

 でも恐る恐る覗いた先輩の顔は、ニマニマしてる気がした。うん、気がするだけ。多分寝ぼけて視界がぼやけてるんだろう。

 先輩は顔を上げていつもの優しい笑顔を向けてくれた。


「本当に小藤くんのらしいね。とりあえず、こんなところにいたら風邪ひくし、うちに来なよ」

「え?」


 まさかの提案に俺は目を瞬かせる。


「だって、今の小藤くん、一人じゃ帰れないでしょ? それに、警察に補導されたら余計に面倒なことになるし」

「それは……まあ」

「じゃあ決まり。ほら、行くよ」


 そう言って立ち上がる先輩。その手を差し伸べられて、俺は少しだけためらった。


(……振られたばっかりなのに、こんな急接近アリなのか?)


 でもこのままここにいても仕方がなかった。俺は小さく息を吐いてその手を取った。

 ――こうして俺は振られた先輩の家にお世話になることになった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


  

 先輩の部屋は、俺の想像よりずっと“女性の部屋”だった。

 ふわふわのカーペットに、ベッドには可愛らしいクッションがいくつも並んでいる。アロマの優しい香りが漂っていて落ち着くけど、居心地が良すぎて逆に緊張する。


(先輩の部屋……! まさかこんな形で来ることになるとは……)


 普段なら絶対に入ることのない聖域だ。ついさっき振った男に手を差し伸べるあたり、ホント先輩は良い人だ。


「さて、小藤くん。どうする?」

「どうするって?」

「とりあえず、その格好はなんとかしないとね。子供用の服は持ってないけど……」


 そう言って先輩は自分の部屋着を取り出した。


「これならなんとかなるかな? 私、身長低いし」

「えっ……いや、それはさすがに……」


 先輩の部屋着ってことは、当然ながら女性モノなわけで。パーカーとショートパンツというシンプルな部屋着だけど、どう考えても女物。

 絶対に先輩の香りがするし、履いたら反応する――いや、確かこの時期の俺は性に目覚めてないか。


「何か文句ある?」

「い、いや……」


 先輩がじとっとした目で見てくる。俺に選択肢はないらしい。まあわざわざ子供用の服を買う意味もない。


(……まあ、今の俺は子供だし……変な気を起こすわけじゃないし……)


 観念して服を受け取ると、先輩は「じゃあ、着替え終わったら呼んでね」と言って部屋の外に出ていった。

 ……こうして、俺は先輩の服を借りることになった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……思ったより似合ってるね」


 風呂から上がって着替え終わると、先輩がクスクスと笑った。


「……なんか、すごく恥ずかしいんですけど」


 確かに先輩の言う通り、サイズはそこまで違和感がない。でも、やっぱり女性の服を着ていると思うと複雑な気分になる。

 まあ興奮しない方が可笑しいシチュエーションだけど、やっぱり俺の竿は沈黙している。


「まあまあ、それより小藤くん、どうするつもり?」

「どうするって?」

「このままずっとショタのままってわけにはいかないでしょ?」


 言われてみればそうだ。このままじゃ仕事どころか、生活すらままならない。それにこの歳のガキは小学校に通うものだ。……え? 二回目の義務教育が始まるの?


(……もし戻れなかったらどうするんだ? やばいかも……)


 背筋がぞくっとした。さすがにそれは困る。転職どころか、社会復帰すら絶望的じゃないか。

 先輩は指を立てて、いつもの優しい笑顔で提案した。


「今日は泊まっていきなよ」


 あまりにもあっさりとした言葉に、思わず耳を疑った。


「え、いいんですか?」

「寧ろ他の選択肢ないでしょ? 他に行くあてないだろうし、それにこのままじゃ誰かに保護されちゃうかもしれないし」


 確かにそれはそうだけど……。


「いやでも、さすがに迷惑じゃ……」

「気にしないって。むしろ、ショタくんと一緒にいられるとか、ご褒美かも?」

「…………」


 ああ……先輩の性癖、結構強い……でもそれだけでは嫌いにはなれんぞ。

 それに、今俺はショタなのか。先輩の言葉の意味を考えると、なんだか妙に落ち着かなくなった。

 この状況、冷静に考えればヤバいんじゃないか? 先輩の部屋に泊まるってことは、もしかして……いや、まさか……。


「ベッド、貸してくれたり……します?」


 恐る恐る尋ねると、先輩はニヤリと笑った。


「んー? どうしよっかな〜?」

「え?」

「もしかして、私と一緒に寝たいとか思っちゃった?」

「そんなわけないでしょ!?」


 即座に否定したけど、なんだか先輩が妙に楽しそうだった。

 こういうときの先輩、絶対からかって遊んでるんだよな……。


「まあ冗談冗談。布団はあるから安心して」

「はぁ……びっくりした……」


 なんだか無駄にドキドキしてしまった自分が情けない。

 でも、先輩の部屋に泊まるのは確定……なんだよな。

 このままショタのままだったら、俺の未来は一体どうなるんだろう……?


「その……戻る方法、考えないとダメだよな……」

「そうだね。でも今はもう遅いし、とりあえず今日は寝ちゃおう?」

「えっ、でも……」

「何か考えたってすぐに答えが出るわけじゃないし、疲れてるでしょ?」


 言われてみれば、確かに疲れていた。体が小さくなったせいか異様に眠気が強い。この歳の俺は22時には必ず寝てたな。


「ショタ藤くんは、もうおねむみたいだね。頭くらくらしてる……」

「何ですか、ショタ藤くんって……まあ、確かにこの体だと異様に眠いけど……」

「うん、じゃあもう寝な。お姉さんが守ってあげるから」

「えっと……楽しんでません?」

「…………」


 こら、黙り込むな。


 こうして、俺は先輩の部屋に泊まることになった。

 ショタ化してしまった現実は変わらないけど、少しだけ――ほんの少しだけ、先輩と距離が縮まった気がした。


(……振られたけど、悪くないかもしれない)


 そんなことを思いながら、俺は静かに眠りについた――。こうして先輩にお世話になれることを、あの爺さんに、感謝するべきなのか……。

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