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第八話

 婚約式を終えた翌日の午後。

 自分の書斎でソファにゆったりと座りながらエドワルドと話していたアイーダは、少々ポカンとした表情で彼を見上げた。


「ねぇ、その情報って正しいの? エドワルド」

「はい、お嬢さま。しっかり参考にしてカリアスさまのお心をゲットしてくださいませ。参考になる情報の掲載された本も、お貸ししましたよね」


 アイーダの未来の執事、エドワルドは銀縁眼鏡をクイッと上げて少々嫌味臭く言った。

 

「あの薄い本のこと?」

「はい、そうでございます、お嬢さま」


 アイーダが低めの鼻の頭にシワを寄せて怪訝な表情で聞くと、エドワルドは眼鏡の奥にある黒い瞳をキランと光らせながら、慇懃無礼な態度で頭を下げた。

 幼少からつけられた執事見習いのエドワルドは、体力があって頭も良くて、信頼のできる男ではあったが性格に難がある。


「せっかく私とベッカーとの愛の教本をお貸ししましたのに、お嬢さまが……」


 スッと言葉尻が消えていく。

 その最後の方を知りたいんだが、ねぇエドワルド。

 アイーダがそう思うような所で毎回、毎回、言葉を飲み込んでしまうのだ、この男は。


 ちなみにベッカーとはエドワルドの飼い犬である。


「犬とあの本を……」

「いえ、ベッカーはフェンリルです。聖獣です。人化もできます。私たちはラブラブなんです」


 お世話係から執事見習いになり、あと一歩で執事になろうかという青年が、何言ってんだ? という気持ちを込めてアイーダはエドワルドを見た。

 エドワルドは黒髪に黒い瞳の色白美形だ。

 体付きはスラリとしていて背も高く、細く見えるがマッチョである。

 なのに――――


「ベッカーも、私も男ですが、男同士でもしっかり愛し合うことはできますので」


 こんなことを頬を赤らめながらも、うっとりと話しちゃう変態さんでもあるのだ。


 いやペッカーは犬だから、オスだと思うよ?


 アイーダは突っ込みたかったが、下手に突っ込むと余計に面倒くさくなることを知っていたので黙っていた。


「お渡しした薄い本にありますように、男同士でもなんだかんだといたすことができます。なので、私たちもなんだかんだとしております。ちなみに、昨夜も大変激しく……」


 要らないです、その情報。


 アイーダは横目でエドワルドを睨んでみた。

 

「ふふふ。婚約もされたというのに、相変わらず初心ですね。お嬢さまは」

「やめなさいっ、その孫を見るような目っ」


 そもそもここはアイーダの書斎であり、仕事をする場所だ。

 プライベートの話をするような場所でもない。

 しかし、これには理由がある。


「でも良かったではないですか。推しの方と婚約できて」

「そうね」


 エドワルドの言葉にアイーダは同意した。


 アイーダの筋肉マッチョ好きをエドワルドに隠しても無駄なので、彼にはしっかりと伝えてある。

 転生者である、ということは隠しているが、他はだいたいダダ洩れだ。

 幼少時から一緒に飛んだり跳ねたりした仲なので、隠し事はあまりない。

 なんだったら、筋肉マッチョ好きに関しては同好の士でもある。

 褒められたことではないので言わないが、エドワルドにはモロバレするので隠しても無駄なのだ。

 よって、アイーダがカリアスのことが好きであることも、エドワルドにはバレバレなのである。


「ふふふ。カリアスさまの筋肉を間近で見られる日が楽しみです」

「いや、そこは楽しみにしないで」


 エドワルドが変に艶っぽく笑うのを見て、アイーダは眉をしかめた。


 結果として政略婚が出来なくなってしまったが、アイーダとカリアスの婚約は調った。

 ぶっちゃけ、アイーダは棚から牡丹餅のような婚約に浮かれていた。

 あのうっすい胸した嫌な奴と結婚しなくていい。


 アイーダはご機嫌だった。


 婚約や結婚についての詳しい取り決めは、アイーダの父であるロドリゲス公爵と、カリアスの父であるテオバルト伯爵との間で取り交わされる。

 アイーダは推しであるカリアスが婿入りしてくるのを待てば良いだけなのだ。


 とても楽ちんなうえにラッキーである。

 だから頬が緩んでしまっても許されると、アイーダは思う。

 しかしエドワルドは、そうは思わないようだ。


「お嬢さまは公爵令嬢なのですから、もっとしゃっきりしてくださいませ」


 エドワルドは、その秀麗な眉をひそめた。


 しゃっきりしたまま愛犬とのアレコレを語れる変態ではないので無理です、とアイーダは思ったが面倒なので黙った。


「お嬢さまは、婚約期間である一年の間に、しっかりカリアスさまの心を掴まなければなりません。そうすることで、ロドリゲス公爵家の憂いが少しばかり解消されます」

「少しなの?」


 思わず声が出たのは公爵令嬢としてはしたなかったかもしれないが、そんな怖い顔して睨まなくてもいいじゃないエドワルド……とアイーダは思った。


「お嬢さまは、体幹のほうはしっかりされていますが、こと恋愛になると疎いですから。私は心配です」


 エドワルドが分かりやすく嘆いた。

 それに関しては、アイーダも同感だ。


 筋肉を鍛えることにかけては陰に隠れてコソコソと上手に出来るようになったが、こと恋愛に関しては全く自信がない。


 なにせ社畜として生涯を25歳で終えた前世を含めても、恋愛なんてしたことがない。

 片思いも、推し活も得意だが、恋愛はちょっと。


「でもまぁ一年ありますので。私も協力しますので頑張りましょう、お嬢さま」


 信頼できる未来の執事の言葉に、アイーダはコクリとうなずいた。

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