第三十二話 意外(?)と有能なカリアス
梅雨の季節は、鍛錬場が使えない。
ロドリゲス公爵は、その期間をカリアスに書類仕事を教える期間に当てる予定であった。
しかし、書類仕事にも適正のあったカリアスは、領地経営への適正についても見極められることになった。
「毎日のようにカリアスさまと顔を合わせることができるなんて、夢のようだわ」
「よかったですね、お嬢さま」
最初の頃は、そう言っていたアイーダだったが、時間の経過と共に少々事情が変わってきた。
「書類仕事は苦手です」
カリアス自身は、そう言っているが。
書かせてみれば字も上手いし、手紙なども完結で良い文章を書く。
計算も得意で、計算ミスを見つけ出すのも得意だ。
「おや? ここの辻褄が合っていないようです。公爵さま」
「ん? どれどれ……」
領地からの書類を確認していたカリアスは、不正も発見してしまった。
梅雨が明ける頃には公爵自身が、護衛騎士団の仕事へカリアスが戻ることを惜しがった。
「護衛の仕事ではなく、領地経営の仕事を手伝って欲しいなぁ」
「いえいえ、オレには無理ですよ。それに体を動かさないと、体がなまってしまいますから」
「そう? ん~、まぁ結婚するまでは好きにしていいよ」
公爵がこんなこと言っている横で、アイーダは浮かない表情をしていた。
カリアスは、天気が悪い時期には領地経営の仕事を手伝う、という約束をして護衛騎士団の仕事へと戻っていった。
「力も強くてマナーもバッチリ、エスコートも完璧! しかも領地経営の仕事にも才能があるなんて! とんだ拾い物をしましたね、お嬢さま!」
エドワルドは興奮気味にまくしたてた。
「そっ……そうね」
アイーダは戸惑い気味に、そう返すのが精一杯だった。
「どうしたのですか、お嬢さま? カリアスさまは、思っていたよりもずっと素敵だったではないですか」
「そうね……そうだけど……」
アイーダはモゴモゴと誤魔化すように言った。
カリアスと共に過ごしてみて分かったことは、彼が見た目以上に優秀な人材であったことだ。
公爵家の婿に迎えるのなら、優秀な人材であるに越したことはない。
アイーダの夫としても、不足などないだろう。
だからこそ、アイーダは不安になったのだ。
(私には……公爵令嬢という長所しかない)
カリアスの側にいて感じたのは、自分自身の至らなさだ。
筋肉の素晴らしさだけでなく、中身まで素晴らしいカリアスに対して、自分には何があるだろうか?
その答えが、アイーダには見えない。
(私は、カリアスさまに相応しいの?)
婚約者がナルシスであった時には全く感じなかった不安に、アイーダは戸惑った。
(不足しているなら努力で補えばいい。……いつもなら、そう思えるのに)
今のアイーダには、何をどうすればカリアスに相応しい淑女へとなれるのか?
その答えすら見えない。
努力の方向性すら見えないアイーダは、梅雨時よりも欝々とした感情でいっぱいで、ちっとも前向きになれなかった。




