第三十一話 書類仕事
ジメジメした梅雨の季節が始まった。
今日も灰色に曇っている空を、窓辺から見上げていたアイーダの頬は緩んでいる。
「お嬢さま。表情がだらしなくなっていますよ」
「うふふ。だって、エドワルド。今日からカリアスさまと一緒にお仕事ができるのよ? 仕方ないじゃない」
夕食会で両親に気に入られたカリアスは、公爵家の仕事についての教育も始まることになった。
「今日のドレスはカリアスさまの色にしたわ」
「お嬢さまにしては珍しく、赤ではないですね」
「そうでしょ?」
アイーダがグルリと一周回ってみせると、新しいドレスの裾がふわりと丸くなった。
「赤茶ですね」
「そこは、仕方ないでしょ」
普段着るドレスがキラキラというのはいただけない。
そのため光沢のない生地を選ぶのが一般的だが、輝きのない茶色はどうしても地味になる。
仕立て屋に言われるがまま選んでいたら、いつの間にか赤茶のドレスになっていたのだ。
「私に赤が似合い過ぎるのよ」
「前向きですね、お嬢さま」
エドワルドが嫌味臭く銀縁眼鏡をクイッと指先で上げたが、アイーダは無視することに決めた。
「ドレスなんて、また作ればいいでしょ。そんなことはどうでもいいわ。カリアスさまを、お待たせしたくないわ。さぁ、書斎へ行きましょう」
今日はカリアスも一緒に仕事をするということで、アイーダの自室ではなく、書斎で作業を行うことになっている。
アイーダは、これから仕事をするとは思えないほど軽やかな気分で書斎へと向かった。
書斎の扉を開けると、そこにはカリアスが既にいた。
父もいたが、アイーダの視界にはカリアスしか入らない。
「おはようございます、カリアスさま」
「おはようございます、アイーダさま」
カリアスは、茶色地のコートに細かな花柄の入ったウエストコート、細かな格子柄の入ったトラウザーズを着ていた。
仕立て屋を呼んだ時、アイーダのドレスと一緒に作ってもらったものだ。
大柄なカリアスのサイズに合わせて作った服は、彼によく似あっていた。
それに色違いの生地を所々に使っているので、二人並ぶと、なんとなくバランスがとれる。
アイーダと仕立て屋がカリアスには内緒で相談して決めたことだ。
「揃ったね。さぁ、仕事を始めよう」
「はい、お父さま」
ロドリゲス公爵家の書斎は広い。
カリアスのために大きめの椅子を運び入れる所から作業は始まった。
備え付けの執務机にはサイモンが陣取っている。
サポート役用の執務机も大きめなので、その机の前後に椅子を置き、アイーダとカリアスが作業することになった。
向かい合わせで座るカリアスの姿を、アイーダは作業の合間にチラチラと見ていた。
オズワルドの視線が気になるが仕方ない。
書類仕事をしているカリアスも素敵なのだ。
上等な貴族服は着慣れていないと遠慮するカリアスへの考慮で、公爵家としては、だいぶラフな服になっている。
それは、執務机の前で座っているサイモンとの差を見れば、一目瞭然だ。
サイモンの七色に光る銀髪には、どんな服も似合う。
今日はパステル調のグリーン地に草花柄の刺繍の入ったコートとウエストコート、ブリーチズを着ている。袖口から覗く白地に銀刺繍の入ったレースとクラヴァットのレースはお揃いだ。
アイーダは父を見るといつも思う。
(白のレースって、インクの染みとか付いたらクリーニングが大変よね)
対してカリアスは、シンプルな綿のクラバットだ。
シャツの袖口に、レースは使っていない。
そのせいで袖口が短くなるため、手首あたりが露出している。
だから、ペンを扱うときの仕草がセクシーに見えるのだ。
「アイーダさま。ここは?」
「ああ、そこはね……」
カリアスに質問されて、アイーダは嬉々として説明する。
意外なことにカリアスは、書類仕事も得意だった。
「カリアスさまの書く文字は、とても綺麗ですね」
「そうですか? あまり自覚はないのですが」
アイーダの言葉に、カリアスは首を傾げた。
(カリアスさまが首を傾げる姿ってカワイイのよね。首そのものは太いのに、不思議)
アイーダはフフフと笑った。




