第三十話 夕食会
ロドリゲス公爵邸の食堂へと入っていくと、両親は既に席へと着いていた。
財力に見合った豪華な装飾の施された食堂ではあったが、カリアスが動じる様子はない。
(王城勤めだったから、貴族の私邸程度ではビビらないというわけね。素敵だわ)
着ている物こそ質素だが、豪華な雰囲気に呑まれたりはしないカリアスに、アイーダはうっとりとして見上げていた。
「お招き、ありがとうございます」
丁寧な礼をとるカリアスを、父であるサイモンが椅子に座ったまま手で制する。
「来てくれてありがとう。今夜は気楽な夕食会だから、気遣いは無用だよ」
「ええ、そうよ。楽しんでいってくださいね、カリアスさま。席はアイーダの隣を用意させたわ」
アイーダの母、ライラは、白く細い指を揃えた手で、カリアスに椅子を示した。
「ありがとうございます」
カリアスはお礼を言うと、アイーダの椅子を引き、彼女が座ったことを確認してから自分の椅子に腰を下ろした。
「家族しかいないから、テーブルマナーとか気にせず、気楽に食事をしよう」
「はい。ありがとうございます、公爵さま」
サイモンに笑顔を向けて感謝を伝えるカリアスであったが、むしろ完璧なテーブルマナーを披露して一同を驚かせるのだった。
前菜に始まり、スープや魚料理と美しい所作で食し、しかも残さない。
気持ち良いタイプの大食漢である。
口休めのソルベを挟んで肉料理となったが、気をきかせた給仕がお替りを用意するかどうかを聞くと、カリアスは目を輝かせて頷いた。
(美しい。しかもカワイイ)
アイーダは、食事をするカリアスを覗き見てはうっとりした。
カリアスは生野菜だけは苦手なようだったが、甘い物も好きなようだ。
コーヒーを飲みながら、サイモンが言う。
「カリアス君は、剣を使う時だけでなく、食事の時の所作も美しいね」
「ありがとうございます、公爵さま」
ライラもコーヒーのカップを置くと、カリアスに話しかけた。
「たくさん綺麗に食べる姿を見るのは気持ちがいいわ。ご両親の教育が良かったのね」
「そうですね、奥さま。結果として、そういうことかもしません」
「あら、意味深な言い方ね?」
カリアスの言葉に、ライラは首を傾げた。
「我が家はマナーを守らなければ、容赦なく食事を取り上げられたので。見ての通り、オレは体が大きいでしょ? だから常に腹を空かせていて、一食でも抜かれようものなら悲惨な目に遭います。だから、必死でマナーを覚えました」
「まぁ、スパルタだったのね」
ライラは驚いて言った。
サイモンとアイーダは、表情だけで驚きを表した。
カリアスは何でもないことのように言う。
「でもマナーを守れば、食べたいだけ食べさせてくれる両親でもあったので。オレは他の兄弟の分まで食べて大きくなりました」
「あら、ふふふ。愉快な方ね」
ライラは楽しそうに笑った。
サイモンも笑っている。
どうやら両親は、カリアスのことが気に入ったようである。
もちろん、アイーダもカリアスのことが、もっと気に入ったのだった。




