第二十九話 カリアスがやってきた
夜の帳が緩々と落ち始めた頃。
アイーダの暮らす本館にカリアスがやってきた。
玄関ホールに現れたカリアスは、いつもと違って貴族服を身に着けている。
(初めて見たわ)
アイーダの胸は高鳴った。
カリアスのよく日に焼けた褐色の肌に、くすんだ青い生地が馴染んでいる。
短い黒髪に茶色の瞳と、カリアスの色は地味だ。
(だから青を選んだのかもしれないけど……くすんだ青だから、ちょっと地味ね。借りてきた衣装のようにサイズも微妙にあってないし、刺繍や宝石などの飾りもないわ。もしかして、学園の卒業式で着た衣装かしら?)
カリアスの家であるテオバルト伯爵家は、金持ちの家柄というわけでもない。
ましてや三男坊ともなれば、貴族として最低限必要だと考える物が、公爵令嬢と違っていても仕方ないだろう。
(夕食に招くのなら、服を先に贈っておくべきだったわね)
玄関ホールへと迎えに出たアイーダへ向かい、カリアスは美しい礼をとった。
「こんばんは、アイーダさま」
「こんばんは、カリアスさま」
涼やかに笑みを添えて挨拶するカリアスに、美しいカーテシーを返すアイーダの頭には、これからの計画が次から次へと浮かんできた。
(着ている物は安物でサイズもあってないけど、カリアスさまは素敵だわ。こんな素敵な方を飾り立てることができるなんて幸せね。立派な体格にも似あうデザインの貴族服はあるはずよ)
アイーダは、エドワルドに目配せをした。
(カリアスさまに似合う服を色々と揃えないと。いえ、服だけではダメね。靴や小物も揃えて……)
幸いにもロドリゲス公爵家は金持ちだ。
アイーダの計画を叶える予算はたっぷりある。
(カリアスさまを変身させるのは面白そうだわ。うふ。楽しみね)
ご機嫌なアイーダの心は弾んだ。
カリアスはアイーダの姿をさっとみると、楽しそうな様子で言う。
「ふふ。アイーダさまは、今日も赤いですね」
「え? ……ああ、ええ」
アイーダはいつものように赤いドレスを着ていた。
メイドたちは張り切ってアイーダを飾り立ててくれたが、結局ドレスは赤になってしまった。
赤い髪をハーフアップにし、赤いドレスに赤い口紅で装っている。
(ちょっと派手すぎるかと思って、宝石は真珠にしたから……今日の私は、紅白でおめでたい感じなのよね。そのせいかしら? なんとなく笑われてしまったような気がするわ)
アイーダは、上目遣いでカリアスを見た。
揶揄ってる様子はないので、睨むわけにもいかない。
「カリアスさまは女性の装いになど、無関心かと思っていましたわ」
「ふふ。王宮の護衛騎士をしていましたからね。これでも、ご令嬢のドレスアップ姿は、見慣れています」
なんとなく恥ずかしくて、そう言ったアイーダに、カリアスは答えた。
(あぁ、もしかして。カリアスさまって女性の装いにも厳しいタイプ? 私はてっきり……)
動揺するアイーダに、カリアスは右肘を差し出した。
「アイーダさまには、赤がよく似合いますね」
機嫌良さそうに笑うカリアスに、アイーダは一瞬、見惚れた。
(エスコートしてくださるのね。あぁ、そうだわ。王城の護衛騎士だから、エスコートするように護衛する場合もあるのかも……)
アイーダは混乱して謎理論を頭の中で繰り広げながらも、カリアスの肘にそっと手を置いた。
すると、カリアスはその上に自分の手の平を重ねた。
(あぁぁぁぁぁぁぁぁ! カリアスさまの手が私の手の上にぃぃぃぃぃぃぃ⁉ ちょっと思っていた反応と違うのですけど、カリアスさまぁぁぁぁぁぁぁ!)
アイーダは動揺を見せまいとしたが、心の中では大混乱していた。
だから後ろをついてくるエドワルドの肩が、抑えた笑いのせいて小さく震えているのにも気付かなかった。




