第二十七話 噂
「なぁなぁ、立ち入りが禁止されている場所に、お嬢さまと執事が居た、って噂、聞いたか?」
「ああ、聞いた。盛り土がしてあるトコにある非常用の出入り口で見たってさ」
「マジかぁ~」
アイーダとエドワルドが、鍛錬場近くの隠し通路出口に行った後。
ほどなくして、令嬢とその執事の姿があってはならない場所にあった、と噂になった。
「あそこは護衛騎士でさえ近付かない場所だぜ? 怨霊かなんかか?」
「オレも入ったことないけど、非常用の出入り口だもんな。血なまぐさいことが過去にあっても不思議じゃない」
「え~⁉ もしかして、いまのお嬢さまとよく似たご先祖さまの霊と、よく似た執事の霊か⁉」
若い護衛騎士が、青ざめながら大きな体を恐怖で震わせた。
食堂は風呂上りの湯気上がる若い団員たちと、その者たちがガヤガヤとまくしたてる噂で騒がしい。
特に家庭持ちの上司連中が引き上げたあとの夕食時の食堂は、娯楽を求める若者たちの口は滑らかだ。
年長の団員が、新入りの団員に向かって、まことしやかに言う。
「お嬢さまは、なんと乗馬服姿だったそうだ」
「えー。女性は乗馬服なんて着ないですよ」
「だろ?」
不満そうな表情を浮かべる大男に向かって、年長の団員が真顔で言った。
その横で、細身で細目の団員が、青い顔をして震えあがる。
「じゃ、やっぱり怨霊じゃんっ」
「見間違いじゃないのか?」
「そりゃ、夜中の巡回なんて、猫と空き袋の区別も難しいけどさぁ」
真っ黒に日焼けした団員が突っ込むと、年長の団員は認めた。
「でも、乗馬服の貴族女性に見間違えるような物なんてあります?」
「ん、だな。じゃ、怨霊だ」
「隠し通路で亡くなった誰かの幽霊?」
などと噂になったが、誰も本物のアイーダとエドワルドだったとは思っていない。
古い屋敷に幽霊話はつきものだからだ。
「鍛錬場近くの非常用の出入り口もヤバいけどさぁ、本館の裏手にもヤバいとこがあって……」
「えっ⁉」
「なになに? メイドと下僕が逢引でもしてたか?」
「アッ、ダメだよ。先に落ちを言っちゃぁ~」
「なーんだ、幽霊じゃないんだ」
「おっ、そっちの話をもっと聞きたいのか?」
「それなら、正門近くの話を……」
カリアスは夕食を摂りながら、団員たちの噂話を聞いていた。
幽霊話もあれば、誰と誰が付き合っているとか色っぽい話もある。
護衛騎士団員はゴツイ男が多いが、仕事についている時に無駄口を叩けないせいか、お喋りな者が多い。
そのほとんどがろくでもない馬鹿話だが、時には役に立つ話もある。
だからカリアスは、なんとなくではあるが、団員たちの話を聞いていた。
もっともカリアスは、
(公爵邸って、いろんな噂が飛び交って大変なんだなぁ)
と呑気に思うだけで、自分がその中の一員になるという自覚が全くなかった。




