第二十五話 隠し通路筋トレ 1
アイーダは乗馬服に着替えると、エドワルドを待った。
子どもの時とは違って、隠し通路に1人で入ることはまれである。
なぜなら、手前の通路に下りて筋トレしているだけではないからだ。
隠れて筋トレをするなら1人でもよいが、隠し通路を使って筋トレするならエドワルドを同伴する、という決め事がアイーダとエドワルドの間では結ばれている。
「お待たせしました、お嬢さま」
「遅いわよ、エドワルド」
エドワルドはいつもと同じ執事服姿だ。
アイーダは動きやすい男性用の乗馬服を着ている。
この国では女性は乗馬をしないため、乗馬服といったら男性用のものを着ることになるのだ。
アイーダは準備体操として小さくピョンピョン飛んだり、体を左右に倒したりしている。
「ベッカーに、遅くなったら迎えに来るように頼んできました」
「ベッカーは犬よね?」
「いえ、フェンリルです。とても賢いフェンリルです」
アイーダとエドワルドは、隠し通路へと入る前にお約束の会話を済ませると、真っ白な暖炉の前に立った。
「さて、と。この時期は暖炉を使わないから、そのままいってオッケーね」
「この暖炉は、そもそも使っていませんよ、お嬢さま」
「そうよね」
アイーダは頷きながら、暖炉の脇にある仕掛けを動かした。
すると、ギギーという軋むような音がして、隠し通路への入り口がパコッと開く。
「この暖炉だけ、明らかに真っ白だもの。不自然よね。なぜ隠し通路への入り口を、こんな風にしたのかしら?」
「いざという時、追っ手を誘い込むためでしょう」
アイーダは怪訝そうな表情を浮かべて言う。
「あら。隠し通路なのに、追っ手に気付かれたらマズイのでは?」
「ハハハッ。誘い込んで、迷わせて、追っ手を始末するための罠ではないですか。ほら。お嬢さまも幼い時に、迷子になってしまって、危なかったですよね?」
「あの時は心細かったわ」
まだ隠し通路の内部を把握する前に、アイーダは何度か迷子になったことがある。
好奇心に任せて突き進んだ結果、戻れなくなったのだ。
そんな時にエドワルドは、ベッカーを伴って迎えに来てくれる。
何度かあったので、エドワルドのいう【あの時】というのが分からないのだが、改めて聞くと墓穴を掘りそうなのでアイーダはあえて確認しない。
「べそべそ泣いている所を、私のベッカーが発見してくれなかったら、今頃は……」
「言われてみれば、そうね」
隠し通路のアチコチに仕掛けられた罠は、とても残酷なものだ。
通路を壁で仕切って小さな部屋に閉じ込めてみたり、床がせりあがったり、天井が降りて来たり、水でいっぱいにされたりとろくなものではない。
見事に罠にかかったアイーダは、身動きがとれなくなって、自力でどうこうできる状態ではなかった。
(誰にも見つけてもらえなければ、餓えて死ぬところだったわ)
アイーダは迷子になった時の心細さを思い出して、ブルッと体を震わせた。
なぜかエドワルドの飼い犬であるベッカーは、器用に足や口を使って仕掛けを解くことができるのだ。
助けてもらったり、同行したりして、アイーダも仕掛けの解き方を覚えていったので、いまは問題なく隠し通路を移動できる。
それでも万が一のことを考えて、エドワルドを同行するのだ。
エドワルドの帰りが遅いと心配したベッカーが迎えにくるので、いわゆる保険というやつである。
「侵入者に対抗するための罠だとして……なぜ、私の部屋に此処を選んだのかしら?」
「それは、公爵ご夫妻の寝室から一番遠い部屋だったからではありませんか?」
「……」
アイーダは、その理由をちょっと考えて、チベスナ顔になった。




