第二十四話 貴族も体力
「さぁ、今日の仕事は終わったわよっ!」
「流石です、お嬢さま」
夕食前に最後の一枚を処理したアイーダは、エドワルドに書類を渡すと、執務机の上に覆いかぶさるようにして上半身を倒した。
「夕食は旦那さまとご一緒なさるのでしょう?」
「ええ。その予定よ」
「でしたら、着替えませんと」
「そうね」
アイーダは渋々といった風に上半身を起こし、椅子から立ち上がった。
食事を摂るために着替えるなんて面倒だと思っても、そうするものだと決まっていては仕方ない。
「でも……赤いドレスから赤いドレスに着替えるなんて、芸がないわね」
「お嬢さまのドレスは赤が多いですからね。次はカリアスさまの色で作られたらいかがです?」
「そうね……」
アイーダは考えた。
カリアスの色と言えば黒と茶だ。
「ん、地味ね」
「刺繍やフリルで誤魔化せばよいのでは?」
「そうねぇ……」
それでもアイーダの年齢を考えれば地味になるし、黒地のドレスというと喪服になってしまう。
「茶色地に金糸を使えばよいのではありませんか? あぁ、茶色と赤の組み合わせも、悪くはないと思いますよ」
「そうねぇ」
エドワルドの提案は妥当なものだったが、それだとやはり赤いドレスということになる。
両親と比べて地味な見た目のアイーダは、ドレスで華やかさを補っている、と言われ慣れていた。
でも婚約者がカリアスに変わったから、その辺は変えていきたい。
(結婚してしまえば、黒と茶のドレスでもいいのかしらそこを)
「では私は、旦那さまに書類を届けてきます」
エドワルドと入れ違いにメイドたちが入ってきた。
アイーダは溜息を吐きながら、メイドの用意した赤いドレスに着替えた。
夕食のためにわざわざ着替えたアイーダは、父からの仕事へのプレッシャーと、母からの笑顔の圧を受けるという苦行に備えた。
公爵家の食堂は、食事をするだけとは思えないほど煌びやかだ。
実際、アイーダは夜会に出ても見苦しくない服装をしていたが、食堂の内装が見劣りするということはない。
いつもの席へと座るアイーダに、母であるライラが声をかけてきた。
「今日も綺麗ね、アイーダ」
「ありがとうございます、お母さま。お母さまも美しいです」
「ふふ、ありがとう」
ライラはアメジスト色の瞳のはまった目を嬉しそうに細めた。
ピンク色の長い髪を垂らして体を締め付けないデザインの虹色に輝く生地で作られたドレスを着たライラは、細身で巨乳という体型もあって、飾り気はないのに華やかだ。
その横にいる父も、七色に輝く不思議な銀髪をたらして微笑んでいる。
どうということもない貴族服を着ていても華やかだ。
母の色に合わせたピンク色の花柄が散った淡い緑地の貴族服だが、このくらいの派手さなら貴族として普通である。
しかし、ライラとサイモンが並んで座っているだけで、娘の目から見てもキラキラしている。
(何年見ていても慣れないわ。あぁ、目が痛い。しかもこの二人、異常なほど仲良しだし)
どうして自分はこんな地味な容姿で生まれてきたのか、と考えつつ、アイーダは静かに食事を摂った。
(少なくとも、私とカリアスさまの子どもは、派手な見た目の両親に悩まされることはないわ。祖父と祖母は派手だけど……あ、子どものこなんて考えちゃった。キャッ)
時折、邪念が入るが、それはご愛敬。
アイーダは自覚がないが、割と表情が豊かだ。
娘が何を考えているのか、だいたいは察している両親は、彼女を見てクスクスと笑った。
「アイーダは仕事も頑張っているからね。カリアス君も真面目に護衛騎士団の仕事をしているようだし。将来が楽しみだ」
「そうね。来年が楽しみだわぁ~」
ニコニコしている両親に悪意はない。
一人娘の幸せを願う、害のない人たちなのだ。
見た目が派手なだけで。
(分かってるけど……なんだかこう……不満がある時は、もちろんだけど。恥ずかしかったり、照れたりするのも疲れるのよね)
食事により腹は満ちたものの、どっと疲れたアイーダであった。
だが、戻った自室に用意されていた着替えを見て、アイーダは元気を取り戻した。
(乗馬服っ!!!)
これに着替えるということは、隠し通路筋トレをするということだ。
アイーダの夜は、まだまだこれからだった。




