第二十三話 アイーダの不満
春の陽気は夏を目指して日増しに暖かくなっていく。
アイーダは思っていたよりも大変だった領地経営に頭を抱え、カリアスは順調に護衛騎士団に馴染んでいた。
「私に公爵家の仕事なんて務まるのかしら?」
珍しく弱音を吐いたアイーダは、自室に持ち込んだ執務机へと突っ伏した。
王立学園をそれなりの成績で卒業したアイーダは、領地経営もそれなりに出来ると踏んでいた。
(そもそも私には前世の記憶もあるのよ。でも……全く役に立たないじゃない)
当たり前の話である。
アイーダに前世があったとしても、議会制民主主義と王制では、政治の仕組みが全く違う。
徴税の方式も違えば、そもそも存在する仕事も違うのだ。
(大量生産ができるような技術もないし。工場というか、工房くらいはあるけれど。非効率な手工業しかないのよね。農業は天候任せだし。治水だって……)
ブワッと時折浮かぶ前世との違いに、アイーダは発狂しそうになる。
(ブラック企業の社畜OLだったけれど。この世界も女性は生きにくいし。男性だって優遇されているとは言えない。そもそも公爵令嬢って、だいぶ上の身分だっていうのに。私はちっとも楽してないし。前世の記憶を活かして領地経営、なんて考えてみても、なんだかちっともよくなりそうにない……)
その上、貴重なお楽しみであるカリアスとの交流も、まともに出来てはいないのだ。
ストレスも溜まろうというものである。
「お嬢さま、カリアスさまが巡回にいらしてますよ」
「あらっ」
エドワルドに言われて、アイーダは慌てて窓辺へと駆け寄った。
そして薄いレースのカーテンへ隠れるようにして、庭のほうを見下ろす。
整備された公爵邸内の道を、護衛騎士団の制服に身を包んだカリアスが歩いてくるのが見えた。
ペアを組んだ騎士団員と話をしたり、気になったところを覗き込んだりしている。
「もう護衛騎士団の仕事にも慣れたようですね」
「そうね」
(護衛騎士団なんかに馴染まずに、私に馴染んでくれたらいいのに)
カリアスを覗き見しながら、アイーダは思った。
「お嬢さまも、早く仕事を覚えて馴染んでください」
「えー、やだー」
エドワルドの、アイーダの考えを見抜いたような一言に、ついついアイーダから本音がダダ洩れる。
クックックッと肩を揺らしてひとしきり笑ったエドワルドは、不意に不気味なニヤッとした笑みを浮かべてアイーダを見た。
「何を言っているのですか、お嬢さま。領地経営の仕事を覚えたら、領地視察に行かれるのは、お嬢さまですよ?」
「それがなに?」
怪訝そうな表情を浮かべるアイーダに向かい、エドワルドは右手の人差し指を天に向かって立てて言う。
「視察の護衛に、カリアスさまを指名できるということです。そしたら実質……」
「実質、なに?」
首を傾げる察しの悪いアイーダに向かって、エドワルドは得意げに言う。
「デートではありませんか、お嬢さま」
「私、頑張るわっ」
「それでこそお嬢さまです」
アイーダは両腕の肘を曲げ、握りこぶしを作ると何度も腕を振った。
目標もでき、血行もよくなって、なんだか頑張れるような気がしてくるアイーダだった。
「焦らなくても、お嬢さまは優秀ですから大丈夫ですよ」
「そうかしら」
「ええ、そうですよ。まずは今日の分の仕事をやっつけてしまいましょう」
「そうね」
アイーダは執務机に戻ると椅子に座った。
すかさずエドワルドがドンッと書類を置いた。
「頑張りましょう、お嬢さま。これが済んだら、気分転換に隠し通路へ行きましょう」
「そうね……ん、頑張るわ」
アイーダはペンを取ると、真剣に書類に目を通しながら作業を進めた。




