第二十一話 武骨なカリアスの意外性
日の暮れたころ。
護衛騎士団の寮は、風呂に入る者や食事を摂る者たちで賑わっていた。
寮に住んでいるのは年の若い団員が多く、悪ふざけする者もいる。
特に今日はアイーダが見学に訪れたことにより、カリアスへ注目が集まっていた。
食堂で椅子に腰を下ろしたカリアスは、隣に座っていたソバカスだらけの赤毛の少年から声をかけられた。
「いいなーカリアスさまは、婿入りして公爵さまになるんでしょ? アイーダさまは美人だし、公爵家はお金持ちだし、 羨ましいです」
「そうですよ、カリアスさま。こんなところで護衛の仕事をする必要なんてないでしょ?」
赤毛の少年の後ろから金髪の少年がヒョイと顔を出して言った。
カリアスは護衛騎士団員の視線を浴びながら、大きな体を恥ずかしそうに縮めて、短い黒髪を大きな手で掻きながら言う。
「そんなことはないよ。婚約が成立したのは偶然だし、オレはしがない伯爵家の三男坊なんだから、いつ破談になるか分からないよ」
「でも婚約の契約書は交わしたんでしょ?」
「来年には結婚して、婿入りするんでしょ?」
大柄の若い男たちに追及されて、カリアスは「うーん」とうなった。
「貴族社会は複雑だから……契約書は取り交わしたけど、だからって結婚までいくとは限らないよ」
「またまたー」
「この国の女性が婚約を解消とかないから、安泰でしょ?」
ケラケラと団員たちは笑った。
「んー、でも偶然がまた起きたら、オレなんてどうとでもされちゃうからなぁ」
カリアスは伯爵家の三男坊。
対してアイーダの家は公爵家だ。
カリアスは、雑な扱いに慣れていた。
そこにカリアスよりも少し年上の団員が、ニヤニヤしながらやってきた。
「でも名義上はカリアスさまが、公爵さまになるわけでしょ?」
この国の仕組みでは、婿入りした側が爵位を継ぐ。
だから、アイーダと結婚して爵位を継ぐとなったら、公爵になるのはカリアスだ。
「では、公爵さま、わたくしをエスコートしていただけますか?」
ナヨッとした仕草をとった身長189センチ、体重110キロの筋肉団子のような先輩騎士に、カリアスは苦笑いを浮かべた。
しかし、ホラとばかりに差し出されたゴツイ手の指先をワキワキと動かす先輩騎士は、仕掛けた悪戯をスルーさせる気はないようだ。
カリアスは仕方なく立ち上がると右腕を伸ばして手のひらを下に向け、その上に先輩騎士のゴツイ手を重ねた。
そして食堂内をゆっくりと一周回った。
揶揄うような歓声とヒューヒューという口笛をバックに、カリアスが優雅なエスコートを見せると、今度は別の団員が「ダンスを」と騒ぎ立てる。
「えー、こんな場所でですか?」
カリアスが当惑しているうちに食堂の机と椅子は隅に寄せられ、大男二人の踊るスペースが作られていく。
「ここで踊るんですか? そんなものを見たいですか?」
「「「見たい、見たい」」」
キャッキャッとはしゃぐ団員たちに戸惑いながら、カリアスはエスコートしていた男の手を取って踊りだした。
滑るように踊りだしたカリアスのリードに、相手役の団員の頬が若干赤く染まり、その目がうっとりとし始めた。
「マジか?」
「えっ、護衛騎士なのに踊れるの?」
「スゲェ―」
踊り終えると、揶揄うつもりで回りを囲っていた団員たちから、拍手と感嘆の声が上がった。
(えーと、なんだコレ? 一応、伯爵家の人間だし、王城勤めだったんだが……オレってどんな風に見えてんの?)
割れんばかりの拍手を浴びながら、カリアスは困ったように右手の人差し指で頬をカリカリと引掻いた。




